MAR(Memory Address Register)入門:CPUのアドレス管理から性能・設計・セキュリティまで徹底解説
はじめに — MARとは何か
MAR(Memory Address Register、メモリ・アドレス・レジスタ)は、CPU内部でメモリにアクセスする際に使用される重要なレジスタの一つです。簡潔に言えば、MARは「次に読み書きするメモリアドレス」を保持します。ほとんどのコンピュータアーキテクチャで、MARはアドレスバスに接続され、MDR(Memory Data Register)や制御回路と協調してメモリサイクルを実行します。本稿ではMARの基本動作から、仮想メモリやキャッシュ、パイプライン、DMA、設計上の考慮、さらにセキュリティやデバッグにおける観点まで深掘りします。
MARの基本動作と役割
メモリへの読み出し/書き込みは概ね以下の手順で行われます。まず、CPUはアクセスしたいメモリのアドレスをMARにセットします。次に、制御回路がメモリ(あるいはキャッシュ)に対して読み/書きの信号を発行し、データの転送はMDRを介して行われます。MARはアドレスを保持するための専用レジスタであり、その幅(ビット数)はアドレス可能なメモリ空間の大きさに直接影響します。
MARとMDR(Memory Data Register)の関係
MARとMDRはペアで説明されることが多く、典型的なメモリサイクルは「MARにアドレスをセット → メモリにアクセス指示 → MDRにデータを読み出す、あるいはMDRからデータを書き込む」という流れです。MDRはデータのバッファ、MARはアドレスのバッファという役割分担です。設計上、MARは読み取り専用のアドレス保持に特化しており、MDRはデータの幅(例:8/16/32/64ビット)に合わせてサイズが決まります。
アドレス幅とアドレス空間の関係
MARのビット幅がそのまま物理アドレス空間に影響します。例えばMARが32ビットであれば理論上は2^32バイト(4GiB)のアドレス空間を扱えます。実際のCPUでは物理アドレス幅と論理(仮想)アドレス幅が異なることがあり、64ビットCPUでも物理アドレスが48ビットなど制限される例が一般的です。したがって、MARの実装幅はチップ設計やコスト、互換性の観点で決定されます。
仮想アドレス、MMU、TLBとの関係
現代のOSが使う仮想メモリ環境では、プログラムが扱う仮想アドレスと実際にアクセスされる物理アドレスの間に変換が必要です。この変換はMMU(Memory Management Unit)が担い、ページテーブルに基づいて仮想→物理変換を行います。MARが仮想アドレスを保持した状態で、MMUを通して物理アドレスに変換され、実際のアドレスバスに乗せられます。さらに、変換の効率化のためにTLB(Translation Lookaside Buffer)が用いられ、TLBヒットならば高速に物理アドレスが得られます。
キャッシュとパイプラインにおけるMARの役割
キャッシュが存在するシステムでは、MARに置かれたアドレスがまずキャッシュタグと比較され、ヒットであればメモリ本体にアクセスすることなくデータを得られます。パイプライン化されたCPUでは、アドレス生成(アドレス生成ユニットまたはALU)ステージでMARに値が用意され、メモリアクセスステージでこれを使用します。スーパースカラやアウト・オブ・オーダ実行を行うCPUでは、複数のアドレスが同時に発生するためMAR的な役割を持つ複数のバッファやロジックが必要になります。
DMA(Direct Memory Access)や周辺機器との相互作用
DMAはCPUを介さずに周辺装置がメモリにアクセスする機能です。DMAが直接メモリを読み書きする際は、CPU内のMARとは別のアドレスロジックやバス制御を用いるのが普通です。したがって、DMA実行中はバスのヘンテッド(bus arbitration)やキャッシュの同期(キャッシュコヒーレンシ)が問題となります。設計者はDMAが行うメモリアクセスがCPUのキャッシュと矛盾を生じさせないよう、フラッシュや一貫性プロトコルを導入します。
設計上の考慮点:幅、可観測性、パフォーマンス
MARに関して設計者が検討する主要点は以下の通りです。
- アドレス幅の決定:目標とする物理メモリ量、将来の拡張性。
- 同期とクロックドメイン:MARの更新タイミングはバス周期やパイプライン段階に合わせる必要がある。
- 可観測性:デバッグやトレースのためにMARの内容を読み出せるようにするかどうか。
- エラーチェック:アドレスの有効範囲外アクセスの検出や保護機構(MMUとの連携)。
- セキュリティ:分離されたアドレス空間を強制するためのハードウェア保護。
セキュリティとMAR
MAR自体は単なるレジスタですが、アドレス生成とメモリアクセスの要となるため、セキュリティに関連するポイントがいくつかあります。例えば、正しくMMUやアクセス制御が機能していないと、MARに設定されたアドレスが不正な領域を指し、メモリ保護違反が起き得ます。さらに、攻撃者はメモリアクセスパターンを操作してキャッシュやサイドチャネルを悪用することがあるため、ハードウェア側でアクセス監査や分離を強化することが重要です。
デバッグとプロファイリングでのMARの活用
MARの内容は、実行中のプロセスがどのメモリ領域にアクセスしているかを追う手がかりになります。ハードウェアデバッガやトレース機構はMARのスナップショットを取得して、メモリアクセスの履歴を記録します。また、性能分析では頻繁に発生するメモリアドレスのホットスポットを特定し、データ配置やキャッシュのチューニングに活用できます。
組み込み機器と高性能プロセッサでの差異
組み込み系マイクロコントローラでは、MARの役割は比較的単純で、狭いアドレス幅・固定メモリマップで十分なことが多いです。一方で、高性能向けプロセッサでは仮想メモリ、マルチレベルキャッシュ、複雑なパイプライン、アウトオブオーダ実行に対応するため、MAR相当の機能は多数存在し、複雑な制御が必要になります。
まとめ
MARは一見地味な存在ですが、メモリアクセスの起点としてCPUアーキテクチャ全体に影響を与える重要な要素です。アドレス幅の選定、MMUやTLBとの連携、キャッシュやDMAとの整合性、デバッグやセキュリティ対策など、多面的な設計上の配慮が求められます。システム設計者やソフトウェア開発者がMARの役割と制約を理解しておくことは、性能最適化や安全性確保に直結します。
参考文献
- Memory address register — Wikipedia
- Memory Data Register — Wikipedia
- Memory Management Unit — Wikipedia
- Address bus — Wikipedia
- CPU register — Wikipedia
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