赤外線通信とは何か?仕組み・規格・応用と設計上の注意点を徹底解説
概説:赤外線通信とは
赤外線通信は、波長がおおむね700nm(ナノメートル)以上の赤外領域の電磁波を使ってデータや信号を伝送する技術の総称です。可視光のすぐ外側に位置する「近赤外(NIR)」から、熱検出で使われる「中赤外/遠赤外(MIR/FIR)」まで幅広い波長帯がありますが、通信用途では主に近赤外(およそ700–1,100nm)や940nm付近が実用的です。家庭用リモコン、短距離のデータ転送(かつての携帯・PC間のIrDA)、産業用センサー、光無線(FSO: Free-Space Optical)など、多様な用途で利用されます。
歴史と代表的な規格
赤外線通信の商用利用は1980年代から広がり、1990年代には赤外線データ協会(IrDA: Infrared Data Association)がノートPCや携帯電話間の短距離データ通信規格を策定しました。IrDAはSIR、MIR、FIRなどの速度階層を定義し、互換性のある通信を実現しましたが、BluetoothやWi‑Fiの普及により汎用データ通信としての役割は縮小しました。
- IrDA(歴史的に重要): 近距離シリアル伝送の標準化(相互接続性の確保)。
- リモコン規格(NEC、RC‑5、Sony SIRCなど): 家電向けのプロトコル群。
- FSO(Free‑Space Optical): レーザーを用いた長距離・高帯域の光無線通信。
物理原理:発光素子と受光素子
赤外線通信は一般に、発光素子(LEDまたは半導体レーザー)と受光素子(フォトダイオード、PIN/アバランシェ検出器、受光モジュール)で構成されます。発光素子は指向性(ビーム幅)や出力、スペクトル幅、変調性が重要です。受光側は感度(A/Wで表現される受光電流/入射光)、ノイズ特性、受光面積、暗電流、帯域幅などが評価指標になります。
典型的な波長とその理由
消費者向けリモコンでは940nm付近のLEDが広く使われます。これは発光素子が効率的であり、受光素子の感度と組み合わせて実用的な検出性能が得られるためです。IrDAなどの通信系もおおむね850–900nm帯のLEDやレーザーを使用してきました。光学的な背景ノイズ(太陽光や白熱光)や大気吸収特性もバンド選定に影響します。
変調方式とプロトコル
赤外線通信で使われる変調は用途によって異なります。
- リモコン系: キャリア(通常36–40kHz、典型は38kHz)をサブキャリアとしてオン/オフするパルス変調(ASK/OOK)を用い、NECやRC‑5などのパルス長やパターンでビットを表現します。このサブキャリアにより受光モジュールは帯域制限(バンドパス)して環境光を除去します。
- データ通信(IrDA等): 高速化のためにNRZやManchester、特殊なパルス位置変調などが使われ、エラー制御やリンク確立プロトコルが組み込まれます。
- FSOや光無線: レーザーと受信器で高帯域の変調(OOK、PAM、OFDMなど)を使い、長距離で高スループットを実現します。
指向性・伝搬特性とリンク設計
赤外LEDは一般にラジアン的な放射分布(ラッセル的にはLambertian放射)が近似できます。光無線のリンク設計には受光器の面積、送光の半角、距離、受光器の視野角などを考慮した光学的リンクゲイン計算が必要です。屋内光無線でよく使うモデルの一つにLambertianエミッタのDCチャネルゲイン式があります。
代表的な式(概念式): 受光光パワーは送信光パワーに対して距離二乗に反比例し、エミッタの指向性と受光器の視野角による係数で減衰します。実務ではフィルタ、レンズ、光学ゲイン(受信コリメーション)を組み合わせてリンクマージンを確保します。
ノイズと環境要因
赤外線通信は環境光(太陽光、蛍光灯、白熱灯)によるノイズの影響を受けます。これを低減するために以下の対策が使われます。
- 光学フィルタ: 受光器に特定波長帯のみ通すフィルタを付ける。
- 周波数選択: 38kHzなどのサブキャリアで同期検波を行い、直流や低周波ノイズを除去する。
- デジタル信号処理: 閾値判定、前置符号化、エラー訂正(CRC、リード・ソロモンなど)で誤りを低減。
受光モジュールと検出器の種類
受光素子は用途により選択されます。
- フォトダイオード(PIN): 一般的な受光素子。低コストで帯域幅~数十MHz程度。
- アバランシェフォトダイオード(APD): 高い内部ゲインを持ち、低光量環境で有利。ただし高電圧駆動とノイズ管理が必要。
- 専用受光モジュール(例: TSOPシリーズなど): 内蔵プリ・フィルタ+増幅+デコーダを備え、リモコン信号を直接出力するもの。
安全性(目の安全)
赤外は目には見えないことが多く、まばたき等の保護反射が起きにくいため高出力光源では網膜損傷の危険があります。レーザーを用いる用途ではIEC 60825等の光安全規格に従う必要があります。LEDを用いる家庭用リモコンや低出力送信機は通常Class 1に該当し安全ですが、設計時に最大出力やビーム集光度を評価することが求められます。
利点と欠点(実務的観点)
- 利点: 干渉が少ない(RFスペクトル占有不要)、安価で低消費電力、プライバシー(直視線が必要)・簡易な実装。
- 欠点: 直視線(LOS)が基本で壁や家具を透過できない、太陽光などによる誤動作、短距離向けが中心、回折・反射で信号が弱まる。
代表的な応用
- 家電のリモコン(TV、エアコン): 単純で低コストな制御。
- 家電・産業用センサー: 障害物検出、近接スイッチ。
- 短距離データリンク(歴史的): IrDAによるPC/携帯間通信。
- 光無線・FSO: 高速・長距離通信(レーザー使用)でバックホールや衛星間通信にも応用。
- 車載・ロボット: センサや短距離通信手段として運用。
設計上のポイント(実践ガイド)
- 波長・フィルタ選定: 周囲の照明環境を評価して最適波長と受光フィルタを選ぶ。
- 受光面とビームの整合: 送受光の指向性を設計してリンクマージンを確保する。
- ノイズ対策: ハードウェア(バンドパスフィルタ、シールド)とソフトウェア(エラー検出・訂正)を併用する。
- 安全規格準拠: 特にレーザー利用や高出力設計ではIEC 60825等を確認する。
- プロトコル互換性: 家電向けかデータ通信向けかでプロトコル選択が異なる(NEC, RC‑5, IrDA等)。
今後の展望
無線(RF)技術が幅広く普及する一方で、赤外線は依然として高い利点を持ちます。可視光や赤外を使った室内光無線(Li‑FiやIRベースの高密度通信)、短距離のセキュアな入出力インタフェース、FSOによる高帯域バックホール、衛星間光通信など、用途は進化しています。特にスペクトルが混雑する都市環境で光を使う利点は再評価されています。
まとめ
赤外線通信はシンプルで低コストな短距離通信手段から、レーザーを用いる高帯域の光無線まで幅広い技術群を含みます。設計では波長選定、指向性・受光感度、環境光ノイズ対策、プロトコルの選択、そして光安全への配慮が重要です。現在はRF技術に役割を譲る場面もありますが、用途に応じた適用性は依然として高く、今後の光無線技術の進展で新たな展開が期待されます。
参考文献
- Infrared - Wikipedia
- Infrared Data Association (IrDA) - Wikipedia
- Infrared remote control - Wikipedia
- NEC protocol (IR remote) - Wikipedia
- Free-space optical communication - Wikipedia
- Photodiode - Wikipedia
- TSOP38238 IR Receiver Datasheet (Vishay) — Example of integrated IR receiver module
- IEC 60825 / ISO 光安全規格(概要)
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