MS法(ミッド・サイド)とは|原理・実践テクニック・メリットと注意点を徹底解説
はじめに:MS法とは何か
MS法(ミッド・サイド法、Mid-Side technique)は、ステレオ録音およびステレオ処理で用いられるマイク配置と信号処理の手法です。中心成分(Mid)と左右差分成分(Side)を分離して記録または処理することで、録音後にステレオ幅を自在に調整したり、モノ互換性を保ちながら立体感をコントロールしたりできます。プロのスタジオ録音やフィールド録音、マスタリング工程でも広く使われる技術です。
歴史的背景
MSの考え方は、20世紀初頭のステレオ研究に由来します。立体音響の基礎を築いたイギリスのエンジニア、アラン・ブルームライン(Alan Dower Blumlein)は1930年代にステレオと二重指向性マイクロフォンの応用を含む発明を行い、その特許にMS的なアイディアも含まれています。後年、MSは実務者によって実用化され、特に放送や映画、レコード制作において注目されるようになりました。
基本原理と信号処理
MS法の核は「Mid(M)」と「Side(S)」という2つの信号を用いる点にあります。典型的には次のように定義します。
- Mid(M):音源の中央(中央定位)成分を拾うマイク。一般に単一指向性(カーディオイド)や無指向性で使用される。
- Side(S):左右の差分(空間情報)を拾うマイク。通常は双指向性(フィギュア・オブ・エイト)マイクを90度向けて配置し、左右差を取得する。
レコーディング時のエンコード(M/SからL/Rへの変換)とデコードは基本的に線形和で表されます。MSからステレオに変換するための式は:
L = M + S
R = M - S
逆に、既存のステレオ信号(L/R)からMとSを取り出す(エンコードする)場合は:
M = (L + R) / 2
S = (L - R) / 2
DAWやプラグインではこれらの演算がエフェクトとして実装されており、エンジニアはS成分のゲインを上げ下げすることでステレオ感を拡げたり狭めたりできます。
実際のマイク配置と機材
MS録音は主に二通りの方法で行われます。
- 専用のMSステレオマイク(コアキシャル構成):1本の筐体にカーディオイド(M)とフィギュア8(S)カプセルが同軸上に収められているタイプ。位相整合が良く、扱いやすい。
- 個別マイクを用いたMS:単独のカーディオイド(M)とフィギュア8(S)を近接して配置する方法。マイクのサイズや指向特性、距離に注意が必要。
さらに、MS信号をハードウェア(専用器)でデコードする方法と、DAW内でプラグインやミキサーのパン/ゲインで行う方法があります。ハードウェアデコーダは放送用途で好まれることがあり、ソフトウェアは柔軟性に優れます。
利点(メリット)
- モノラル互換性が高い:MとSの構成により、Mのみを残せばモノ再生でも定位の崩れが少ない。放送やモノ再生環境への対応が容易。
- 録音後にステレオ幅を調整可能:S成分のゲイン調整で簡単に立体感を拡張・縮小できる。ミックスの後工程で音場を柔軟に操作できる。
- 中央定位の確保:センターの楽器やボーカルを明確に保ちつつ、周囲の空間情報をコントロールできる。
- 位相管理がしやすい:左右の差分を明確に扱うため、位相問題の検出・対処が分かりやすい。
注意点とデメリット
- フィギュア8の特性:Sマイクは双指向性のため、背面の音も拾う。不要な反射や逆位相成分を拾う可能性があるため、現場環境のチェックが重要。
- 周波数特性の不一致:MとSでマイクの特性が異なると、ステレオに展開した際に不自然な色づきが生じる。可能なら同一ブランド・シリーズのカプセルを使うか、後処理で補正する。
- 必ずしも万能ではないステレオ感:MSは中心が強く、ホールトータルの『包まれ感』を出すには他の手法(オフアクシスのステレオペアやオーディオアンビエンス用のショットガン等)を併用する方が良い場合がある。
- 横方向の位相問題:S成分を過剰に上げると、ヘッドホン再生で不自然に感じられることがある。フェーズコヒーレンスは必ず確認すること。
現場での使い方:楽器別の具体例
MS法は様々な場面で有効ですが、代表的な適用例と実践的なポイントを示します。
- ボーカル:センターをしっかり捉えつつ周囲のルームトーンをコントロールしたい場合に有効。Mはボーカル用カーディオイド、Sはルームの差分。Sは微量からスタートして調整する。
- ピアノ(ソロ):ピアノの左右的な広がりと中央の力強さを両立させたい時にMSは便利。ピアノに対して約1.5〜3m程度離して設置するケースが多いが、楽器と部屋の特性で変える。
- オーケストラ/室内楽:放送やドキュメンタリー録音ではMSをメインのステレオ収音手法として用いることがある。指向性と高さ(ステージの高さ)を調整して自然な定位を得る。
- ドラム(オーバーヘッド):キット全体のバランスを保ちつつ、ステレオ幅を後で調整したい場合に有用。ただし、キックやスネアの低域は別マイクで補うのが一般的。
ミックスとマスタリングでの活用法
録音だけでなく、ステレオトラックに対する処理としてMSは強力です。既存のステレオ素材からMidとSideに分解して、以下のような処理が可能です。
- Side帯域のイコライジング:サイドにのみ高域をブーストして空気感を強調する。一方で低域はサイドからカットして位相歪み・低域のふらつきを防ぐ。
- サイドのディエッサー/コンプレッサー:シビランスや過度な広がりを抑制できる。
- Midのダイナミクス操作:ボーカルや中央の存在感を強めるためのコンプやサチュレーションをMだけにかける。
- ステレオ幅の調整:Sゲインを変えてミックス全体のステレオの広がりをコントロールし、楽曲の感情表現を変える。
位相、コヒーレンス、測定
MSを使う際は位相のチェックが必須です。以下のツールや考え方が有効です。
- 位相相関メーター(Phase Correlation Meter / Stereo Meter):-1〜+1で表示され、-1に近いと逆位相の問題、+1に近いと良好な相関を示す。Sを増やしたときに相関が大きく低下しないか確認する。
- モノラルチェック:ミックス時に一時的にステレオをモノにして、消えたりレベルが落ちる要素がないかを確認する。MSの利点はここで発揮される。
- 位相反転テスト:Sの位相を反転させて聴覚的変化を確認し、意図した効果かどうかを判断する。
実務的なワークフローの例
簡単な録音→編集→ミックスのワークフロー例:
- 現場でM(カーディオイド)とS(フィギュア8)を適切にセットする。位相と位相合わせ(ポラリティ)を確認。
- MとSを個別トラックで録音。ヘッドルームを十分に確保。
- DAWに取り込み、MSデコーダ(プラグイン)でL/Rに変換してプレビュー。必要に応じてSのゲインを調整して最初のステレオ幅を決定。
- ミックス段階でMとSを再分離して、Mに対してコンプやEQ、Sに対してEQやステレオ系FX(リバーブのプリディレイなど)を適用する。
- 最終的にモノ互換性をチェックし、位相相関メーターで問題がないか確認する。
よくある誤解
MS法についての典型的な誤解を整理します。
- 「MSは常に自然なステレオを生む」:MSは柔軟ですが、必ずしも全ての音源で最良の結果を出すわけではありません。楽器・ルーム・他のマイクと併用したときのバランスが重要です。
- 「デコードは不要」:録音時にMとSをそのまま記録するだけではなく、正しくL/Rへ変換(デコード)し、位相やゲインを整える工程が必要です。
- 「Sを上げれば広がるだけで良い」:Sの上げ方によっては位相の問題や音像の輪郭の崩れを招きます。微調整が不可欠です。
実験とチューニングのすすめ
MSは数値的に理論化しやすい一方で、最終的には耳での判断が重要です。以下の実験を推奨します。
- 同じソースをMSとAB(スペースドペア)、XY(近接角度ペア)で録って比べる。
- Sのゲインを-6dB、0dB、+6dBと変化させて定位と音色を比較する。
- 異なるマイクの組み合わせ(真横に並べた場合の干渉)を試し、最適な距離を探る。
まとめ:MS法の長所を活かすために
MS法は、モノ互換性を損なわずにステレオ幅を柔軟に操作できる強力な技術です。適切なマイク選び、配置、位相管理、そして録音後のデコードと処理の手順を守れば、ボーカル、アコースティック楽器、オーケストラなど幅広い音源で有用です。同時に、Sマイクの特性や環境音の影響、過剰なSゲインによる位相問題には注意が必要です。実験を重ねて自分の環境に合った設定を見つけることが上達の近道となります。
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参考文献
- Mid-side technique — Wikipedia
- Sound On Sound — Mid-Side Recording
- Alan Dower Blumlein — Wikipedia
- AES Papers — Mid-Side techniques and applications
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