吸音・防音ボードの基礎と実務設計ガイド:材料・原理・施工・性能評価まで徹底解説
吸音・防音ボードとは:目的と分類
建築や土木の音環境を改善するために用いられる「吸音ボード」と「防音ボード(遮音ボード)」は、役割が異なります。吸音ボードは室内の音を吸収して残響時間(RT)を短くし音の響きを整えることを主目的とします。一方、防音(遮音)ボードは音の伝搬を遮り、室間や外部への音漏れを低減することを目的とします。実務では両者を組み合わせて使うことが多く、用途や目標周波数帯に応じた材料選定と施工が重要です。
材料と代表的な製品群
吸音・遮音に使われるボードやパネルは多様です。主な材料と特徴を紹介します。
- グラスウール/ロックウール:多孔質で中高音域に対する吸音性能が高く、天井吊りや壁内充填に広く使用される。価格対性能比が良いが、断面の圧縮や吸湿への配慮が必要。
- メラミンフォーム、ウレタンフォーム:軽量で形状加工が容易。スタジオや放送室の高域吸音に使用されるが、可燃性や経年劣化に注意。
- 木毛セメント板、石膏ボード:主に遮音壁として用いられる。質量則に基づき厚みと密度で遮音性能が向上。表面処理で吸音性を付与することも可能。
- PET吸音パネル、繊維系装飾パネル:見た目と吸音を両立し、オフィスや商業空間で人気。防汚・耐湿性のある製品もある。
- パンチング(有孔)パネル+背後空気層:表面を有孔化して裏側に吸音材や空気層を設けると、低中周波数域の制御が可能。ヘルムホルツ共鳴型として設計することもできる。
- 多層複合構造(質量-ばね-質量系):遮音性能を高めるためにボード、空気層、もう一枚のボードを組み合わせる構造。低周波数での性能改善が図られる。
音の物理とボードの働き方(原理)
吸音は主に空気中の音エネルギーを材料内部で粘性損失や熱損失として散逸させることで起きます。多孔質材料では音波が細孔内部で減衰しやすく、中高音に強い特性を示します。厚みや密度によって低周波での吸音性能が変わります。微小穴パネルや有孔板はヘルムホルツ共鳴を利用して特定周波数帯の吸音を強化できます。
遮音は主に音の透過損失(Transmission Loss)を高めることで実現します。高周波では質量則(Mass law)により厚み・質量が増すと透過損失が向上しますが、低周波では剛性やバッフル効果、質量ーばねー質量共振が支配的になり、単純に厚くするだけでは十分でない場合があります。そこで空気層や弾性層(防振ゴム)を用いたデカップリング(遮音分離)や多層構成が有効です。
性能指標と測定方法
吸音性能と遮音性能にはそれぞれ代表的な指標があります。
- 吸音率(α、αw):周波数ごとの吸音係数α(f)や、評価値としてのαw(ISO 11654 に準拠)で表す。NRC(Noise Reduction Coefficient)は米国で用いられ、500/1000/2000/4000 Hz の平均で示される。
- 残響時間(RT60):Sabine の式(RT60 ≒ 0.161V/A)で設計目標を設定。Vは室容積、Aは等価吸音面積(α×面積の和)。
- 遮音性能(Rw, STC, ISO 717-1):実験室での遮音性能は周波数ごとの透過損失を測り、評価値(RwやSTC)を算出する。実際の建物では現場測定(DnT,w 等)で評価する必要がある。フランキング音(経路転送)も現場差に大きく影響する。
設計時にはラボ値だけで判断せず、実際の施工方法や接合部の処理、換気口や配管貫通などの影響を考慮することが重要です。
設計・施工の実務ポイント
吸音・遮音ボードの効果を現場で最大化するためのポイントは以下のとおりです。
- 目標周波数帯の明確化:言葉の明瞭性なら中高域、重低音の低減が目的なら低域対策(厚みや特殊吸音、質量付加)が必要。
- 空気層の確保:有孔板は背面に空気層+吸音材をとることで低域性能が向上。壁の二重構造では空気層幅を検討する。
- デカップリング:防振材やリアレイティブチャンネル(resilient channel)を使い構造伝搬を抑える。浮かせた壁構造や二重天井が有効。
- 継ぎ目と気密性:遮音は連続性が重要。ジョイント、ドア周り、配管周りはシーリング材や遮音テープで気密化する。
- フランキング対策:音は構造を経由して回り込むため、床・天井・隣接壁などのつながりを断つ設計を行う。
- 防火・耐湿対策:使用場所に応じて不燃材料や防カビ処理を選定。吸音材は湿気で性能が低下することがある。
用途別の選定例
代表的な用途ごとの選定例です。
- 住宅:壁・天井にグラスウール+石膏ボード二重貼り、ドア周りの気密化、床は遮音シート+二重床で対策。
- オフィス:中高域吸音パネルで残響を調整し、パーティションは質量と気密性を確保。会議室は天井吸音材+遮音壁。
- ホール・教室:RT60 の目標を設定し、全面吸音ではなく拡散と吸音のバランスを設計。低域対策にバス・トラップや厚手の吸音層を配置。
- 楽器スタジオ:低域制御のために厚みのある吸音材、ヘルムホルツ型パネルやバス・トラップ、多重壁で遮音。
コスト・耐久性・安全性の考慮
コストは材料費だけでなく施工費、仕上げやメンテナンス費を含めて検討します。吸音材は埃が付着すると吸音性能が低下することがあるため表面処理(布貼りなど)を検討すると良いです。防火性は建築用途で必須の要件となることが多く、不燃・準不燃材料の選択と防火処理は必ず確認しましょう。VOC(揮発性有機化合物)やカビの発生も室内環境に影響を与えるため、規格や試験データの確認が必要です。
設計から検査までの実務フロー
一般的なプロジェクトフロー:
- 現況音環境の測定(周波数特性、RT、透過音測定)
- 目標値の設定(RT60、遮音等級、室内音圧レベル等)
- 材料・構造の選定とシミュレーション(吸音面積、質量、空気層、継手処理)
- 施工仕様書の作成(防火、耐湿、シーリング仕様を含む)
- 施工管理と品質確認(取り合い部の詳細指示、試験施工)
- 竣工後の現場測定で性能確認(必要なら追加措置)
よくある課題と対策例
- 低周波の漏れ:厚みを増すだけでなく質量-ばね-質量構造や低域用吸音(バス・トラップ、ヘルムホルツ型)を導入。
- 換気や配管の穴の影響:ダクトライナーや消音ボックス、ベントの形状最適化で解決。
- 施工精度不足:ジョイントのシーリング、不燃材の施工法の遵守、現場での気密検査を実施。
まとめ
吸音ボードと防音ボードは目的と周波数帯に応じて適切に選定・配置することが肝要です。材料特性(吸音率、質量、厚み)と構造(空気層、デカップリング、複合構造)を理解し、現場での継手処理やフランキング対策を確実に行うことで、設計どおりの性能を得られます。設計段階で測定と目標設定を行い、施工後の現場測定で検証する実務フローを必ず組み込んでください。
参考文献
- 吸音 - Wikipedia
- Sabine's formula - Wikipedia
- Noise Reduction Coefficient (NRC) - Wikipedia
- ISO 717 - Rating of sound insulation
- ISO 11654:1997 Acoustics — Sound absorbers for use in buildings — Rating of sound absorption
- Acoustical Society of America (ASA)
- 一般社団法人日本建築学会


