Master Data Services(MDS)徹底解説:設計・運用・移行と現場で使えるベストプラクティス

はじめに:MDSとは何か

Master Data Services(以下MDS)は、Microsoft が提供するマスターデータ管理(MDM: Master Data Management)ソリューションです。SQL Server のコンポーネントとして提供され、マスターデータの定義・管理・バージョン管理・公開を行うための機能群を備えています。特に既存の SQL Server 環境と親和性が高く、オンプレミスや IaaS 上の利用、既存のBI/ETLツールとの連携を考える組織で採用されることが多い製品です。

MDSの基本アーキテクチャと主要コンポーネント

MDS は大きく分けて以下のコンポーネントから構成されます。

  • データベース層:MDS のメタデータ・マスターデータ・ステージングデータを格納する SQL Server データベース。
  • ウェブアプリケーション(Web UI):ブラウザベースの管理・運用画面。モデルやエンティティの設計、バージョンの作成、Excel アドインを利用した編集などを行います。
  • Excel Add-in:業務担当者が Excel から MDS にアクセスし、データの編集や承認フロー連携を簡易化できます。
  • ウェブサービス/API:プログラム的に MDS を操作するためのサービス。バージョンや展開により SOAP/REST などのエンドポイントが使えることがあります。
  • ステージング処理:大量データやバッチ取込時に用いるステージング領域と処理パターン。

これらは SQL Server の認証・権限管理、バックアップ運用と組み合わせて使われます。

コア概念:モデル、エンティティ、属性、階層、バージョン

MDS を正しく設計するにはまずコア概念を理解することが重要です。

  • モデル:ビジネスドメイン単位(顧客、製品、拠点など)で切った論理的なコンテナ。
  • エンティティ:モデル内のオブジェクトタイプ(例えば製品エンティティ)。エンティティはメンバー(レコード)を持ちます。
  • 属性:エンティティのプロパティ(製品名、カテゴリ、価格など)。属性にはデータ型やドメイン(参照整合性)を設定できます。
  • 階層(Hierarchy):親子関係や分類ツリーを表現する仕組み。視点に応じた複数の階層を持てます。
  • バージョン:スナップショットや承認済みデータを保証するための機能。新バージョンを作成してレビュー→承認→本番反映の運用が可能です。

導入前の設計(モデリングとガバナンス)

MDS を単に導入するだけでは成功しません。導入前に必ず行うべき作業は次の通りです。

  • 対象マスターデータのスコープ決定:どのエンティティをMDSで管理するか。
  • データオーナーと責任範囲の定義:誰が属性を管理し、承認するか。
  • 標準化ルールとデータ辞書作成:属性定義、許容値、命名規約を文書化。
  • 参照データの設計:参照整合性を担保するための参照エンティティやコードテーブル設計。
  • バージョン運用ポリシー:いつバージョンを切るか、承認フローはどうするか。

データ連携:ステージング、ETL、Excel 活用

MDS は複数のデータ取り込みパターンをサポートします。代表例は次の通りです。

  • ステージングテーブル経由のバルクロード:大量データの取込時に用いる。ステージング領域にロード後、一括で検証・取込を行います。
  • SQL Server Integration Services(SSIS)連携:ETL ツールを使って変換・検証後に MDS にロード。
  • Excel Add-in や Web UI:業務担当者による手動更新や少量データの更新。
  • API 経由のプログラム連携:外部システムと双方向にデータ同期する場合に利用。

重要なのは取り込み前にバリデーションと重複検査を設計することです。MDS はビルトインのビジネスルール機能を持ちますが、ETL 側で一次チェックを落としこむことでパフォーマンスと監査性が向上します。

ビジネスルールとデータ品質管理

MDS にはビジネスルール機能があり、属性の必須チェックやカスタム式に基づくバリデーションが可能です。ただし複雑な検証やワークフローを必要とする場合は、外部のルールエンジンやワークフロープロダクト(例:Microsoft Power Automate、Logic Apps、独自サービス)と組み合わせるのが一般的です。

セキュリティ設計とアクセス管理

MDS のセキュリティはロールベースで、モデル単位・エンティティ単位でのアクセス制御が可能です。実運用では以下を検討してください。

  • SQL Server レベルの認証(Windows 認証推奨)と MDS のロール設計を一貫させる。
  • 業務ロールに基づいた最小権限の原則を適用する。
  • 監査トレースとログの保存方針(変更履歴、誰がいつ変更したか)を定める。

パフォーマンスと運用チューニング

MDS の性能はデータ量、属性数、階層深度、同時更新件数に影響されます。改善ポイントは次の通りです。

  • SQL Server のハードウェア(IOPS、メモリ)を適切に確保する。
  • インデックス設計と統計情報のメンテナンスを行う。
  • ステージング取り込みのバッチサイズやトランザクション設計を調整する。
  • 大規模モデルは分割やアーカイブ戦略を検討する。

拡張性と連携・API 利用

MDS は Excel Add-in のほか、ウェブサービス/API を通じて外部システムから操作できます。柔軟な連携を実現するには次を意識してください。

  • 同期パターン(リアルタイム vs バッチ)と整合性保証の要件を明確にする。
  • API 利用時は認証・認可、レート制御を設計する。
  • サブスクリプションビューや公開ビューを使って BI 系システムへデータ配信する。

移行・クラウド戦略

オンプレ MDS からクラウドに移行する際の選択肢は大きく3つです。

  • SQL Server を IaaS(Azure VM など)で稼働させ、MDS をそのまま移行する(Lift-and-shift)。
  • PaaS の SQL(Azure SQL Managed Instance)に移行し、MDS の互換性を検証する(注意:一部の機能差分あり)。
  • MDS を廃止し、クラウドネイティブの MDM/データガバナンスサービス(Reltio、Informatica MDM、Azure Purview など)に置き換える。

移行ではバージョン互換性、API の差分、認証方式の再設計、運用監視の再構築が必要になります。

よくある導入失敗パターンと回避方法

実務で見られる失敗例と対策は以下です。

  • 失敗:スコープが広すぎて PoC で止まる。対策:小さなドメインで段階的導入を行う。
  • 失敗:業務オーナー不在で品質が担保できない。対策:明確な責任分担を定義する。
  • 失敗:承認・ワークフローを期待していたが MDS だけでは実現困難。対策:ワークフローは外部ツールで補完する設計にする。

導入ケースとユースケース

代表的ユースケースは次の通りです。

  • 製品マスタの一元管理:SKU、分類、ライフサイクル情報を統合。
  • 顧客マスタの整備:重複解消と問い合わせ一元化、マーケ連携。
  • 参照データの配信:複数システム間で共通コードを同期配信。

まとめ:MDS が向いている組織・向かないケース

MDS は SQL Server 環境に既に投資があり、オンプレや IaaS を中心に運用する組織にとってコスト対効果が高い選択肢です。一方で、高度なワークフロー、クラウドネイティブな運用、SaaS ベースのグローバル MDM を最初から目指す場合は他の専用製品やクラウドサービスの検討が必要です。重要なのは技術選定よりも「ガバナンス設計」と「業務オーナーの合意形成」です。

参考文献