既存図とは何か?建築・土木での重要性と正しい作成・活用法を徹底解説
はじめに:既存図の定義と重要性
既存図(既存建物図・既存状況図、英語ではAs-built drawings, Existing condition drawings等)は、既に建てられた建築物や土木構造物の現況を記録した図面・データを指します。新築時の設計図や竣工図とは異なり、実際の施工や経年変化により生じた差異、追加・変更の履歴、劣化箇所や補修履歴などを反映することが目的です。リノベーション、補強、耐震診断、維持管理、解体、補修計画、資産評価など多くの場面で必須の基礎資料になります。
既存図と他図面との違い
既存図は次のような点で設計図や竣工図と異なります。
- 現況反映性:現地で確認された寸法、取り合い、仕上げや配管などの実際の状態を記載する。
- 履歴性:増改築や現場での変更、補修履歴を注記することが多い。
- 不確実性の明示:不明箇所やアクセス困難な箇所は別途注記し、精度や調査範囲が明示される。
既存図の主な種類
- 平面図・断面図・矩計図:建物の寸法や階高、壁の位置など基本的な形状を示す。
- 設備図(給排水、電気、空調等):既設配管・ダクト・配線のルートや機器位置を記録。
- 構造図・基礎図:既存の梁・柱・基礎の断面、材質、補強履歴など。
- 仕上げ表・材料表:床・壁・天井等の仕上げ種別や既設材料の仕様。
- 点検記録・劣化図:ひび割れ、浮き、腐食、漏水などの劣化箇所を示す。
- 点群データ・モデル(BIM/IFC):3次元スキャンやBIMモデルによる現況データ。
既存図作成のプロセス
一般的なフローは以下の通りです。
- 事前調査:既存の設計図、施工記録、維持管理記録、改修履歴などを収集。
- 現地調査の計画:調査範囲、精度要求、アクセス手配、安全対策を決定。
- 現地計測・調査:テープやレーザー距離計、トータルステーション、TLS(レーザースキャナ)、ドローン、写真測量で寸法・形状・表面状況を把握。
- データ整理・補正:現地データを図面や点群に整理。既存図面との整合性確認と差分記録。
- 作図・モデル化:CAD(2D)やBIM(3D)で既存図を作成。属性情報を付与。
- 品質管理・検証:精度確認、関係者レビュー、現地突合せにより完成図を確定。
計測手法と機材の選び方
調査目的に応じて適切な機材を選ぶことが重要です。代表的な手法と特徴は次の通りです。
- 手測量(テープ・レーザー距離計):小規模かつコストが限られる場合に有効。高所や複雑部は手間がかかる。
- トータルステーション:高精度な平面・高低測定に適する。点数管理がしやすい。
- TLS(3Dレーザースキャナ):短時間で高密度な点群データを取得。複雑形状や内外部の一貫した把握に優れるが、機材コストとデータ処理負荷が大きい。
- 写真測量(SfM):ドローンや地上写真から点群生成が可能。広域でコスト効率が良いが、精度は光条件や撮影密度に依存。
- 配管・ダクト調査:内視鏡、サーモグラフィ、超音波などで非破壊検査を行う。
精度・許容差と表記方法
既存図は利用目的によって要求精度が異なります。例えば補修や仕上げ改修であれば±10〜50mmの精度で十分な場合が多く、構造補強や耐震診断では±5〜10mmの高精度が求められることがあります。必ず調査仕様書に精度(水平・垂直・位置精度)、測点間隔、参照座標系、季節変動や温度補正の扱いを明記してください。また、未確認箇所や推定値は別記し、信頼度をレベル(例:確認済、計測値、推定)で示すことが実務上重要です。
BIM・点群の活用と移行のポイント
近年は既存図のデジタル化・BIM化が進んでいます。点群からのモデリングにより3次元での干渉チェックや工程シミュレーションが可能になります。ただし点群にはノイズや欠損があり、設計用BIMモデルへ変換する際には形状簡略化、許容誤差の設定、属性の付与が必要です。IFC形式での出力やISO 19650に準拠した情報管理(共通データ環境:CDE)の導入で、ライフサイクルでの活用が容易になります。
法令・契約上の注意点(日本国内)
既存図は設計や施工の前提となるため、調査不足や不正確な既存図は工事リスクを大きくします。日本では建築基準法や建築士法などが関係する場面もあり、構造に関わる判断は専門資格者の検査・確認が必要です。契約書では調査範囲、精度、現地安全対策、既存設備の扱い、追加調査費用の発生条件、第三者損害の責任分担を明確にしておくべきです。既存図の誤りが原因で追加工事が発生した場合の責任範囲は契約条項で左右されるため、調査報告書の記載内容と限定事項を明示することが重要です。
品質管理とレビュー項目のチェックリスト
既存図の品質を担保するための代表的なチェックリストは下記の通りです。
- 調査基準点と座標系が明示されているか
- 測定日時・気象条件・調査担当者が記載されているか
- 未確認箇所・推定値の注記があるか
- 重要寸法(スパン、高さ、床スラブ厚など)の根拠が明記されているか
- 設備系のフロー(給水・排水・電気・ガス)の現況が理解できるか
- 点群・写真等の原データが保存され、参照可能か
- 関係者(設計、施工、維持管理)による突合せが行われているか
現場でよくある問題と対策
現場でよく見られる問題と推奨される対策は次の通りです。
- 問題:既存図と現況が大きく異なる。対策:早期にスキャンや簡易調査を実施して差分を明確化し、工事範囲を再評価する。
- 問題:隠蔽配管・配線が図面になく破壊して発覚。対策:非破壊検査(サーマル、内視鏡)や部分的な開口確認を事前に組み込む。
- 問題:点群データの処理負荷が大きく活用が進まない。対策:必要箇所のみメッシュ化・分類してデータ軽量化を行い、属性ごとに分割管理する。
コストとスケジュールの考え方
既存図作成は調査深度に応じてコストが大きく変動します。概略図であれば短時間・低コストで済みますが、構造補強レベルの精緻な既存図は綿密な計測と検査が必要であり、工期前倒しのための追加費用を見込む必要があります。発注時にはフェーズ分け(概況把握→詳測→確認)を契約に含めることで、リスク分担と予算管理がしやすくなります。
既存図の利活用:ライフサイクル視点
既存図は単なる工事用資料にとどまらず、資産管理・保全計画・長期修繕計画(LCC)にとって重要な基礎データです。BIMやCDEを活用して既存情報を蓄積すれば、定期点検や改修の際に迅速に情報を取り出せ、意思決定の精度と速度を向上させます。
結論:正確な既存図はリスク低減と価値創出の鍵
既存図はコストを要する投資ですが、工事中の手戻りや追加費用、事故リスクを抑えるうえで高い効果があります。現地計測の精度や報告書の明確さ、データの保存・共有体制を整備することで、設計・施工・維持管理の各フェーズで価値を生み出します。発注者・設計者・施工者が共通認識を持ち、適切な調査仕様と品質管理を行うことが重要です。
参考文献
ISO 19650(Building information modelling - BIM)


