ガムランの魅力を深掘りする:起源・楽器・調律・現代への影響まで
ガムランとは何か
ガムランはインドネシア諸島を中心に発達した打楽器主体の合奏音楽の総称で、主に金属製の鍵盤楽器や銅鑼、大小のゴング、太鼓などから構成される。音の鳴り方、合奏のまとまり、時間感覚(コロトミーと呼ばれる節付け構造)に特徴があり、宗教儀礼、舞踊、影絵芝居(ワヤン)、王宮の行事など、多様な社会的機能を持つ。西洋音楽的な和声や機能から独立した音楽体系を持ち、各地域で独自に発展してきた。
起源と歴史的変遷
ガムランの起源は明確ではないが、古代ジャワやスンダ地方における鉄器・金属加工技術の発展と、宗教儀礼や宮廷文化の影響を受けて形成されたと考えられている。マジャパヒト王国(13〜16世紀)やその前後の王朝文化の中で楽器とレパートリーが洗練され、王宮(クラトン)を中心に保存・継承された。欧米との接触後、19世紀末のパリ万博(1889年)でジャワのガムランが紹介され、ドビュッシーやほかの西洋作曲家に影響を与えたことが知られている。
主要な楽器とその役割
- ゴング類:ゴング・アゲン(gong ageng)やケンプル(kempul)、ケノン(kenong)はコロトミック(節付け)構造を示す基盤で、場面の区切りやフレーズの大きな節を示す。
- メタロフォーン類:サロン(saron)、スレンデム(slenthem)、ガンビラン(gender)等の金属の鍵盤楽器が旋律の中核を担う。音の持続や装飾の役割は楽器ごとに異なる。
- ボナン(bonang):小さな鍋型の鍵盤を複数並べた楽器で、メロディックな装飾や主導的フレーズを担当する。
- 弦楽器・管楽器:レバブ(rebab、擦弦楽器)やスリン(suling、竹笛)は歌や旋律線を担い、しばしば合奏に対してオーガニックな歌い回しを加える。
- 打楽器:ケンダン(kendang)などの太鼓はテンポやダイナミクス、演奏全体の指揮的役割を果たす。バリのガムランでは複雑なリズム変化をリードする。
調律と音階:スレンドロ(slendro)とペログ(pelog)
ガムランには大きく分けて二つの代表的な音階体系がある。スレンドロは5音からなる等間隔に近い音階で、浮遊感のある響きを持つ。ペログは7音からなり、その中から5音を用いるスケールが多く、音の間隔は不等で用途や表情に富む。重要な点は、ガムランは個々のアンサンブルごとに独自に調律されることが多く、異なるセット間でのピッチや音程の互換性が低い。つまり、ガムランの「同じ音名」が他セットでは別の周波数を指すことがある。
演奏形式とレパートリー
ジャワのガムランでは、形式的な演奏形態(ラドラン、ケタワン、グンディングなど)や、ワヤン(影絵芝居)付随の演奏が発達している。バリでは激しいダイナミクスと速いテンポ、精緻な演奏技術を特徴とするスタイル(例えばガムラン・ジェゴグ、ガムラン・ゲバヤン、ガムラン・クビャール)がある。各レパートリーは曲の構造、反復パターン、装飾法、ソロと合奏の交替などで特徴付けられる。演奏はしばしばヴォーカル・パートや舞踏と連携し、視覚芸術と結びつくことが多い。
地域差:ジャワ、バリ、スンダ、チレボンなど
地域ごとにガムランの様式は多様である。ジャワの王宮(中央ジャワ、特にソロ・ジョグジャカルタ)では、抑制の効いた音楽と繊細な表現が重視され、ゆったりとしたテンポと深い響きが特徴だ。バリのガムランは明瞭で速く、劇的な強弱と複雑なリズムが特徴で、宗教儀礼やダンス公演に即した演奏が行われる。西ジャワ(スンダ)にはデグン(degung)と呼ばれる独自の編成があり、音色やレパートリーも異なる。チレボンやロンボクなど、さらに別個の伝統を持つ地域もある。
楽器製作と素材
伝統的に主要な鍵盤楽器やゴングは青銅(ブロンズ)で鋳造され、独特の倍音構造と豊かな余韻を生む。ブロンズは高価で製作に熟練を要するため、近年は真鍮や鉄、アルミニウム製のものも用いられることがあるが、音色や耐久性に差が出る。メンテナンスや調律は熟練工による手作業で行われ、胴や共鳴胴の形状、厚み、打面の加工などが音色を左右する。楽器はしばしば装飾され、宗教的・美術的価値も持つ。
記譜法と教育
ガムランの伝統的な伝承は耳伝い(オーラル・トラディション)であるが、近代以降はケパティハン(kepatihan)と呼ばれる数字譜(数字を用いた簡易記譜法)が広く使われるようになった。これは主にジャワガムランのために発展したもので、旋律とリズムの要素を簡潔に記録できるため教育や編曲に便利である。現代では学校や大学、コミュニティセンターでの組織的な指導、ワークショップ、録音資料や映像を使った学習が広がり、海外でも多くのガムラン・アンサンブルが活動している。
現代音楽・海外への影響
19世紀末以降、ガムランは西洋の作曲家や音楽家に影響を与えた。パリ万博でのジャワガムランの上演はドビュッシーをはじめとする作曲家に刺激を与え、20世紀の実験音楽やミニマリズムの潮流にも影響を残した。コリン・マクフィーやルー・ハリソンらはバリやジャワのリズム・音色にインスピレーションを受け、アメリカにおける“アメリカン・ガムラン”の制作やレパートリーの創出につながった。現在では欧米の大学やコミュニティ、現代音楽の作曲家による協働、映画音楽やポップスへの引用など、多様な文脈で再解釈されている。
社会的・宗教的役割と現代の課題
ガムランは単なる音楽ではなく、コミュニティの結束、儀礼、アイデンティティ表現の媒体であるため、都市化や経済変動、観光産業の影響を受けながらも重要性を保ってきた。一方で、楽器の高コストや若年層の関心低下、伝承者の減少といった課題もある。保存活動や教育プログラム、地方自治体や国際的な支援による楽器修復・製作、記録化が進められている。現代的な創作を通じた更新と伝統継承のバランスが今後の焦点である。
学ぶ・聴く・体験するために
ガムランを学ぶ際の入口はローカルのワークショップや大学のガムラン部、地域の文化センターなどが一般的である。聞くときは録音だけでなく舞踊やワヤンなど視覚的要素を伴う公演を見るとさらに理解が深まる。もし海外在住で入手可能なら、地域のガムラン・アンサンブルに参加するか、オンラインのレッスンや資料、譜面(ケパティハン)を活用するとよい。演奏は合奏の協調性が重要なので、個人練習だけでなく合奏経験を重ねることが早道である。
まとめ
ガムランは金属楽器の豊かな音色と複雑なリズム構造、地域的多様性によって世界的にもユニークな音楽文化である。歴史的には宮廷や宗教儀礼と深く結びつき、現代では教育や国際交流、現代音楽の素材としても重要な役割を果たしている。保存と革新の両立が求められる中で、実際に生の演奏に触れ、地域ごとの特徴を聴き比べることでその奥行きをより深く理解できるだろう。
参考文献
- Encyclopaedia Britannica - Gamelan
- Wikipedia - Gamelan(英語)
- Oxford Music Online(ガムランに関する総説、要購読)
- Smithsonian Folkways(ガムラン録音・解説資料)
- Sumarsam, 'Introduction to Javanese Gamelan'(参考図書)


