MCフォノイコライザー完全ガイド:原理・設定・SUTとアクティブの比較
はじめに — MC(ムービングコイル)カートリッジとフォノイコライザーの関係
アナログターンテーブルの世界で、MC(ムービングコイル)カートリッジは高解像度で微細な情報を再現する目的で広く使われます。一方でMCは出力電圧が極めて低い(ハイアウトプットMCでも1〜3mV、ローレベルMCは0.2〜0.7mV程度)ため、RIAAイコライゼーションを含むフォノイコライザーステージで十分な電圧利得と低ノイズ設計が必要になります。本稿ではMCフォノイコライザーの基本原理、利得と負荷設定、ステップアップトランス(SUT)とアクティブ(増幅)方式の比較、ノイズと帯域の取り扱い、設置・調整の実務的ポイントまで詳しく解説します。
MCフォノイコライザーの基本要件
- 利得(ゲイン):RIAA補正後にラインレベル(数百mV〜1V程度)を得るため、MCの出力レベルに応じて約40〜70dBの総合利得が必要になります。一般的にはMM向けのフォノ段が約35〜45dBであるのに対し、低出力MCでは60dB前後を必要とすることが多いです。
- 負荷抵抗(ロード):MCカートリッジはメーカーやモデルごとに最適負荷が指定されます。ローレベルMCは「数十〜数百オーム」の低抵抗で使うことが多く、ハイアウトプットMCはMM同様47kΩに対応するものもあります。負荷は周波数特性やダンピング(共振の抑制)に影響します。
- 入力インピーダンスと容量:MMでは47kΩと100〜300pFの入力容量が標準ですが、MCでは入力容量の影響は相対的に小さいものの、カートリッジのインダクタンスとフォノケーブルの容量が共振を引き起こすため注意が必要です。
- ノイズ対策:極めて低い信号を扱うため、入力段の等価入力換算ノイズ(EIN)やGNDの扱いが音質に直結します。SUTやバランス回路はノイズに有利です。
利得設計の実務:どれだけ増幅すべきか
利得はカートリッジ出力によって決まります。参考値として:
- MM:3〜6mV(通常必要利得 ≈ 35〜45dB)
- MC(ハイアウトプット):0.8〜3mV(通常必要利得 ≈ 40〜55dB)
- MC(ローアウトプット):0.2〜0.7mV(通常必要利得 ≈ 55〜70dB)
設計上は総合利得を二段に分けるのが一般的です。例えばSUTで20–30dBを上げ、残りをRIAAイコライザー付きの増幅回路で補う方式は、前段のノイズ負担を下げる有効な手段です。アクティブ単独で60〜70dBを確保する場合、非常に低ノイズな入力段(トランジスタ差動、JFET、あるいは専用の低ノイズオペアンプ)と安定した電源が必須です。
SUT(ステップアップトランス)方式の特徴と利点・欠点
SUTは受容信号電圧を受動的に昇圧する変圧器です。MCの低出力を上げて後段のノイズ支配を避けるために広く使われています。
- 利点
- 能動素子を入れないため固有ノイズ(入力換算ノイズ)が非常に低い。
- 電源の影響を受けにくく、位相やトランジェントの自然さが保たれやすい。
- バランス出力のSUTは外来ノイズ耐性が高い。
- 欠点
- 重量・コストが高い(高品質なSUTは大型で高価)。
- 周波数特性の設計上の制約(低域のリニアリティや高域の位相特性、コア飽和など)。
- 利得やインピーダンスの可変性が限定され、ユーザー設定の自由度が低い。
アクティブ(電子増幅)方式の特徴と利点・欠点
トランジスタやオペアンプを使ったアクティブ方式は、利得や負荷、RIAA特性を柔軟に設計できるのが強みです。
- 利点
- 利得や負荷を広い範囲で可変にでき、様々なカートリッジに対応しやすい。
- 追加機能(スイッチで負荷切替、サブソニックフィルタ、複数入力切替など)が実装しやすい。
- 欠点
- 入力段の設計が不十分だと等価入力ノイズが支配的となる。低ノイズトランジスタや特殊な回路が必要。
- 電源リプルやグラウンドループの影響を受けやすく、実装品質が音質に直結する。
負荷(ロード)と共振の物理:インダクタンス×容量の影響
MCカートリッジは内部インダクタンス(数十〜数百mHのレンジ)を持ち、フォノケーブルや入力段の容量と共に共振回路を形成します。この共振点は周波数特性にピークやディップを生じさせ、結果的に音色(高域の強調や荒れ)に繋がります。
対策としては:
- メーカー推奨の負荷抵抗を使う(多くは「数十Ω〜数百Ω」のオーダー)。
- 必要に応じてパラレルに小容量を入れて共振をデンプ(抵抗でピークを抑える)。
- フォノケーブルの容量をコントロールする(高品質で規定容量のケーブルを選ぶ)。
バランス接続の有用性
バランス回路(XLR等)を用いると、外来ノイズとグラウンドループの影響を差動で打ち消せるため、MCの非常に低い出力レベルを扱う際に有利です。SUTやアクティブ入力段のいずれでも、差動入力/出力を採用するとS/Nや帯域外ノイズ対策の点でプラスになります。
設置・配線・接地(グラウンディング)の実務ポイント
- ターンテーブルとフォノイコライザー間のアースは1点接地が基本。グラウンドループを避ける。
- フォノケーブルは短く、高品質なシールドを持つものを使う。ケーブル容量が影響する場合があるので仕様を確認。
- SUTを使用する場合、SUT自体の接地やケースアースの取り扱いに注意。トランスの磁気リークを避けるため配置を工夫する。
音質面での比較と実務的選び方
どちらが良いかは機材の設計と好みによりますが、一般的な傾向は:
- SUTは静けさと空間表現に優れる(ノイズフロアが低く、微小信号の表現がシャープ)。
- アクティブは音像の制御性、低域の踏ん張り、機能面の柔軟性で優れるものが多い。
選択の指針としては、まずカートリッジの仕様(出力、推奨負荷、インダクタンス)を確認し、理想の利得レンジとノイズ性能が得られるかを検討します。既に良いプリアンプを持っている場合はSUTで前段を補う方が機材追加のコスト効率が良いこともあります。一方、複数のカートリッジを使い分けたい、負荷の微調整を行いたい、追加機能が欲しい場合はアクティブ方式が適します。
テストとチューニング:実際にチェックすべき項目
- 推奨負荷を設定して周波数特性を確認する(テストレコードやスペクトラム解析を使用)。
- ホワイトノイズ/サイン波を用いたS/N、歪率テスト(可能なら測定器で確認)。
- 実機での試聴:高域の鋭さ、低域の位相感、音像のスケール感、背景の静けさを比較。
代表的な問題とトラブルシューティング
- ハムやブーン音:グラウンドループ/アース処理不良が多い。接地の取り直しやケーブル経路の変更を行う。
- 高域が刺さる/ピークがある:負荷抵抗やケーブル容量を変更して共振を調整。
- 低域が薄い:ゲイン不足か、RIAA特性の不適合。利得や回路の帯域を見直す。
まとめ:設計と運用の要点
MCフォノイコライザーは「利得」「負荷」「ノイズ」「帯域」のバランスで決まります。SUTはノイズ性能で優れ、アクティブは可変性と機能性で優れます。最終的にはカートリッジの仕様に従い、適切な負荷設定と利得設計、確実な接地処理を行うことが良好なアナログ再生の鍵です。
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参考文献
- Moving-coil phonograph cartridge — Wikipedia
- Phono preamp — Wikipedia
- RIAA equalization — Wikipedia
- Phono amplifiers — Sound On Sound (解説記事)
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