誤り訂正符号の基礎と最新動向:仕組み・代表方式・実装・応用
導入:なぜ誤り訂正符号が重要か
デジタル情報は、通信路や記憶媒体を通る際にノイズや欠損によりビット誤りを受ける。誤り訂正符号(Error-Correcting Codes; ECC)は、追加の冗長ビットを使って受信側で誤りを検出・訂正し、信頼性を高める技術である。シャノンのノイズ付き通信路に関する定理(1948年)は、適切な符号化により雑音下でもほぼ確実に誤りを抑えられることを示し、以降ECCは情報理論と通信工学の基盤となった。
基礎概念:符号化の用語と性質
情報ビット数(k)と符号語長(n)、符号率(R = k/n):符号がどれだけ冗長性を付与しているかを示す。
ハミング距離(d):2つの符号語間の異なるビット数の最小値。最小距離 d は誤り検出・訂正能力を決める(訂正可能誤り数 t = ⌊(d-1)/2⌋)。
生成行列(G)とパリティ検査行列(H):線形符号ではこれらを用いて符号化・診断(シンドローム)を行う。シンドローム s = H·r^T(r は受信語)は誤りパターンの検出に用いられる。
ハード判定 vs ソフト判定:受信信号を単なる0/1に判定して扱うか、信頼度(確率や対数尤度比)を利用してデコーダがより正確に訂正するかの違い。ソフト判定は一般に性能が良いが計算量が増える。
基本的な符号の種類と原理
ブロック符号:固定長のkビットをnビットに変換。代表例にハミング符号、リード・ソロモン(Reed–Solomon)、線形符号がある。リード・ソロモンは有限体を用いた多項式符号で、誤り(バースト誤り含む)に強く、CDやDVD、QRコード、RAIDなどで広く使われる。
畳み込み符号:入力ストリームを過去のビットに依存して出力を生成する。時間的な構造を持ち、ViterbiアルゴリズムでMAPまたは最大尤度復号が効率的に行える。古典的にはGSMなどで採用された。
ターボ符号:複数の畳み込み符号器とインタリーバを組み合わせ、反復復号(iterative decoding)を行うことでシャノン限界に近い性能を示す。1990年代に登場し、3Gや初期のLTEで広く採用された。
低密度パリティ検査(LDPC)符号:レンク・ギャラガーにより提案された希薄なパリティ検査行列を持つ線形符号。信念伝播(Belief Propagation, BP)などのメッセージ伝播アルゴリズムで高性能かつ並列実装に適する。DVB-S2、Wi‑Fi(IEEE 802.11n/ac/axの一部)、5G NRのデータチャネルなどに採用されている。
Polar符号:エルダル・アーロンツが示したチャネル極分化に基づく符号で、理論的にシャノン限界に達しうることが証明されている。5G NRでは制御チャネル向けにPolar符号が採用されている。
主要な理論的境界と限界
シャノン限界(Channel Capacity):チャンネル容量 C を超えない率であれば低エラー率で通信できるが、C を超えると誤り率を下げられない。実用符号はこの限界へ近づくことを目指す。
ハミング上界・シングルトン上界・ギルバート–ヴァルナーノフ下界など:符号設計が取りうる最良の距離や率を理論的に制約する不等式群で、設計時の指標となる。
復号アルゴリズムの要点
シンドローム復号(Syndrome Decoding):線形符号で使われ、パリティ検査行列から得たシンドロームをテーブル参照やアルゴリズムで誤りパターンに変換する。短い符号や限定誤り数で有効。
Viterbiアルゴリズム:最大尤度(ML)復号を畳み込み符号に対して効率的に行うダイナミックプログラミング手法。状態数に依存するが決定的な最良解を返す。
反復復号・信念伝播:ターボ符号やLDPCで使われる確率的メッセージ交換アルゴリズム。ノード間で尤度情報を反復伝播し、収束した信頼度に基づきビットを決定する。近似的だが高性能。
軟決定(Soft-Decision)復号:受信信号の信頼度を利用することで、ハード判定に比べ数dBの利得が得られる場合がある。ただし演算量や記述の精度が増す。
代表的な実装と応用例
ディスク・光学メディア(CD/DVD/BD):リード・ソロモン符号やそれを含む多重符号化でバースト誤りに強く設計されている。
無線通信:GSMや衛星通信での畳み込み符号、3G/4Gでのターボ符号、Wi‑Fi/DVB‑S2/5GでのLDPC、5G制御チャネルでのPolarといった具合に世代や用途で使い分けられる。
QRコードやバーコード:リード・ソロモンによる誤り訂正で印字欠損や汚れに耐える。
データストレージ(RAIDやフラッシュメモリ):パリティやRS符号、LDPCが使われ、特にNANDフラッシュではセルの劣化に対処するためLDPCが標準的に採用されつつある。
深宇宙通信や衛星通信:非常に低い信号対雑音比(SNR)での信頼性確保のため、強力な符号(ターボ、LDPC、漸近最適符号など)が用いられる。
設計上のトレードオフと実装上の考慮点
性能 vs 複雑性:最良性能の符号は復号計算量が大きいことが多い。リアルタイム性や消費電力を考慮し、アルゴリズムの簡略化(近似復号、早期停止、量子化されたメッセージ)やハードウェア実装(ASIC/FPGA/専用命令)で妥協する。
遅延(レイテンシ):長いブロック長や多段反復復号は遅延を増すため、低遅延が求められるアプリケーション(音声、AR/VR)では短い符号や低遅延アルゴリズムが選ばれる。
チャネル特性への適応:誤りの性質(ランダム誤りかバーストか、フェージング特性など)により、選ぶ符号やインタリーバ設計が変わる。例えばバースト誤りにはリード・ソロモンやバースト耐性のある設計が有利である。
ハイブリッドARQ(HARQ):誤り訂正符号と再送(ARQ)を組み合わせ、初回は高率の符号で通信し失敗時に冗長度を増すことでスループットと信頼性を両立する方式が無線で広く使われる。
最近の動向と研究トピック
5G/次世代通信:5G NRではLDPC(データ)とPolar(制御)が採用され、チャネル特性やレイテンシ要件に応じた最適化が進んでいる。
機械学習と復号:ニューラルネットワークを用いた復号や補助的な信頼度推定、学習によるチャネル識別・符号選択などの研究が活発化している。
量子誤り訂正:量子情報処理の発展に伴い、量子ビットの誤りを抑えるための量子誤り訂正(表面符号など)が重要課題になっている。古典符号の理論が基礎を提供している。
ハードウェア効率化:高スループット・低消費電力を両立するためのFPGA/ASIC実装技術や近似アルゴリズム(整数化されたBP、早期停止など)が産業実装で重要である。
実務者向けチェックリスト:符号選定の観点
想定チャネル(SNR・誤り特性・遅延)と目標BER/FERを明確にする。
必要な実装リソース(計算量、メモリ、回路面積、消費電力)を評価する。
ハード判定かソフト判定か、反復復号が許されるか(遅延の許容度)を決める。
標準準拠(例:Wi‑Fi、5G、DVBなど)を満たす必要があるか確認する。標準規格で採用されている符号を利用することで互換性と実績が得られる。
まとめ
誤り訂正符号は、情報の信頼性を確保するための重要かつ多彩な技術群である。古典的なハミング符号やリード・ソロモンから、ターボ・LDPC・Polarといった近年の高性能符号まで、用途や要件に応じて最適な選択肢が存在する。理論的な限界(シャノン限界)に近づく試みは続いており、実装面では演算量と遅延、消費電力のトレードオフが常に課題となる。最新の通信規格やストレージ製品では、符号理論とハードウェア実装の両面を踏まえた実用的な設計が求められている。
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