セントロイドベースクラスタリング徹底解説:原理・実装・応用と実務上の注意点
はじめに
セントロイドベースクラスタリングは、データ解析や機械学習の分野で最も広く使われるクラスタリング手法群の総称です。代表的な手法にk-means(ケイミーンズ)がありますが、中心(セントロイド)をクラスタの代表点として定義し、それを基にデータを分割するという共通点があります。本コラムでは、理論的背景、代表的アルゴリズム、実装上の注意点、変種と改善策、応用例、パフォーマンスとスケーリングの観点から詳しく解説します。
セントロイドベースクラスタリングの定義と目的関数
セントロイドベースクラスタリングは、与えられたデータ集合をK個のクラスタに分割し、各クラスタの代表点(セントロイド)との距離の総和(あるいは二乗和)を最小化することを目的とします。k-meansの場合、目的関数は以下のように表されます。
J = \sum_{i=1}^{K} \sum_{x \in C_i} ||x - \mu_i||^2
ここで C_i はクラスタ i のデータ点集合、μ_i はクラスタ i のセントロイド(平均ベクトル)です。k-means はこのJを局所最小化することを目標に反復的にセントロイドの再計算と割り当てを行います。
代表的アルゴリズム:Lloyd とその派生
- Lloyd のアルゴリズム(一般に k-means と呼ばれる)
- 初期化:K個のセントロイドを初期化(ランダム選択など)。
- 割り当てステップ:各データ点を最も近いセントロイドに割り当てる。
- 更新ステップ:各クラスタのセントロイドをクラスタ内の点の平均に更新する。
- 目的関数が収束するか、最大反復回数に達するまで繰り返す。
- 初期化方法の重要性
- Forgy 法(ランダムな K 点を選ぶ)やすべての点をランダムに割り当てる方法などがある。
- k-means++(Arthur & Vassilvitskii, 2007)は、良好な初期中心を確率的に選ぶことで収束速度と結果の品質を改善する手法で、業界標準になっている。
- 収束性と最適性
- Lloyd アルゴリズムは各反復で目的関数 J を非増加にするため有限回で収束する(局所最小に到達)。
- ただし、グローバル最適解を保証しない(問題自体は NP-ハードであることが知られている)。
計算量と実装上のポイント
基本的な k-means の計算量は O(n K d T) で、n はデータ点数、K はクラスタ数、d は次元数、T は反復回数です。高次元や大規模データではこの計算量がボトルネックになります。
- 距離計算を効率化するための工夫(近似近傍探索、三角不等式を利用した高速化など)。
- ミニバッチ k-means(Sculley, 2010)はランダムにサンプリングしたバッチで更新を行い、非常に大きなデータセットでも高速に収束する。
- メモリ効率:データがメモリに乗らない場合はオンライン更新や分散実行(Spark MLlib など)を検討する。
- 数値面での注意:ゼロ分割や空クラスタの処理(空クラスタが発生したら新しいセントロイドをランダム選択するなど)。
距離尺度とデータ前処理
セントロイドベースでは距離尺度が結果に大きく影響します。標準的にはユークリッド距離を用いますが、データの性質に応じた選択が重要です。
- ユークリッド距離:連続値・ガウス分布的なデータに向く。特徴量のスケールが異なる場合は標準化(z-score)や正規化が必須。
- マンハッタン距離(L1)を用いる k-medians は外れ値に強くなる。
- k-medoids(PAM)は代表点を実データから選ぶため外れ値耐性が高いが計算コストが高い。
- コサイン類似度を使う場合はベクトルを単位長に正規化してから k-means を行う「spherical k-means」が有効で、文書クラスタリング(TF-IDF)でよく使われる。
- カテゴリカル変数が混在する場合は k-prototypes のような手法を検討する。
クラスタ数 K の決定
K の決定はクラスタリングで最も難しい問題の一つです。代表的な手法を複数組み合わせて判断するのが実務的です。
- エルボー法:クラスタ内誤差平方和(WCSS)の K に対するグラフで「肘(エルボー)」を探す。
- シルエットスコア:各点のクラスタ内の密度と隣接クラスタとの分離度を定量化する指標。平均シルエットが高いほど良好。
- ギャップ統計量(Gap Statistic, Tibshirani et al.):無作為データと比較してクラスタ構造の有意性を評価する。
- 情報量基準(BIC/AIC)や混合ガウスモデルによる推定も有効(ただしモデル仮定が必要)。
- ドメイン知識や実用上の制約(解釈のしやすさ、下流処理との整合性)も重要。
主な問題点と回避策
- 初期値依存性:k-means++ を使う、複数回実行して最良解を採用する。
- 局所最適解:複数回の再実行と異なる初期化戦略で緩和する。
- 非凸・非球状クラスタ:セントロイド法は球状クラスタに強い。細長や非連続なクラスタには DBSCAN や階層クラスタ、スペクトラルクラスタリングを検討。
- 外れ値への感度:外れ値がある場合は k-medoids などの頑健法や事前に外れ値検出を行う。
- 高次元データ:次元削減(PCA、t-SNE、UMAP)や特徴選択でノイズを減らす。sparse データではコサイン類似度を用いる。
実務での使い分けと応用例
セントロイドベースの手法はシンプルで高速、解釈もしやすいため多くの実務アプリケーションに使われます。
- 顧客セグメンテーション:購買履歴や行動データを基にセグメント化してマーケティング施策へ活用。
- 画像のセグメンテーション:色空間で k-means を使って画素をクラスタリングし、簡易な領域分割を行う。
- 文書クラスタリング:TF-IDF ベクトルをコサインで正規化して spherical k-means を適用。
- 異常検知の前処理:正常データのクラスタからの距離で異常を検出。
- 推薦システムでのユーザ・アイテムクラスタリングや特徴量のカテゴリ化。
高度な変種と代替手法
- k-medoids(PAM、CLARA):代表点をデータ点に制限する。外れ値に強い。
- spherical k-means:コサイン類似度を用いる文書クラスタリング向け。
- Gaussian Mixture Models(GMM):クラスタの形状が楕円体のときは混合ガウスモデルで確率的にクラスタ割り当てを行う。
- スペクトラルクラスタリング:非球状クラスタやグラフベースのデータに有効。
- 分散・オンライン実装:Apache Spark、Hadoop、あるいはミニバッチ k-means で大規模データに対応。
実装上のチェックリスト(実務向け)
- データのスケーリング:標準化または正規化を必ず検討する。
- 初期化戦略:k-means++ をデフォルトにし、複数回実行する。
- 評価指標:WCSS、シルエット、外部評価(ラベルがあれば)を併用する。
- 計算時間の見積り:n, K, d による計算量を把握し、必要ならミニバッチや分散実行を使う。
- 空クラスタ・収束判定:空クラスタ発生時の対処と、早期停止条件を実装する。
- 次元削減の検討:高次元では PCA 等でノイズを除去すると結果が安定する。
まとめ
セントロイドベースクラスタリングは、そのシンプルさとスピードから多くの現場で第一選択となる手法です。ただし初期化依存性、外れ値感受性、非球状クラスタへの弱さなどの限界があるため、データの性質を見極めて前処理や変種の選択、評価指標の併用を行うことが重要です。大規模データにはミニバッチや分散処理、文書データにはコサイン類似度の利用など実務的な工夫も豊富にあります。本稿で示した理論的背景と実践上のチェックリストを参考に、適切な手法選定と実装を行ってください。
参考文献
- Wikipedia: K-means clustering
- Arthur, D. and Vassilvitskii, S. (2007). k-means++: The advantages of careful seeding.
- Sculley, D. (2010). Web-scale k-means clustering (ミニバッチ k-means).
- Tibshirani, R., Walther, G., & Hastie, T. (2001). Estimating the number of clusters via the Gap statistic.
- scikit-learn: Clustering — k-means
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