建築・土木設計で役立つベルヌーイの定理:原理・適用条件・実務での注意点と具体例
はじめに — 建築・土木分野でベルヌーイが重要な理由
ベルヌーイの定理は、流体力学の基本となる関係式で、空気や水の運動エネルギーと圧力・位置エネルギーの間の関係を示します。建築・土木の設計現場では、風圧設計、換気計画、煙突・ダクト流、屋根のめくれ・吸引、流量測定など、さまざまな場面で実装・解釈が必要になります。本稿では定理の定式化、導出の要点、適用条件と限界、現場での具体的な使い方・注意点を詳述します。
ベルヌーイの定理(基本形)
不可圧縮・非粘性・定常流で、流線に沿って流れる流体について、次の式が成り立ちます。
p + 1/2 ρ v² + ρ g z = const.
ここで p は静圧、ρ は密度、v は流速、g は重力加速度、z は基準位置からの高さです。工学ではしばしば「圧力高さ(head)」の形にして用います:
p/(ρg) + v²/(2g) + z = const.(単位:m)
導出の概略(仕事・エネルギーの観点)
流体の小要素に外力(圧力差と重力)が仕事をし、運動エネルギーや位置エネルギーが変化するというエネルギー保存の考え方から導けます。微小体積を取り、圧力仕事の和=運動エネルギー変化+位置エネルギー変化と仮定することで得られ、より厳密にはオイラーの運動方程式を流線に沿って積分する方法があります。
前提・仮定(適用条件)
- 定常流(時間的に変化しない)であること
- 流体は不可圧縮(空気は低速では近似不可圧縮)
- 粘性(摩擦)によるエネルギー散逸が無視できる(非粘性)
- 流線に沿った解析であり、流線間の混合や分離がないこと
- 外部からの仕事(ポンプやタービンなど)がないこと(ある場合はその項を追加)
実務ではこれらの仮定が常に満たされるわけではないため、修正項や経験係数を使って扱います。
実務で使う変形:エネルギー方程式(損失と機器を含める)
管路やダクト解析では損失やポンプ頭(機械が与えるエネルギー)を加えた次式を使います:
p1/(ρg) + v1²/(2g) + z1 + h_p = p2/(ρg) + v2²/(2g) + z2 + h_L
ここで h_p はポンプ等の付加エネルギー(head)、h_L は摩擦や局部損失によるエネルギー損失(head loss)です。建築設備ではこれが換気ダクト設計や配管設計での基本式になります。
圧力係数(Cp)と風圧設計への応用
外壁や屋根に働く風圧を扱う際、よく使われるのが圧力係数 Cp です。
Cp = (p_surface - p_ref) / q
q = 1/2 ρ V_ref² は動圧(ダイナミックプレッシャー)。参考圧 p_ref は自由流の静圧(通常は大気圧)。実務では風洞実験やコード(例:各国の建築基準)で得られた Cp 値を用いて局所圧力を推定します。
例:風速 V = 20 m/s、ρ = 1.225 kg/m³ のとき q = 0.5×1.225×20² = 約245 Pa。もし屋根周辺で Cp = -0.6(吸引)とすると表面圧力は p = p_atm + Cp·q ≒ p_atm - 147 Pa。1 m² あたり約147 N の吸引力となり、構造設計で無視できない値です。
測定法:ピトー管と静圧計
現場や風洞で速度を圧力から測るとき、ピトー管(ピトー静圧系)は動圧と静圧の差から速度を求めます。ベルヌーイを基に v = sqrt(2(p_total - p_static)/ρ) で計算します。ただし乱流や圧力場の不均一性により誤差がでるため測定位置・整流が重要です。
粘性・分離・乱流がある場合の限界と対処
実際の空気流や水流は粘性をもち、境界層や剥離(流れの分離)が発生します。これらが生じるとベルヌーイの厳密適用は誤差を生みます。対処法としては:
- 損失項(h_L)を導入してエネルギー方程式で扱う
- 風洞試験やCFD(数値流体解析)で局所圧力分布を直接評価する
- 経験的係数や安全率を設ける
建築・土木の具体的適用例
- 屋根のめくれ・吸引力評価:局所Cpと動圧で面圧を算出し、アンカー・留め具の設計に反映。
- 換気(自然換気・煙排出):スタック効果は高さ差による圧力差と動圧の関係で理解できる。
- ベントリやオリフィスによる流量制御・計測:ベルヌーイと連続の式で流量を推定(補正係数必要)。
- 河川・開水路の流速推定:浅い水路では位置エネルギーと流速のトレードオフを考える。
- 風荷重評価と局所風圧配置:建築基準やコードで示されるCp値の解釈にベルヌーイの考え方が基本。
注意事項と設計上の実務アドバイス
- ベルヌーイを万能と見做さない:分離・乱流域や急激な断面変化ではCFDや実験で検証する。
- 空気は可圧縮性がある:高速風(例:マッハ数0.3以上)では圧縮性の効果を考慮する。
- 局所的な渦や乱流による瞬時圧力変動は耐久性に影響するため、疲労設計や付着物評価も行う。
- 安全係数と経験式の活用:実測データやコードに基づく補正を必ず適用する。
応用例の簡単な数値計算(屋根吸引)
前述の例を実務視点で整理します。風速20 m/s、ρ=1.225 kg/m³、q≈245 Pa。局所Cpが-0.6なら面圧=-147 Pa。1 m²当たり147 Nの吸引力。例えば2 m×3 mの屋根パネル(6 m²)では約882 N(約0.9 kN)の上向き力がかかります。この力をボルトやアンカーの耐力と比較し、必要な固定方法を決めます。
発展:圧縮性流体・高粘性流れへの拡張
高速風やガスの流れでは圧縮性を考慮したエネルギー方程式(等エントロピー流なら全温・全圧の概念)を使います。また粘性の支配する微小流路ではナビエ–ストークス方程式や境界層理論に基づく解析が必要です。一般に実務ではこれらをCFDで扱うことが増えています。
まとめ
ベルヌーイの定理は建築・土木で非常に有用な基礎理論です。ただしその前提を理解し、摩擦損失・圧縮性・流れの分離など現実の効果を補正・評価することが重要です。現場設計では風洞試験やCFD、実測データと組み合わせて使うことで安全かつ経済的な設計が可能になります。
参考文献
- ベルヌーイの定理 - Wikipedia(日本語)
- Bernoulli Equation - The Engineering Toolbox
- NIST(National Institute of Standards and Technology) — 計測・流体計測の資料検索に有用
- Munson, B. R., Young, D. F., & Okiishi, T. H., Fundamentals of Fluid Mechanics(流体力学教科書)
- Kundu, P. K., Cohen, I. M., & Dowling, D. R., Fluid Mechanics(応用流体力学の参考書)


