主幹ブレーカーのすべて:設計・選定・保守の実務ガイド(建築・土木向け)
はじめに — 主幹ブレーカーとは何か
主幹ブレーカー(主幹遮断器)は、建物や構内の配電盤における“入口側”に設けられる主要な過電流保護装置です。一般住宅の分電盤から商業施設、産業用受電設備まで幅広く使われ、系統全体の過負荷や短絡(短絡電流)を遮断して二次的被害と火災リスクを抑える役割を持ちます。分岐回路の保護は分岐ブレーカー(配線用遮断器)が担いますが、主幹は系統全体の保護・遮断、選択性の確保、受電契約容量との整合性を担う点で重要です。
主幹ブレーカーの主な機能・要求性能
- 定格電流(In):ブレーカーが継続的に許容できる最大電流。受電容量や負荷計画に応じて選定します。
- 短絡電流遮断能力(Icu / breaking capacity):短絡発生時に確実に遮断できる最大電流値。供給側(変圧器や系統)から見込み得る最大短絡電流以上である必要があります。
- 遮断特性(熱磁・電子トリップ):熱的要素で過負荷を、瞬時トリップで短絡を検出します。調整可能なトリップ設定を持つMCCBは、保護協調(選択性)に有利です。
- 絶縁・耐電圧:系統電圧に適合すること。低圧(~600V)用途が一般的です。
- 漏電保護との連携:主幹に漏電遮断機能(ELCB/RCCB/ELB)を内蔵する場合、感度(mA)と短絡遮断特性のバランスを確認します。
主幹ブレーカーの種類
- 配線用遮断器(MCB):主に小容量の分電盤で使用。遮断容量は限定的で、家庭用〜小規模施設向け。
- モールドケース遮断器(MCCB):可変トリップ設定や高い遮断容量を持ち、中大規模の分電盤やビル、工場で主幹に用いられます。
- 開閉装置(VCB、空気開閉器)・真空遮断器(VCB/真空):高電力受電や高電圧側で用いられることがあり、ビルの受電設備や変電室に配置されます。
- 漏電遮断器一体型:主幹に過電流+漏電検出を併せ持ち、全体の地絡保護を行います。感度設定とトリップ動作を実務に合わせて選定する必要があります。
選定の流れと実務ポイント
主幹ブレーカーを選ぶ際は以下のポイントで検討します。
- ① 受電契約・供給条件の確認
契約アンペア(または契約kW)や変圧器容量、配電線の許容短絡電流など、供給系統側の条件を最初に把握します。短絡電流値はブレーカーの遮断能力選定に直結します。 - ② 需要設備の負荷見積り
照明、コンセント、空調、動力(モーター)などの同時発生率(同時率)や使用率を考慮し、最大負荷電流を算定します。主幹定格は想定負荷をカバーすることが基本です。 - ③ 選択性(セレクティビティ)の検討
主幹と分岐のブレーカー間で遮断動作が必要最低限となるよう、時定特性(トリップ曲線)を用いて整合させます。これにより局所的な故障で系全体が停止するのを防ぎます。 - ④ 短絡電流遮断能力の確認
供給点で想定される短絡電流より大きいIcuを持つ機器を選びます。余裕係数を持たせ、環境変化や将来の増強に対応できるようにします。 - ⑤ 周囲環境・熱設計
設置場所の周囲温度が高ければ定格電流のデリーティングを考慮します。ブレーカーは通風・放熱を確保し、必要に応じて定格補正を行います。
短絡電流遮断能力(Icu/Ics)の重要性
短絡時にブレーカーが遮断できないと、さらなる機器破損や火災につながります。製品仕様に示される短絡遮断容量(Breaking Capacity、Icu)およびサービス可能遮断容量(Ics)は必ず確認してください。設計では、受電点や変圧器の短絡電流解析値(計算または測定)を基にブレーカーのIcuを選定します。工場や商業施設では、遮断能力に余裕を持たせるのが一般的です。
選択性(セレクティビティ)と時定特性の合わせ方
選択性とは、故障発生時に最小限の範囲で遮断が完了することです。主幹と分岐のトリップ曲線(時間-電流特性)を重ね、分岐が先に遮断する領域を確保することで達成されます。可変トリップ機能を持つMCCBは、長時間過負荷特性や短時間トリップ設定を調整でき、選択性確保に有利です。
漏電保護との関係
主幹に漏電遮断機能を設けるか、各分岐に設けるかは施設の規模や安全方針によります。主幹で一括漏電保護を行うと、地絡があった際に建物全体が遮断されるため影響範囲が大きくなります。一方、分岐ごとの漏電保護は影響を局所化できます。医療分野などでは選択性と重要負荷の継続を考慮した設計(例:重要負荷を別系統で運転)を行います。
設置・配線時の注意点
- 端子は適正トルクで締め付け、接触抵抗の上昇を防ぐ。緩みは発熱の原因。
- 電線の断面はブレーカー定格と負荷に対して十分なものを選ぶ。過小な線径は発熱と保護の不整合を招く。
- 配線経路やケーブルラックは通風と設備配置を考慮し、過熱防止と将来の点検性を確保。
- 周囲温度によりブレーカーの定格が影響を受ける場合、メーカーの補正係数を適用する。
- 短絡電流や地絡電流の解析結果は設計図書に記録し、維持管理資料とする。
保守・点検と寿命
主幹ブレーカーは定期点検が不可欠です。主な点検項目は外観(焦げ、変色、焼損)、動作試験(手動開閉・トリップ試験)、端子の締付け確認、絶縁抵抗測定、熱画像検査による過熱の早期検出などです。製品によっては動作回数や経年で特性が変化するため、定期的な試験と交換基準を設けておきます。トリップ動作で異常な挙動を示す場合は、原因究明と部品交換を早急に行うべきです。
工事上の法令・資格のポイント(日本の場合)
電気工事は有資格者(第二種・第一種電気工事士等)による施工が必須です。設置・改修にあたっては、建築基準法や電気設備に関する技術基準、関係省庁のガイドラインに従う必要があります。高圧受電や変圧器を伴う場合は、電気事業法や需要家側の関係法令にも注意してください。詳細な法的要件は案件ごとに異なるため、設計段階で電気主任技術者や監督官庁への確認を推奨します。
実務的なチェックリスト(設計〜運用)
- 受電条件(契約容量・変圧器容量・短絡容量)を確認したか。
- 想定負荷(設備別)の見積りと同時率を適用したか。
- 主幹の定格電流と短絡遮断能力は十分か。
- 分岐ブレーカーとの選択性は確保されているか(時定曲線で確認)。
- 漏電保護の配置と感度の方針は適切か。
- 配線・ケーブル断面と端子締付トルクは仕様通りか。
- 定期点検計画(動作試験、熱画像など)を定めているか。
- 施工は有資格者が行い、必要な届出を済ませたか。
まとめ
主幹ブレーカーは単なるスイッチではなく、建物全体の電気安全と運用継続性を左右する重要な設備です。選定では受電条件、想定負荷、短絡遮断能力、選択性、周囲環境を総合的に検討し、設置後は定期的な点検と記録を行うことが不可欠です。設計・施工・保守は必ず適切な資格と経験を持つ技術者が行い、法令やメーカーの技術資料に従って安全性を確保してください。
参考文献
- International Electrotechnical Commission (IEC) — 一般的な規格情報(例:IEC 60947-2)
- ABB — Low-voltage products / Circuit breakers(技術情報、製品仕様)
- Schneider Electric Japan — Circuit breakers(製品情報と選定ガイド)
- 経済産業省(METI) — 各種電気設備関連の法令・ガイドライン(国内法令の確認先)
- メーカー技術資料(MCCB/MCBの選定・特性に関する一般的情報)


