チルアウトトラップとは?特徴・制作テクニック・歴史を徹底解説

序論:チルアウトトラップという音楽の位置づけ

チルアウトトラップ(Chillout Trap、しばしば"chill trap"と表記される)は、ハードで攻撃的なイメージが強いトラップ・ミュージックのリズム的要素と、アンビエントやチルアウト、ダウンテンポ的な穏やかな質感を融合させたエレクトロニック系サブジャンルです。シーンとして明確な定義があるわけではありませんが、2010年代前半から中盤にかけて、SoundCloudやYouTubeを中心に広がり、ワーク・BGM・カフェや映像のサウンドトラックなど日常に溶け込む音楽として定着しました。本稿では、その成り立ち、音楽的特徴、制作テクニック、ミキシング/マスタリングの注意点、文化的利用法、今後の展望に至るまで、実践的な観点を交えて深掘りします。

起源と歴史的背景

チルアウトトラップの源流を理解するには、まずトラップとチルアウトという二つの伝統を押さえる必要があります。トラップはアメリカ南部のヒップホップから派生し、2000年代以降808ベースやスネアのリムショット、ハイハットの細かいロール、暗めのコード進行などを特徴とします。一方、チルアウトは1990年代のアンビエント/ダウンテンポ、あるいは"chill-out"文化(ラウンジやカフェ向けの落ち着いた電子音楽)に由来します。

2010年代に入ると、EDMシーンやインディーのエレクトロニカからの影響でトラップのリズムとエレクトロニックのサウンドデザインが結びつき、ハードなEDMトラップ(festival trap)と対照的に、より抑制されたテンポ感と浮遊感を重視する流れが生まれました。SoundCloudやYouTubeのレーベル/チャンネルを通じて、ボーカルチョップ、柔らかなパッド、テープ感のある質感を持つトラックが多く出回り、"チルアウトトラップ"として認識されるようになりました。

音楽的特徴(リズムとテンポ)

チルアウトトラップのリズムはトラップ由来の要素を維持しつつ、半拍感(ハーフタイム)やゆったりとしたテンポを採用することが多いです。一般的な特徴は次の通りです。

  • テンポ:70〜90 BPM程度(ダブルタイム表記では140〜180 BPM相当の印象を与える場合もある)。
  • キックと808ベース:サブベース(808)が大きな役割を果たし、キックは落ち着いた配置で低域を支える。
  • ハイハット:トラップ特有の1/16〜1/32のロールやトリプレット的なフィルを使用。ただし音量やアタック感は抑えめに調整されることが多い。
  • スネア/クラップ:スネアはリバーブやディレイで奥行きを与える処理がされやすい。

和声・メロディ・サウンドデザイン

和声面ではマイナーキーやモーダルな色合いが多く、暗くメランコリックな情緒を呈することが一般的です。同時に、7thや9thなどのテンションコード、sus系コードやオープンなボイシング、スロウなストリングスやパッドを重ねることで“浮遊感”を作ります。メロディはシンプルかつ反復的で、耳に残るフレーズをボーカルチョップやシンセリードで表現します。

サウンドデザイン面では次の要素が頻出します。

  • 柔らかなパッドとアンビエンス(リバーブ豊富、ローパス処理で丸めた音像)。
  • テープサチュレーションやビニールノイズによるローファイ感の付与。
  • ボーカルチョップ:短く切ったボーカル素材をピッチ/タイムで再加工し、メロディの一部として使用。
  • フィールドレコーディングや環境音:空気感を加えるために用いられる。

典型的な制作フロー(ステップバイステップ)

以下はチルアウトトラップを制作するための実践的な手順です。DAWはAbleton Live、FL Studio、Logic Proなど、慣れたものを使用してください。

  1. テンポ決定とリファレンストラック設定:70〜85 BPMあたりで開始し、1〜3曲のリファレンストラックを用意する。
  2. 和音の土台を作る:柔らかいパッドやピアノでコード進行を録る。テンションを加え、空間系エフェクトで奥行きを設計。
  3. ドラムループの構築:キック、スネア/クラップ、ハイハットロールを組み合わせ、ハーフタイムのグルーヴを意識。
  4. ベースの配置:808サブベースをキックに合わせて調整し、サイドチェインやEQでマスクを避ける。
  5. メロディ/ボーカルチョップ:短いフレーズをサンプリングしてピッチ補正やフォルマントをかけ、楽曲のフックにする。
  6. テクスチャ追加:フィールド録音、ノイズ、リバーブのテイルで背景を埋める。
  7. アレンジ:イントロ→ビルド→ドロップ(もしくは落ち着いた展開)→ブレイクダウンの流れを作成。ダイナミクスを重視。
  8. ミックスと最終調整:低域の整理、ステレオイメージング、エフェクトのバランス調整。

ミキシング&マスタリングのコツ

チルアウトトラップでは"空間"と"低域の安定"が重要です。ミキシング時の具体的なポイントは以下の通りです。

  • ローエンドの管理:サブベース(808)とキックの周波数を分けるために、EQでそれぞれの占有帯域を設定する。サイドチェインでベースのピークをキックに合わせる。
  • リバーブの深度:スネアやパッドには長めのリバーブを使い奥行きを作るが、メインメロディや重要なボーカルには短めまたはプレート系で明瞭さを維持する。
  • トランジェント処理:キックやアタックのあるパーカッションにはトランジェントシェイパーを使い、抜けを調整する。
  • 飽和とコンプレッション:テープサチュレーションで中域に豊かさを付与。マスタリング段階ではゆるいコンプレッションでグルーヴを崩さない。
  • ステレオイメージ:パッドやテクスチャを広げ、低域はモノラルで固める。

楽曲制作でよく使われる機材・プラグイン

必須機材は特にありませんが、よく使われるものを挙げると制作がスムーズになります。

  • シンセサイザー:Serum、Massive、Sylenth1、Arturia系のソフト音源でパッドやリードを作る。
  • サンプラー:AbletonのSampler、Kontakt、Sitalaなどでボーカルチョップやパーカッションの処理。
  • エフェクト:Valhalla Reverb(リバーブ)、Soundtoys(ディレイ・飽和)、FabFilter(EQ/コンプ)、iZotope(マスタリング)等。
  • モニタリング:フラットなモニタースピーカーとヘッドフォンの両方でチェックする。

歌詞・ボーカルの扱い

ボーカルがある場合、歌詞は内省的・感傷的なテーマが多く、直接的な叫びよりも断片的、暗示的な表現で感情を伝えることが多いです。プロセス上はボーカルを楽器的に扱い、チョップやピッチシフト、リバーブで楽器群と馴染ませるケースが多く見られます。歌唱のダイナミクスは抑えめにして、ミックス全体のバランスを重視します。

チルアウトトラップと近縁ジャンルの違い

チルアウトトラップは未来派の要素を持つフューチャーベース、 Lo-fi Hip Hop、チルウェーブ(Chillwave)と重複しますが、次の点で差別化できます。

  • フューチャーベース:メロディックで派手なドロップやウォブル感が強く、ポップ寄り。チルアウトトラップはより落ち着いたダイナミクス。
  • Lo-fi Hip Hop:ドラムのスウィング感やジャズコード志向が強い。チルアウトトラップはトラップ由来のハイハットや808を多用する。
  • チルウェーブ:レトロなシンセ音やエフェクトの使用が特徴。チルアウトトラップはリズム面での“現代性”がある。

リスニングの場面と文化的利用

チルアウトトラップは作業用BGM、リラックス、都市的なカフェやラウンジ、ファッション・映像のサウンドトラックとして重宝されます。短いループ的な構造と落ち着いた音像は、映像の背後で感情を演出するのにも適しており、広告やショートムービーの楽曲提供(シンクライセンス)でも利用されやすいジャンルです。

プロデューサーとしての実践的アドバイス

初心者がチルアウトトラップ制作に取り組む際のポイントをいくつか挙げます。

  • 音作りは“引き算”で考える:情報量を増やし過ぎない。余白(空間)を残すことが重要。
  • サンプルの選定:質感の良いボーカルサンプルやアンビエンスを中心に探す。権利関係に注意。
  • リファレンスを頻繁に聴く:リファレンスと自作をスイッチして聞き比べ、低域やステレオ感を調整。
  • マスターで音圧を追い込み過ぎない:チルアウト系はダイナミクスが魅力なので、過度なラウドネス化は禁物。

今後の展望と変化の可能性

音楽トレンドは常に動いています。チルアウトトラップは既にプレイリスト文化や映像サウンドトラックに深く組み込まれており、今後はAIを利用したボーカル処理やスペーシャルオーディオ(Dolby Atmos等)を取り入れた立体的な表現が増える可能性があります。また、世界各地の伝統音楽や民族音楽と融合することで新しいテクスチャが生まれる余地も大きいジャンルです。

まとめ:チルアウトトラップの魅力

チルアウトトラップは、トラップ由来のリズム的な魅力と、アンビエントやチルアウトの空間的魅力を兼ね備えたジャンルです。制作においては"空間の演出"と"低域の安定"が鍵となり、リスナーに対してはリラックスしながらも現代的なビート感を提供します。初心者から上級者まで、明確な音作りと丁寧なミキシングを心がければ、このジャンルならではの温度感ある楽曲を作ることができます。

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参考文献