現況図(既存図面)の役割と作成ポイント|建築・土木の実務で求められる正確性と注意点
現況図とは何か――定義と目的
現況図(げんきょうず)は、現地の「いまの状態」を図面化したもので、建築・土木の計画・設計・施工・維持管理・登記・行政手続きなど幅広い場面で用いられます。単に建物の位置を示すだけでなく、敷地境界、地盤高、地形、道路・側溝・マンホール・電柱といった設備、樹木やフェンスといった付帯物、近隣の建築物との関係などを時点(調査日)で記録することが重要です。現況図は設計図や配置図と異なり“現状把握”が目的であり、以後の設計・施工の基礎資料としての信頼性が求められます。
現況図に記載すべき基本項目
- 作成年月日、調査者(担当者名・所属)、現地写真の参照番号
- 縮尺(例:1/100、1/200、1/500など)と北方向(方位記号)
- 敷地界(隣接地の用途や所有者情報がある場合は注記)と境界標(既存の筆界標識)
- 建物の外形(軒先・雨樋位置・出入口)、階数、用途、主要な構造躯体の情報
- 地盤高・各所の標高(基準高の明示。基準点や基準面の表記)
- 道路・歩道の幅員、法定道路指定、セットバック、地下埋設物(下水、上水、ガス、電気、通信)※公共管渠については管種・口径・マンホール位置
- のり面・擁壁・コンクリート構造物、排水経路・浸水リスクの痕跡
- 樹木・植栽・フェンス・看板等の付帯設備、近隣の主要建物や視認できる高低差
- 注記(地役権、既存の契約・制限事項、近年の改変履歴など)
現況図の作成方法と測量技術
現況図は現地観測と既存資料の照合によって作成されます。基礎的な手法としては、トータルステーションやレベルによる座標・高低測量があります。近年はGNSS(衛星測位)による座標取得、UAV(ドローン)を用いた空撮(写真測量)、レーザースキャナー(TLS/LiDAR)による点群取得が普及しており、点群からCADやBIMモデルへ変換して現況図を作るケースも増えています。
ただし、法的に確定した境界や登記情報を扱う場合は、資格を有する測量士による地籍調査や地積測量が必要です。現況図はあくまで設計・施工用の参考図であることが多い一方で、登記や境界紛争に関わる場合には正式な測量成果(公的基準に準拠した図面)が求められます。
法令・行政手続きとの関係(注意点)
現況図が行政手続きでどのように扱われるかは状況によって異なります。建築確認申請や開発許可、道路占有、造成・擁壁設置、遺跡の保護など各種許認可では、現況を示す図面(配置図、現況測量図、既存図)が求められることがあります。しかし各自治体や用途毎の要件にばらつきがあるため、必要書類や図面の仕様(縮尺、表記、押印者資格など)は事前に所管行政窓口に確認することが重要です。特に境界については登記簿の筆界と現地の境界標が一致しないことがあり、境界確定が必要な場合は専門家(測量士・弁護士等)と連携します。
よくあるミスとトラブル事例
- 縮尺や方位が不明瞭で現場で実測に使えない図面になっている
- 高低差や水路の流れを軽視し、浸水リスクや雨水処理に問題が生じる
- 埋設管路の位置が古い資料のままで、施工時に損傷させる事故が発生する
- 境界表示が曖昧で隣地とのトラブルに発展する
- 現地調査日や担当者名が未記載で後続の責任追跡ができない
品質管理・チェックポイント
正確な現況図を作るためのポイントは次の通りです。まずは現地での十分な測量点と写真記録。可能であれば複数の参照点(行政基準点や既存のコントロールポイント)を設定します。測量機器の較正、使用した基準座標系の明示(日本測地系/JGD2011等)、標高の基準(旧T.P.表記の扱い含む)を図面に記載します。さらに図面には作成年月日を入れ、変化の可能性がある対象(木造建物の増築、舗装の補修等)については注記や写真の添付を行い、後続業務での誤認を防ぎます。
コスト感と納期の目安
現況図の作成コストは調査範囲、精度要求、地形の複雑さ、使用する測量機器によって大きく変動します。簡易な現況調査(目視+簡易測量)であれば数万円〜十数万円、精密なトータルステーション測量やドローンと点群処理を含む場合は数十万円〜百万円超というケースもあります。提出先の要求精度(役所の要件や設計段階での精度)を先に確認し、不必要に高精度な測量を避けることがコスト節減につながります。納期は簡易なものなら数日〜1週間、精密測量や点群処理を伴う場合は数週間を見込むのが一般的です。
現場で使える実務的チェックリスト
- 図面に作成日・調査者を明記しているか
- 縮尺と方位が明確か(読み取りやすい縮尺を選ぶ)
- 標高基準と基準点の位置を示しているか
- 主要な地下埋設物や保守構造物を記載しているか
- 写真参照があり、現況の理解に役立つか
- 境界や近隣建物との関係で問題になりうる点を注記しているか
- 必要に応じて測量士の成果や正式図面(公図・地積測量図)との突合を行ったか
最新技術と今後の展望
BIM(Building Information Modeling)や点群データの活用、UAVによる定期的なモニタリング、デジタルツイン化などにより、現況図は単なる静的図面から動的な情報資産へと進化しています。これにより維持管理や長期的な安全対策、土木構造物の健全度評価が効率化されます。一方でデータ形式や更新頻度の管理、クラウドでのセキュリティといった運用面の課題にも対応する必要があります。
まとめ:現況図の役割を再確認する
現況図は建築・土木のプロジェクトにおける出発点であり、ここが正確であるほど設計や施工の精度、さらには安全性や周辺との調整がスムーズになります。作成にあたっては、調査の目的に応じた精度設定、資格者との連携、図面上の明確な注記と写真記録、そして行政要件の確認を怠らないことが重要です。特に境界や公共埋設管路といった法的・安全的リスクに関わる要素は、専門家の関与を求めるべき箇所です。
参考文献
国土地理院(GSI) — 測量基準や地理空間情報の提供
国土交通省(MLIT) — 建築確認や土木に関するガイドライン等
一般社団法人 日本測量協会 — 測量に関する実務・技術情報
法務省(登記情報・公図) — 登記事項・公図の取得方法


