音圧(ラウドネス)完全ガイド:測定・主観・マスタリングの実務と配信ノウハウ
音圧(ラウドネス)とは何か
「音圧(音の大きさ)」は、音響・音楽制作において最も基本的かつ誤解されやすい概念の一つです。物理的には音圧は空気の圧力変動を指し、基準値の 20 μPa(マイクロパスカル)を参照してデシベル(dB SPL)で表されます。一方デジタル音声の世界では、dBFS(Full Scale)という単位で信号レベルを扱い、0 dBFS がデジタル上限(クリップ)です。
ピーク値と平均(RMS / LUFS)の違い
音の大きさには「瞬間的なピーク(ピーク値)」と「聴感上の大きさに近い平均的なエネルギー」があります。ピークは瞬間の最大振幅を示し、デジタルでは dBFS で表されます。一方、RMS(Root Mean Square)は信号のエネルギーを示す従来の指標で、LUFS(または LKFS)は人間の聴感特性を取り入れた「ラウドネス(聞こえ上の音圧)」の国際標準指標です。LUFS は ITU-R BS.1770 規格に基づく測定で、K-weighting と呼ばれる周波数補正を用います。
計測規格とメーター
- ITU-R BS.1770:LUFS(LKFS)を定義する国際規格。放送や配信で用いられるラウドネス計測の根拠になります。
- EBU R128:欧州放送連合によるラウドネス標準。放送向けに統一された放送ラウドネス目標(統一単位として LUFS)を提案しています。
- ピーク / トゥルーピーク(True Peak, dBTP):デジタルサンプルの単純なピークではなく、再生時や符号化時に発生する可能性のあるインターサンプルピーク(ISP)を考慮した指標。ITU 規格に準拠したツールはオーバーサンプリングで計測します。
- VU メーター・PEAK メーター:VU は主に平均(平滑化された平均)を示し、ピークメーターは瞬間的ピークを示します。どちらも役割が違い、併用が重要です。
ラウドネスと知覚:なぜ LUFS が重要か
人間の耳は周波数や時間により音の強弱を異なって感じます(フレッチャー・マンソン曲線等)。そのため単純な RMS やピークだけでは「大きく聞こえるか」を正確に予測できません。LUFS は周波数重み付けと時間的ウィンドウを組み合わせ、より“聞こえに即した”ラウドネスを数値化します。これによりトラック間の相対的な音量比較や、放送・配信での正規化が可能になりました。
ラウドネス・ノーマライゼーションと配信サービスの目安
近年、多くの配信プラットフォームが再生時にラウドネス正規化を行うようになり、過度な「ラウドネス競争(ラウドネス戦争)」の抑制が進んでいます。代表的な目安は以下の通りです(目安値・変更されることがあるので常に最新情報を確認してください)。
- EBU R128(放送):目標ラウドネス -23 LUFS(放送標準)
- Spotify(配信の目安):おおむね -14 LUFS(配信側の正規化設定やリスナーの環境による)
- Apple Music / Sound Check:-16 LUFS 程度を目安にすることが多い
- YouTube:おおむね -13 〜 -14 LUFS を中心とする正規化が行われる傾向
注:具体的な目標値は各社の仕様やアップデートで変わるため、配信するプラットフォームの公式情報を確認してください。
True Peak(真のピーク)とマスタリング上の注意
デジタル信号はサンプル点のみを扱いますが、再生時に波形間でサンプルを補間した際にサンプル間でピークが出ることがあります(インターサンプルピーク)。これにより符号化(特に圧縮・トランスコード)後にクリップが生じることがあるため、マスタリングでは True Peak(dBTP)をチェックし、一定のマージン(一般には -1 ~ -2 dBTP)を確保することが推奨されます。
ダイナミクス、クレストファクター、ダイナミックレンジ
クレストファクターはピークと平均ラウドネス(RMS または LUFS)の差で、曲の「瞬発的な強さ」を示します。ダイナミックレンジや LRA(Loudness Range、EBU 技術文書で定義)は楽曲全体の音圧変動の幅を表し、音楽のジャンルや表現意図によって理想的な値は異なります。例えばクラシックやジャズは広いダイナミックレンジを保ちやすく、EDM やロックではコンプレッションを多用してラウドネスを稼ぐことが多いです。
実践的なマスタリングのテクニック
- 最初に正確なメーターを設置する(LUFS・True Peak・RMS・ピークメーターを併用)。
- 平均ラウドネスを上げる際はまずミックス内でエネルギー配分を見直す。EQ で不要な低域やマスクを整理すると無理にコンプレッションしなくても大きく聞こえる。
- バスコンプレッションやパラレルコンプレッションで密度を上げつつ、元のトランジェントを残す手法が有効。
- リミッターでラウドネスを稼ぐ場合は、過度なゲインリダクションで音が潰れないように多段階で調整する(マキシマイザー単独で一気に詰めるのは音質悪化の原因)。
- マスタリング時のヘッドルームを確保する(最終段階でのピーク上限を設定)。配信向けには True Peak のマージンを設ける。
- 符号化(AAC、MP3 等)による劣化を想定して、トランスコード後のチェックを行う。
- 最終的なサンプルレート・ビット深度変換時は適切なディザリングを行う。
ジャンル別の指針とバランスの取り方
ジャンルによって理想的なラウドネスやダイナミクスは変わります。ポップ/ロック系では強い前進感(コンプレッションによる密度)が求められやすく、ヒップホップやEDMではサブベースやキックのエネルギーを保ちながら LUFS を稼ぐ手法が多用されます。一方、アンビエントやクラシックはダイナミクスが表現そのものなので、ラウドネスを上げすぎることは表現を損なうリスクがあります。
リスナー環境と主観的要素
音圧の「大きさ」はリスナーの再生環境(スマホのスピーカー、ヘッドホン、ハイファイシステム)によっても大きく変わります。低域は小さいスピーカーで損なわれやすく、中高域のバランスが「大きく聞こえる」印象を与えることがあります。したがってマスタリングでは複数のリファレンス環境でチェックすることが重要です。
メーターとツールの例
- Youlean Loudness Meter(無料/有料) — LUFS / True Peak の計測で人気。
- iZotope Insight — 総合的なメーターリングツール。
- NUGEN Audio VisLM — 放送/配信向けのラウドネスメーター。
- Waves WLM / SPAN など — 補助的な解析ツール。
チェックリスト:配信前に必ず確認すること
- ターゲットプラットフォームの推奨 LUFS を確認する。
- True Peak が安全域(一般には -1 〜 -2 dBTP 目安)にあるか確認する。
- トラック間の相対ラウドネスが意図通りか(アルバム構成なら整合性を持たせる)。
- トランスコード(配信フォーマット)後の音質とクリッピングを確認する。
- 複数の再生環境でのリスニングチェックを実施する。
結論:音圧は数値と主観の両輪で扱う
音圧(ラウドネス)は数値で管理できる一方、最終的には主観的な「聞こえ方」が最重要です。LUFS や True Peak といった指標を正しく理解・計測しつつ、ジャンルや表現意図に合わせてダイナミクスとラウドネスのバランスを取ることが、良い音作りの要です。配信プラットフォームのラウドネス正規化がある今日では、無理に極端なラウドネスを追うよりも、音質と聞こえ方の最適化に注力することが成功の近道になります。
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参考文献
- ITU-R BS.1770: Algorithms to measure audio programme loudness and true-peak audio level
- EBU R128: Loudness normalisation and permitted maximum level
- YouTube Help: Audio loudness best practices
- Spotify for Artists: Loudness and normalization (参考情報)
- Apple Support: About Sound Check
- Wikipedia: Sound pressure level (参考:20 μPa について)
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