MMフォノイコライザー完全ガイド:仕組み・設定・音質改善の実践テクニック
はじめに:MM(ムービングマグネット)とは何か
MM(ムービングマグネット)型カートリッジは、レコード再生で最も普及している方式の一つです。磁石が可動でコイルが固定されているMC(ムービングコイル)とは逆に、MMは可動コイルではなく可動磁石を採用します。これにより出力電圧が比較的高く(一般に2〜6 mV程度、カートリッジにより差がある)、一般的なフォノイコライザーに必要なゲインはMCに比べて小さく済みます。
フォノイコライザー(フォノステージ)の役割
フォノイコライザーは単なる増幅器ではなく、レコードの製造時に施されたイコライゼーション(RIAAカーブ)を逆補正(デエンファシス)する回路です。レコードは製造時に低域をカットし高域をブーストすることで溝の幅を小さくし、ノイズとダイナミックレンジを最適化しています。再生時にこれを正確に逆補正して初めて、元の周波数バランスが復元されます。
RIAAイコライゼーションの基礎
RIAA(Recording Industry Association of America)カーブは1950年代に広く採用された標準イコライゼーションで、フォノイコライザーはこの曲線に準拠した補正を行います。技術的には三つの時定数で表現され、代表的な値は次の通りです。
- 3180 μs(約50 Hzのターンオーバー)
- 318 μs(約500 Hzのターンオーバー)
- 75 μs(約2122 Hzのターンオーバー)
高品質なフォノイコライザーは、これらの周波数での補正精度を数dB以内、理想的には±0.5 dB程度で維持します。
MM向けイコライザーのゲイン要件
MMカートリッジは出力が比較的高いとはいえ、RIAA補正後に十分なラインレベル(例えばライン入力と同等の振幅)に到達させるために35〜45 dB程度のゲインが必要になることが多いです。具体的な必要ゲインはカートリッジの出力(mV)と回路の設計によります。MCカートリッジとは違い、通常追加のヘッドアンプやトランスを必要としないことがMMの利点です。
入力インピーダンスと容量の重要性
MMカートリッジの音はフォノイコライザーの入力負荷(ロード)によって大きく変わります。業界標準としては負荷抵抗47 kΩ、負荷容量100〜200 pF(回路+ケーブル合計)がよく用いられます。抵抗値と容量が変わると特に高域の周波数特性が変化し、音の明瞭さやレンジ感に影響します。
- 抵抗(R)を変える効果:低域の量感や表現に影響。極端に低い(例えば10 kΩ)と低域がやや痩せることがある。
- 容量(C)を変える効果:高域の量感と明瞭さに直結。ケーブル長やシールドの種類で容量は変わるため、プレイヤー→フォノケーブル選びも音に影響する。
カートリッジの内部インダクタンスと入力容量の組合せで共振が起き、8〜15 kHz付近にピークが出ることがよくあります。これを把握して適切な容量を与えることが自然な高域再生につながります。
実際のセッティングと調整ポイント
MMフォノイコライザーを最適化するための実践的な手順を示します。
- メーカー推奨の負荷抵抗と容量をまず試す(多くは47 kΩ、100〜200 pF)
- ケーブル長を短く保ち、ケーブルの容量を考慮する(一般的に同軸ケーブルで50〜100 pF/m)
- トーンや高域が刺さる場合は容量を増やす、こもる場合は容量を減らすなど微調整する
- ゲイン設定はクリップしないギリギリかつ十分にS/Nが確保される位置にする
- グラウンド接続を確認する。ヒューマノイズ(ハム)はアース接続の不備で起きることが多い。トーンアームのアース線はフォノイコライザーのアース端子へ接続するのが基本。
回路トポロジーの種類と音の傾向
フォノイコライザーにはいくつかの設計アプローチがあります。代表的なものと一般的な音の特徴を挙げます。
- アクティブ(オペアンプ)式:低ノイズで安定したRIAA補正が可能。フラットで精緻な再生が得られることが多い。
- ディスクリート(トランジスタ)式:設計により温かみや独特のキャラクターが出せる。高性能機ではオペアンプ式に匹敵する精度を持つ。
- チューブ(真空管)式:高域の滑らかさや中域の柔らかさが特徴。RIAA精度は設計次第で優秀なものもあるが、増幅段の特性が音に色付けをする。
- パッシブ+バッファ方式:パッシブのRIAAネットワークを通してからバッファで増幅。シンプルで自然な音だが増幅段でのノイズ対策が重要。
ノイズ、歪み、S/Nの考え方
MMフォノイコライザーの設計で重視される指標はS/N比と全高調波歪み(THD)です。MM自体の出力は数ミリボルトのため、入力段のノイズがそのまま最終信号に現れます。高性能なフォノイコライザーは、RIAA補正後の帯域でノイズを十分低く抑え、歪みも0.01%以下を目指すことが多いです。
MCカートリッジとの比較と選択基準
MMは構造上耐久性が高く交換可能なダイヤモンド針(交換針)が多く存在すること、そしてフォノイコライザー回路がシンプルで済む点が利点です。MCは出力が低く専用のヘッドアンプや昇圧トランスが必要ですが、慣性やコイル構造により微細な情報の再現に優れることが多いです。システム全体の設計や好みによって選ぶと良いでしょう。
購入時に見るべきポイント
MMフォノイコライザーを購入する際のチェックリスト:
- ゲイン(MM用のゲインレンジ)とMC対応の有無
- 負荷抵抗と負荷容量の可変オプション(細かく調整できると理想的)
- RIAA補正の精度(メーカー公称値や測定結果)
- S/N比と入力換算雑音(数値が明示されているか)
- 電源(内部電源か外部電源か、リニア電源の有無)
- アース端子やグラウンドループ対策などの実用機能
- 入出力の形態(RCA、XLRなど)と筐体の作り
よくあるトラブルと対処法
・ハムやブーンという低周波ノイズ:アース線の未接続やアースループが原因。アース線を確実に接続し、アンプ側でもアースの取り回しを確認する。
・高域が鈍い/抜けない:入力容量が過剰、またはカートリッジのエージングや針圧の問題。容量を減らす、針圧をメーカー推奨に合わせる。
・高域が耳につく/刺さる:容量不足または共振ピークが強い場合がある。容量を増やしてレスポンスを整える。
・ステレオイメージが不明瞭:左右チャンネルのバランスやフォノケーブルの接触不良、カートリッジのアライメント不良を疑う。
音質改善の応用テクニック
より細かく音質を追求する場合、以下の方法が有効です。
- 外部リニア電源や専用電源を試す:電源の安定化で低域の解像度や雑味が改善することがある
- ケーブルの種類と長さを吟味する:ケーブル容量が高域に影響するため、短く低容量のものを選ぶ
- フォノステージとプリアンプの間にバッファやリレー切替を入れて信号経路を短くする
- MCを使う場合はSUT(昇圧トランス)と高ゲインMM/MC対応機の比較試聴を行う
まとめ:MMフォノイコライザーを使いこなすために
MMフォノイコライザーは、正しく設定すれば非常に自然で高解像なアナログ再生を提供します。重要なのはRIAA補正の精度と入力負荷(抵抗・容量)のセッティング、そしてアース処理やケーブル選定などの基本的なシステム整備です。まずはメーカー推奨値で基本セッティングを行い、そこから容量や抵抗の微調整をして自分のシステムや好みに合わせていくことが成果を得る近道です。
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参考文献
- Recording Industry Association of America (RIAA) - 公式情報
- Audio Engineering Society (AES) - 技術資料と論文
- Vinyl Engine - カートリッジとフォノステージの実践情報
- Schiit Audio - What is RIAA EQ?(解説記事)
- Phono(Wikipedia) - フォノイコライザーの歴史と技術解説
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