フォノアンプ(Phono Preamp)完全ガイド:RIAA、MM/MC、設置と調整、音質改善の実践テクニック
はじめに — フォノアンプとは何か
フォノアンプ(フォノステージ、phono preamplifier)は、レコードプレーヤー(ターンテーブル)からの微小な信号をラインレベルに増幅し、同時にカッティング時に施されたイコライゼーション(RIAAカーブ)を補正する専用のプリアンプです。ターンテーブルのカートリッジは数ミリボルト〜サブミリボルトの極めて低い出力しか持たないため、適切なゲイン、インピーダンス整合、ノイズ対策、RIAA補正が不可欠です。
フォノアンプの基本的な役割
増幅:カートリッジの低レベル信号(MMで約2〜5 mV、MCで0.2〜1 mV程度)をラインレベル(おおむね数百ミリボルト〜数ボルト)に引き上げる。
RIAAイコライゼーションの補正:レコードの制作時に高周波を強調し低域をカットするカッティング処理を、再生時に逆補正してフラットな周波数特性を再現する。
インピーダンス整合および負荷:カートリッジのタイプ(MM / MC)に応じた入力インピーダンス/容量の設定で、周波数特性や位相特性を最適化する。
ノイズ対策と接地:グラウンドループやハムを抑え、十分なS/N比を確保する。
RIAAイコライゼーションの仕組み
RIAA(Recording Industry Association of America)曲線は、カッティング工程で高域を持ち上げ、低域をカットするプリ・エンファシスを行い、針溝の物理的制約とノイズ対策を両立させます。再生時のフォノアンプはこの補正(ディ・エンファシス)を行い、元のフラットな音響特性を再現します。正確なRIAA補正は20 Hz〜20 kHzの帯域で曲線に沿った応答が要求され、良好なフォノアンプは±0.1〜0.5 dB程度の誤差に収めます。
MM(Moving Magnet)とMC(Moving Coil)の違いと要求スペック
MMカートリッジ:出力は一般に2〜5 mV。内部コイルのインピーダンスが高く、入力端での容量(ケーブル+プリアンプ)に敏感。一般的に47 kΩ抵抗負荷+100〜200 pFの入力容量指定が多い。必要ゲインはおおむね約40〜50 dB(1 kHz基準)。
MCカートリッジ:出力は0.2〜1 mVと低く、低インピーダンス(数Ω〜数十Ω)であることが多い。高いゲイン(約60〜70 dB)が必要で、低雑音設計が重要。負荷抵抗は数Ω〜数百Ω(カートリッジ仕様に依存)で、ステップアップトランスや専用MC入力を用いることが一般的。
電気的な要点:ゲイン、インピーダンス、容量
ゲイン:1 kHz基準でMMは約40〜50 dB、MCは60 dB以上が必要。ゲインは周波数依存のRIAA補正も兼ねるため、正確な設計が求められる。
入力インピーダンス:MMは47 kΩが標準的。MCは10〜100 Ωなど低抵抗を指定するカートリッジが多い。
入力容量(pF):MMはケーブル+入力容量で総計100〜200 pFに収めることが推奨される。容量が大きいと高域がブーストされ、音が鋭くなるか不自然なピークが生じる。
ノイズと等価入力雑音(EIN)
フォノ信号は非常に小さいため、フォノアンプのノイズ性能が音質に直結します。特にMC用段では低周波ノイズとホワイトノイズを抑える設計(低雑音トランジスタ/オペアンプ、短い信号経路、適切な電源デカップリング)が重要です。スペックとしてはEINやS/N比、また1 kHzでのTHDが公表されることが多く、上位機はEINが-120 dBV以下やTHDが0.01%以下を達成します。
トランス式 vs アクティブ式 vs 真空管式
トランス式(ステップアップ):MCの低出力を物理的に昇圧し、入力回路のノイズ負荷を軽減する。帯域と位相特性、振幅レスポンスは良好だがコストと重量が増す。
アクティブ式(半導体/オペアンプ):高精度なRIAA補正と十分なゲインを低コストで実現可能。設計次第で非常に低ノイズかつフラットな特性を出せる。
真空管式:温かみのある音色や歪み特性を好む向きに人気。内部抵抗や出力インピーダンスが高くなるため後段との相性や設計(出力トランスやカップリング)が重要。
設置と接続の実務的注意点
ターンテーブルのアース線をフォノアンプのグランドに必ず接続してハムを抑える。
MMではケーブルの容量に注意。プレーヤー付属ケーブルのpF値が明記されている場合は、それを元に総容量を計算する。
MCでは専用のMC入力やステップアップトランス、外部MCトランスを使う。安易なゲイン追加はノイズを増やすだけになる。
ライン入力とフォノ入力を混同しない。フォノ入力はRIAA補正と高ゲインを前提としているため、ライン信号を入れると歪む。
測定と校正方法
正確なRIAA補正やゲインを確認するにはテストレコード(1 kHz、その他基準周波数を持つ)や信号発生器+フォノカートリッジ代替回路を用いた測定が有効です。測定器では周波数応答、位相応答、THD、S/N比をチェックします。プロ品質を求める場合は20 Hz〜20 kHzでRIAAに対する偏差が±0.5 dB以内を目安にします。
トラブルシューティングのポイント
ハムが出る:アース不良、グラウンドループ、または電源ノイズ。ターンテーブルアース線とフォノアンプの接続を確認。
片チャンネルの音量が低い:カートリッジの接触不良、配線の断線、またはプリアンプのチャンネル不具合。
高域が出過ぎる:入力容量過多、もしくはRIAA補正誤差。ケーブルを低容量タイプに替え、プリの設定を確認。
自作と回路設計の要点
DIYフォノアンプで多い構成は、オペアンプによるアクティブなRIAAフィードバック回路か、パッシブなRIAAネットワークを通した後段増幅です。設計上は低雑音部品の使用、パターン配置でのアース分離、電源のリップル除去が重要。MC用には低雑音トランジスタ段やトランスを組み合わせることが多いです。RIAAネットワークの時間定数は正確に設計されなければならず、部品公差が響くため精度の高い抵抗とコンデンサが推奨されます。
まとめ:良いフォノアンプを選ぶためのチェックリスト
対応カートリッジ(MM/MC)と必要ゲインが合っているか。
入力インピーダンスと容量の設定がカートリッジ仕様に適合しているか。
RIAA特性の精度(±dB)やS/N、EIN、THDなどの性能指標。
設置環境(アースやケーブル)を含めた実用的な使い勝手。
外部ステップアップトランスやMCモジュールの互換性。
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