HEMT完全ガイド:原理・材料・設計・応用と最新動向
はじめに — HEMTとは何か
HEMT(High Electron Mobility Transistor、高電子移動度トランジスタ)は、ヘテロ接合により高密度・高移動度の二次元電子ガス(2DEG)を形成して動作する高速・高出力の電界効果トランジスタです。1970〜1980年代にかけてアルミガリウム砒素/ガリウム砒素(AlGaAs/GaAs)系で発展し、その後アルミガリウム窒化ガリウム(AlGaN/GaN)系が高出力用途で主流となりました。HEMTは高周波増幅器やパワーエレクトロニクス、レーダーや5G基地局などで重要な役割を果たしています。
動作原理の詳細(2DEGの生成とキャリア伝導)
HEMTの核となるアイデアは、異なるバンドギャップを持つ2種類の半導体を接合(ヘテロ接合)することで、接合界面に高密度の自由電子層を自然に生成することです。典型的にはバンドオフセットにより導かれる量子的ポテンシャル井戸が形成され、電子は井戸に閉じ込められて高移動度を示します。これが「二次元電子ガス(2DEG)」です。
特にAlGaN/GaN系では、ヘテロ接合に加え結晶中の極性(内在的な静電分極)による誘起効果が強く、ドーピングをほとんど行わなくても高密度の2DEG(一般に10^12〜10^13 cm^-2オーダー)が得られます。結果として、HEMTは高い飽和速度と高電界耐性を示し、高周波・高出力に優れます。
主要材料系と特徴
- AlGaAs/GaAs HEMT:歴史的に最初に実用化された系。高移動度によりマイクロ波・低ノイズアンプで使用。
- InPベース HEMT(InGaAsチャネル):最も高速(高いfT)を実現できる系で、ミリ波・光通信用フロントエンドに使われる。
- AlGaN/GaN HEMT:高破壊電圧・高耐力・高温動作が可能で、RFパワーやパワーエレクトロニクス分野で近年急速に普及。基板はSiC、Si、sapphireなどが用いられる。
HEMTの構造とゲート方式
基本構造は、基板上にチャネル層(通常はGaNやInGaAs)を置き、その上に高バンドギャップ層(AlGaNやAlGaAs)を積むヘテロ構造です。ソース・ドレイン電極で電流を流し、ゲートで2DEGの密度を制御してオン/オフを切り替えます。
ゲート方式には次のような種類があり、用途や信頼性で使い分けられます。
- シュミット(Schottky)ゲート:伝統的な方式で高速だがゲート漏れが課題。
- MIS(絶縁ゲート):SiN等でパッシベーションし絶縁膜を入れることで漏れとトラッピングを抑制。
- p-GaNゲート(Eモード実現手法):正電圧で導通する正帰還型(エンハンスメントモード)HEMTを実現する代表的技術。
- リセスドゲート/フッ素処理等:閾値調整のための加工技術。
製造技術(成長と加工)
HEMTの品質は薄膜成長技術に強く依存します。一般的な成長法としてはMOCVD(金属有機化学気相成長)とMBE(分子線エピタキシー)が使われます。AlGaN/GaN系では高品質で厚み制御が重要であり、欠陥低減や界面の平坦化がデバイス性能に直結します。
基板については、SiCは熱伝導が良く高出力に有利、Siはコストと大口径化で有利、sapphireは成膜しやすいが熱伝導が劣る等のトレードオフがあります。GaN-on-Si技術はコスト競争力の面で重要な進展をもたらしています。
性能指標(RF・電力分野での評価)
- カットオフ周波数 fT:ゲート長や電子移動度に依存。HEMTは数十GHz〜数百GHz領域で高性能を示す。
- 最大発振周波数 fmax:寄生容量や出力導納の影響を受けるが、マイクロ波・ミリ波用途で重要。
- ブレークダウン電圧:GaN系は高電界耐性により高電圧での動作が可能。
- 出力電力・効率:大電流密度と高飽和速度により高出力・高効率化が可能。
- 熱抵抗・信頼性指標:高出力動作では熱設計がボトルネック。
課題と対策(トラッピング、電流崩壊、熱管理)
HEMTが抱える主要な課題は以下の通りです。
- トラッピングと電流崩壊(current collapse):表面・界面に存在するトラップによりドレイン電流が低下する現象。SiNによる表面パッシベーションやフィールドプレートの設計、適切なバイアス条件で軽減が図られます。
- ゲート漏れと耐圧:特にSchottkyゲートでは漏れが問題となるため、MISゲートやp-GaNゲートでの改良、ゲート回路保護が行われます。
- 熱問題:GaNは高温耐性が良いとはいえ、チップの熱管理(基板選定、ヒートスプレッダ、パッケージング)は高出力化と信頼性確保の鍵です。
設計・モデリングと測定
RF設計ではSパラメータ測定による小信号モデル(等価回路)と、大信号特性把握のためのロードプル測定が必須です。回路設計用にはコンパクトモデルや経験的モデルが用いられます。熱・トラップ効果を含む物理ベースのシミュレーション(TCAD)も設計段階で重要です。
応用分野(実装例とシステム設計の観点)
- 無線通信用増幅器(基地局、衛星、レーダー):高効率・高出力で送信機のキーテクノロジー。
- パワーエレクトロニクス:GaN HEMTはスイッチング損失低減に寄与し、電源やインバータの小型化・高効率化に貢献。
- ミリ波・サブミリ波アプリケーション:InPや高品質GaN HEMTはミリ波帯の高周波フロントエンドで採用。
- 特殊用途(衛星通信、電子戦、医療機器):小型・高効率・高耐圧が求められる分野で利用。
近年の技術トレンドと研究開発の方向性
近年は次のテーマが注目されています。
- コスト低減のためのGaN-on-Si技術と大口径成長の確立。
- Eモード(正電圧でオン)HEMTの商用化:p-GaNゲートやリセスド・フッ素処理など。
- 高周波化・高出力化の両立:微細化と熱管理、寄生低減の最適化。
- パッケージ技術やモジュール化によるシステム実装技術の革新。
- 信頼性改善:トラップ起源の解明と表面処理、封止技術の進展。
実務者向けの設計上の注意点
- バイアス運用:HEMTはゲート逆バイアスやドレイン過電圧で損傷するため、保護回路設計が重要。
- 熱設計:パッケージと基板の熱抵抗を評価し、実際の動作電力での温度上昇を見積もること。
- 寄生要素の管理:配線インダクタンスやパッド容量が高周波特性を左右するため、レイアウト最適化が必要。
- 試験と評価:ロードプル、長期バイアス、熱サイクルなどの信頼性試験を早期に行う。
まとめと展望
HEMTは材料とプロセスの進展により、無線・レーダー・電力変換など広範な分野で中心的役割を担っています。特にAlGaN/GaN HEMTは高電力・高効率という特性から次世代の電力半導体・RFデバイスの柱となっており、コスト低減と信頼性向上が進めばさらに普及が加速する見込みです。今後は材料工学、表面化学、パッケージング技術、回路設計の総合的改善が鍵となります。
参考文献
以下は入門から技術深化まで参考になる公開情報です(クリックして参照してください)。
- High-electron-mobility transistor — Wikipedia
- Wolfspeed — GaN Basics
- IEEE Spectrum — GaN and power electronics (解説記事)
- Microwave Journal — An Introduction to HEMTs
- IEEE Xplore — AlGaN/GaN HEMT に関する論文検索


