ンゴマ(Ngoma) — 東・中部アフリカの太鼓文化を深掘りする

イントロダクション:ンゴマとは何か

「ンゴマ(Ngoma)」は、主に東アフリカ・中央アフリカを中心とするバントゥ諸語圏で広く使われる言葉で、文字どおりには「太鼓」を意味することが多い一方、太鼓を中心とした音楽・舞踊・儀礼全体を指す用語として用いられます。単に楽器を指すだけでなく、コミュニティの結束、儀式、社会的メッセージ伝達、娯楽など多様な役割を担ってきた文化的装置です。

語源と分布:バントゥ語族とンゴマの広がり

「ngoma」は多くのバントゥ語で共通の語根を持ち、言語地図上に広く分布しています。バントゥ系の拡散とともにこの楽器と呼称が広まったと考えられており、タンザニア、ウガンダ、ルワンダ、ブルンジ、コンゴ民主共和国、ザンビアなど、地域ごとに形や用途が異なる多様なンゴマ文化が見られます。

形状・構造と材料

ンゴマは地域や用途によって形状が大きく異なりますが、共通する基本構造は以下のとおりです。

  • 胴体:一般に堅木をくり抜いた胴が用いられ、樽型(バレル)、筒型、あるいは胴が細く中央がくびれた形(砂時計型)などがある。
  • 革の板(ヘッド):山羊、羊、牛といった動物の皮が張られることが多い。皮の種類は音色や地域的な入手可能性によって変わる。
  • 張力調整:伝統的には紐や革ひもを用いたラッシング(締め付け)方式が一般的で、近代型では金属リングやタッキング(鋲止め)を使うものもある。
  • 打刻具:手で演奏するタイプ(手打ち)と、スティックや円盤状の打棒で叩くタイプがある。

これらの構成要素の違いが、音色・音量・演奏技術の差異を生み出します。

演奏法と音楽的機能

ンゴマ演奏は単独演奏よりも複数の鼓が組み合わさるアンサンブルでの使用が一般的で、リズムが重層的・多層的に組み合わさるのが特徴です。

  • リード(主鼓)と伴奏:一台のリードドラムがフレーズや合図を出し、複数のサポートドラムが定型リズムを維持する。
  • コール&レスポンス:歌や掛け声と連動した応答形式が多く、観客や踊り手との相互作用を生む。
  • ポリリズム:異なる拍子やアクセントを同時に鳴らすことで、複雑なリズム構造を形成する。
  • ダンスとの一体化:多くのンゴマでは太鼓とダンスが不可分で、太鼓がダンサーの動きを導く、あるいは逆にダンスが太鼓の変化を要求する。

社会的・儀礼的役割

ンゴマは日常的な娯楽や祝祭だけでなく、以下のような重要な社会的機能を持ちます。

  • 宗教儀礼と祭祀:祖先崇拝や収穫祭、結婚式、出産・通過儀礼(成人儀礼)などで中心的役割を果たすケースが多い。
  • コミュニティの情報伝達:一定のリズムやフレーズが合図として用いられ、遠方への伝達や緊急連絡にも使われることがある。
  • 治癒・トランス誘導:治癒儀礼やシャーマン的なセッションで、太鼓のリズムがトランス状態を導く役割を担う社会もある。
  • 権威の象徴:ルワンダやブルンジの王宮において、太鼓(ingoma)は王権の象徴と結び付けられてきた歴史がある。

ただし、これらの役割は地域や時代によって差が大きく、一律に「宗教的である」「女性は叩けない」といった単純な一般化は避けるべきです。

地域別の特徴的な例

以下は代表的な地域とンゴマの関係性の概略です。

  • ルワンダ・ブルンジ:ingoma(ンゴマ)は王宮の儀礼に深く関わり、ブルンジの王宮太鼓隊(Royal Drummers of Burundi)は国際的にも知られる存在。演奏は厳格な師弟関係と訓練を通じて継承されてきた。
  • タンザニア(スワヒリ海岸を含む):スワヒリ語圏では「ngoma」は太鼓そのものに加え、舞踊やイベント全体を意味することが多く、キリム(歌舞)の伝統と結びつく形で発展している。
  • コンゴ盆地:大太鼓から小型の打楽器まで多様なンゴマが存在し、ポリリズムと呼応形式が特徴的。歌とダンスが密接に絡む。

近代・現代の変容:禁止、保存、商業化

植民地期や宣教活動により、伝統的な儀礼やンゴマの利用が抑圧された地域がありました。一方で20世紀以降、ナショナルアイデンティティの構築や観光資源としての価値が見直され、文化保存・舞台芸術としてのプロフェッショナル化が進みました。ブルンジの太鼓隊の海外ツアーや、国際舞台での披露はその一例です。

同時に、伝統的な宗教的文脈から切り離され、エンターテインメントや世界音楽との融合が進んだ結果、楽器としての形態や演奏様式にも変化が現れています。電子楽器や西洋の打楽器法との組み合わせ、楽器製作における金属部品の導入などが見られます。

文化的留意点と倫理

ンゴマを学び・演奏・展示する際には、次の点に配慮することが重要です。

  • 文脈尊重:太鼓が持つ宗教的・社会的意味を理解し、単なる民族趣味的展示にならないよう配慮する。
  • 伝承者への敬意:技術やレパートリーは口承で伝わることが多く、地元の奏者や師匠との関係を築くことが望ましい。
  • 知的財産と報酬:録音・録画・商業利用に当たっては、関係者への正当な報酬と承諾を得る。

実践的ガイド:学び方と楽器入手のポイント

ンゴマに触れてみたい演奏者・研究者向けの実践的アドバイスです。

  • 現地で学ぶ:可能ならば現地の奏者や工房から直接学ぶこと。リズムの微細なニュアンスや儀礼的慣習は現地での体験を通じて最もよく理解できる。
  • 楽器購入:木材の種類、皮の張り具合、張力調整機構を確認する。輸入品やレプリカは音色が異なる場合があるため、試奏を推奨する。
  • 録音資料の活用:文献・音源・映像記録でスタイルを比較・分析すると理解が深まる。専門のフィールド録音は貴重な情報源。

結論:ンゴマの普遍性と多様性

ンゴマは単なる打楽器名ではなく、演奏・踊り・儀礼を包含する複合的な文化現象です。地域ごとの形や用途に多様性がありつつ、共同体を結びつける「社会的な太鼓」としての共通性を持っています。学術的にも実践的にも、ンゴマの研究と継承は民族誌的、音楽学的に豊かな課題を提供します。

参考文献

Ngoma — Wikipedia

Royal Drummers of Burundi — Wikipedia

Drum — Encyclopaedia Britannica