CRAY-3の全貌:設計思想・技術革新・失敗の教訓(詳解)

序論:CRAY-3とは何か

CRAY-3は、スーパーコンピュータの草分け的存在であるセイモア・クレイ(Seymour Cray)が設計に携わったベクトル型スーパーコンピュータの革新的な試みです。1980年代後半から1990年代前半にかけて、従来のシリコン技術や設計思想を超える高性能化を目指して開発されました。単に計算性能を高めるだけでなく、回路素子、パッケージング、冷却技術、システム構造までを一体として見直すことで、次世代の『強力だが高効率な箱』を目指した点が特徴です。

開発の背景と歴史的経緯

セイモア・クレイはCRAY-1やCRAY-2の設計で名を馳せた後、1989年にクレイ・コンピュータ・コーポレーション(Cray Computer Corporation, CCC)を設立しました。CRAY-3はこの新会社での代表的プロジェクトで、従来のエミッタ結合論理(ECL)やシリコンプロセスの速度限界を克服するために、ガリウム砒素(GaAs)半導体や高密度3次元パッケージング、液浸冷却などの先進技術を積極的に採用しました。

開発は1980年代末から1990年代初頭に進められましたが、開発コストの膨張、GaAsデバイスの歩留まり問題、市場の求める計算ニーズの変化(大規模並列分散型システムの台頭)などが重なり、商用展開には至りませんでした。最終的にCCCは資金難と市場競争のために存続が困難になり、CRAY-3は限定的な試作機やプロトタイプが存在するのみで終わりました。

アーキテクチャと設計思想

CRAY-3の根幹は“ベクトル処理”の高効率化にありました。ベクトル型プロセッサは連続データに対して同一演算を並列に行う点で、科学技術計算に強みを持ちます。CRAY-3では以下のような主要設計要素が採用されました。

  • 高速デジタル回路:GaAsベースの集積回路により、トランジスタの遷移速度を向上させることを狙いました。これによりクロック周波数や演算器のスループットを引き上げる試みがなされました。
  • 3次元パッケージング:配線長短縮と高密度実装のために、従来の基板面実装だけでなく3D構造を採用することが計画され、信号遅延や電力供給を含むシステム設計が見直されました。
  • 液浸冷却の継承・改良:CRAY-2で用いられたフッ素系熱媒への浸漬冷却の経験を活かし、CRAY-3でも高密度実装に対応する冷却技術が重視されました。

GaAs採用のメリットと課題

GaAs(ガリウム砒素)はシリコンに比べて電子移動度が高く、高速動作が期待できる材料です。CRAY-3の設計陣は、クロック周波数や伝搬遅延を改善するためにGaAsを中心に据えました。理論上、同じ機能を実現するトランジスタでより高い周波数が出せるため、ベクトル演算の単位時間あたりの処理量を飛躍的に向上させられる可能性がありました。

しかし実際には以下のような課題が顕在化しました。

  • 製造歩留まりとコスト:GaAsプロセスは当時高価であり、シリコンに比べ歩留まりも悪く、量産性に欠ける点が問題でした。
  • 熱設計と信頼性:高速動作で消費電力密度が高まり、熱管理と長期信頼性の両立が難しくなりました。
  • 周辺要素のボトルネック:CPUコアだけ高速化しても、メモリ帯域や入出力が追従できないと実性能は伸びないため、システム全体最適が必要でした。

パッケージングと冷却の工夫

CRAY-3では高密度集積を前提に、従来の平面基板に依存しないパッケージングが検討されました。配線長を短縮することで遅延を減らし、信号同期の問題を緩和することが狙いです。これには新しい実装技術や多層接続、さらに熱的な配慮が不可欠でした。

冷却については、CRAY-2で採用されていた液体浸漬(例えばフッ素系の冷媒)と同様のアプローチが引き継がれましたが、CRAY-3ではより高密度の熱負荷を扱うため冷却効率の改善が必要でした。液浸冷却の利点は高い熱除去能力と均一な温度管理ですが、メンテナンス性や材料適合性といった運用面の課題も伴います。

ソフトウェアと互換性の課題

ハードウェアが大きく変わると、既存のソフトウェア資産との互換性が問題になります。CRAY-3はコンセプト上は従来のクレイ系アーキテクチャの思想を継承していますが、素子やクロック、内部パイプラインが変わることでバイナリ互換性は限定的になり得ました。商用採用を見据えると、既存の科学技術計算コードやコンパイラの移植性・最適化が重要であり、この点でも開発コストが無視できない要因でした。

ビジネス面の問題と市場環境

1990年代初頭は、スーパーコンピュータ市場が大きく変わり始めた時期です。ベクトル単体での高性能の追求に加え、クラスターや大量並列処理といった別方向のアプローチが注目を集めました。CRAY-3は開発費が膨らむ一方で、投入後に十分な市場受容が見込めるかは不透明でした。

加えてGaAsなど新素材を用いた高級品は製造コストと販売価格の面で厳しく、競合他社や代替技術(安価な並列機や汎用CPUを組み合わせたシステム)的なプレッシャーが強まりました。これらが重なり、CRAY-3は限定的なプロトタイプの段階に留まり、CCCも最終的に商用展開を断念することになりました。

CRAY-3の遺産と教訓

CRAY-3は商業的成功を収めることはできませんでしたが、複数の点で重要な教訓と技術的示唆を後続に残しました。

  • システム全体のバランス:コアの高速化だけでなく、メモリ帯域、I/O、ソフトウェアの整合性が不可欠であることを再確認させました。
  • 新素材・新技術の適用時期:先進素材は理論上の優位性があっても、製造・コスト・信頼性の観点で成熟が必要であること。
  • 冷却・パッケージングの重要性:高密度実装時代における熱設計と3Dパッケージ技術の研究が進む契機になりました。

また、CRAY-3の設計思想は後の高性能計算装置や特定用途向けアクセラレータ(GPUやFPGAなど)における「総合的なシステム設計」の必要性を改めて浮き彫りにしました。今日のHPCでは、プロセッサ・メモリ・ネットワーク・ソフトウェアの協調による最適化が標準的なアプローチになっていますが、これはCRAY-3が示した課題の延長線上にあるとも言えます。

現代への示唆:もしCRAY-3を現代に再設計するなら

現代の技術でCRAY-3的なアイデアを再考すると、いくつか異なる結論が出ます。例えば:

  • 材料面では、今日のハイパフォーマンス・コンピューティングはCMOSプロセスの微細化と3D積層(TSV等)で進化しており、GaAsの代わりに高密度・低消費電力のシリコンベースで同等の効果を狙うことが現実的です。
  • 冷却技術は液冷や直接液浸冷却が商用データセンターにも普及しつつあり、高密度実装を支える技術は成熟してきています。
  • ソフトウェアの観点では、柔軟なコンパイラやライブラリ、仮想化技術を活用して、ハードウェアとソフトウェアの乖離を小さくする設計が可能です。

つまり、CRAY-3が目指した総合最適化の精神は依然として有効であり、材料や実装手法が改まった現在なら、より実用的な形で再現できる余地があります。

まとめ

CRAY-3は、スーパーコンピュータ史における野心的な実験であり、尖った技術課題に挑戦したプロジェクトでした。GaAsをはじめとする先端材料の採用、高密度3Dパッケージング、液浸冷却といった要素は、当時としては先進的すぎる一面があり、コスト・製造・市場環境の面で大きなハードルに直面しました。商業的成功は得られなかったものの、その設計上の問いかけや技術的試行は後のHPC技術と設計哲学に示唆を与え続けています。

参考文献

Cray-3 - Wikipedia

Cray Computer Corporation - Wikipedia

Seymour Cray - IEEE Spectrum(関連記事)

Computer History Museum(歴史資料・アーカイブ)