ブロック符号入門から応用まで:理論・実装・最新動向を徹底解説
はじめに
デジタル通信やデータ保存において、ビット誤りは避けられない問題です。ブロック符号は、有限長の情報ビット列に冗長ビットを付加して誤り検出・訂正を行う重要な技術であり、HDD、SSD、光ディスク、モバイル通信、衛星通信、QRコードなど幅広い分野で用いられています。本稿ではブロック符号の基本理論から代表的な符号、符号化・復号アルゴリズム、設計上の考慮点、実装の実務的ポイント、さらに最新トレンドまでを詳しく解説します。
ブロック符号の基礎概念
ブロック符号は固定長 k の情報ビットを長さ n (> k) の符号語に変換する写像で、通常は(n, k)符号と表記します。符号率 R は k/n で表され、効率と冗長度のトレードオフを示します。主な目的は有限個の誤りを検出・訂正することで、これを定量化する鍵は最小距離 dmin です。
- 最小距離 dmin: 互いに異なる2つの符号語間のハミング距離の最小値。符号は dmin-1 個の誤りを検出し、t = floor((dmin-1)/2) 個の誤りを訂正できる。
- 重み(weight): 符号語における1の個数。線形符号では最小距離は非ゼロ符号語の最小重みに等しい。
- 線形符号: 符号語集合がベクトル空間をなす場合。多くの実用符号は線形で、行列表現を使って簡潔に扱える。
行列表現:生成行列と検査行列
線形(n, k)符号は生成行列 G (k x n) により符号化 y = u G と表され、u は情報ベクトルです。検査行列 H ((n-k) x n) は H y^T = 0 を満たす条件で、誤り検出と復号に用います。G と H は直交関係 G H^T = 0 を満たします。
系統符号(systematic code)では、符号語は情報ビットがそのまま先頭に入り、残りにパリティビットが付加されるため実装が容易です。
代表的なブロック符号
ハミング符号 — (2^r-1, 2^r-1-r) の短い距離を持つ符号で、単一ビット誤りを訂正できる。簡単なシンドローム表による復号が可能で、教科書的な例として重要。
サイクル符号(巡回符号) — 符号語の循環シフトが符号語に留まる性質を持ち、多項式表示を用いると解析が容易。生成多項式 g(x) により構成され、ハードウェア実装がしやすい。
BCH符号 — 代数的構成により任意の最小距離を設計可能な二進または多進符号。有限体 GF(2^m) を用いる。復号アルゴリズムにはベレアンプ-マッセイアルゴリズムや拡張ユークリッド法が使われる。
リード・ソロモン符号 — シンボル単位(通常 GF(2^m) の要素)で動作する強力なブロック符号。連続するシンボル誤りやバースト誤りに強く、CD、DVD、QRコード、通信プロトコルで広く利用。
LDPC符号 — 低密度パリティ検査行列を持つ線形符号。反復メッセージパッシングによる復号でチャネル容量に近い性能を示し、現代の通信規格(Wi-Fi、5Gなど)で採用される。
符号化(エンコーディング)
線形符号では、情報ベクトル u に生成行列 G を掛けることで符号語 y = u G を得ます。系統符号化では G = [I_k | P] の形に変形して、符号語は [u | uP] という構造になり、元データをそのまま保持します。巡回符号やリード・ソロモン符号では多項式除算を用いてパリティ多項式を計算するのが一般的で、ハードウェアではシフトレジスタと結合多項式を使って高速に実行できます。
復号(デコーディング)
復号は主に2つのアプローチに分かれます:代数的復号と確率的(反復)復号。
代数的復号 — ハミングやBCH、リード・ソロモンで用いられる。受信語からシンドロームを計算し、誤り位置多項式を求める(ベレアンプ-マッセイ、拡張ユークリッド)、誤り位置を特定して誤り大きさを補正する(フォーニーの公式など)。これらは決定論的で復号限界内で確実に訂正可能。
反復復号(確率的) — LDPC符号やターボ符号で使われる。ビット間の確率情報(軟判定)を交換しながら反復的に更新し、確率が収束した時点で決定を行う。観測ノイズの特性を取り込めるため軟判定を用いると性能が飛躍的に向上する。
また、最大尤度復号は最良の性能を提供するが計算量が指数的になるため、実用では近似アルゴリズムや構造を利用した効率的手法が使われます。例えば、シンドロームデコーディングは線形符号の検索空間を大幅に削減します。
重要な理論的境界
ハミング界 — 完全符号の存在に関わる界。n, k, d の組み合わせに対して球充填の観点から制約を与える。
シングルトン界 — 任意の(n, k, d)符号に対し d <= n - k + 1 を満たす。シングルトン界を達成する符号はMDS(最大距離分離)符号と呼ばれ、リード・ソロモン符号は代表的なMDS符号。
シャノン限界 — ノイズチャネルに対して誤り確率を任意に小さくすることが可能な最大伝送率。実用符号はこの限界に近づくことを目標とする。LDPCやターボ符号はこの限界に接近する性能を示す。
設計と選定の実務的ポイント
実際のシステム設計では、誤り環境、遅延、計算資源、実装コストに応じて符号を選定する必要があります。
- 短レイテンシが重要な場合は、短いブロック長の符号や系統符号が好まれる。
- バースト誤りが頻発する媒体ではリード・ソロモンとインターリービングの組み合わせが有効。
- 高スループット・低冗長でチャネル容量に近い性能が必要な場合はLDPCやターボ符号を検討。
- ハードウェア実装では有限体演算(乗算、逆数計算)がネックになるため、多項式表現の最適化やルックアップテーブル、パイプライン化が重要。
計算と実装技術
リード・ソロモンやBCHを実装する際はGF(2^m) 上の多項式演算が中心になります。最適化技術には以下が含まれます。
- ログ/アンチログテーブルによる乗算高速化
- ビットパラレルな有限体算術回路
- ベレアンプ-マッセイや拡張ユークリッド法のハードウェアパイプライン化
- LDPCの復号ではメッセージパッシングの並列化、量子化の工夫、メモリ帯域最適化が鍵
性能評価とテスト
符号性能はビット誤り率(BER)やシンボル誤り率(SER)、フレーム誤り率(FER)で評価します。シミュレーションではAWGNチャンネルやフェージング、バースト誤りモデルなど実際の環境を模擬することが重要で、特にシステム要件に応じたパラメータスイープが必要です。性能比較を行う際は、ハード判定と軟判定の違いを明確にし、実装複雑度と消費電力も考慮に入れます。
応用例
- ストレージ: RAID、HDD、SSD のデータ保全にリード・ソロモンやLDPCが使われる。
- 光学メディア: CD/DVD ではリード・ソロモンとインターリーブが中心。
- 無線通信: 5GやWi-Fi ではLDPC符号やターボ符号などが物理層で採用。
- バーコード/QRコード: リード・ソロモンにより印刷や汚損による欠損を耐性。
- 衛星・宇宙通信: BCH や LDPC のような高信頼性符号が使われる。
限界と課題、最新動向
ブロック符号は成熟した分野ですが、以下のような課題と研究テーマが続いています。
- 短ブロック長符号の最適化: IoT やリアルタイム制御では短いブロック長で高性能を達成する研究が活発。
- ハードウェア効率と低消費電力化: エッジデバイスでの符号処理を最適化する回路設計。
- 適応符号化・復号: チャネル状態に基づき符号率や復号方法を動的に切替える方式。
- 量子耐性とポスト量子通信: 量子コンピュータの影響を考慮した新たな誤り訂正や情報保護の議論。
- 機械学習を用いた復号: ディープラーニングを用いて反復復号器の近似や新しい復号器の設計も試みられている。
まとめと実務者へのアドバイス
ブロック符号は理論が豊富で、用途に応じて多様な選択肢があります。設計時には目的(誤り耐性、遅延、コスト)を明確にし、システムレベルで最適化することが重要です。小規模実験で候補符号の性能を検証し、実装時には有限体演算や並列化、メモリ使用量に注意して効率化を図ってください。最新の研究動向にも目を配り、必要に応じてLDPCや近年の短符号設計手法を採用することで、システム性能を大きく向上させられます。
参考文献
- IEEE Xplore デジタルライブラリ
- Block code — Wikipedia
- Error Control Coding: Fundamentals and Applications(教科書参照)
- arXiv 論文検索(最新研究)
- 線形符号に関する講義ノート
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