純水設備の設計・運用ガイド:原理から保守・規格対応まで徹底解説
純水設備とは
純水設備は、水中のイオン、有機物、微粒子、微生物などを除去して用途に適した高品質の水(純水、超純水)を供給するための装置群です。用途は製薬、半導体、分析・研究、化粧品、ボイラー給水など多岐にわたり、それぞれ要求される水質(導電率、抵抗率、TOC、粒子数、エンドトキシン等)が異なります。
日本語の「純水」は文脈により意味が幅広く、一般にはイオン交換や逆浸透(RO)で不純物を大幅に除去した水を指します。さらに高い純度が要求されるものは「超純水」と呼ばれ、18.2 MΩ・cm(室温)に近い抵抗率や極めて低いTOCを持ちます。国際的にはASTMやISO、USPなどの規格で水のタイプ(Type I, II, IIIなど)が定義されています。
純水の品質指標
純水・超純水の品質は主に以下の指標で評価されます。
- 抵抗率(または導電率):イオン不純物の目安。超純水は約18.2 MΩ・cm(逆に導電率は0.055 µS/cm付近)。
- 総有機炭素(TOC):有機物の総量。分析・半導体用途では低TOCが必須。
- 粒子数:サブミクロン~ミクロンオーダーの粒子。半導体や光学コーティングでは極低粒子が要求される。
- 微生物・エンドトキシン:医薬品や試験用水では無菌性、低エンドトキシンが重要。
- 気体(溶存酸素)やシリカ、溶解有機物のスペシフィックパラメータ。
主要な製水技術とその特性
純水設備は複数の処理段を組み合わせることで目的水質を達成します。代表的な技術と特徴は次の通りです。
- 前処理(S/Sediment、活性炭):懸濁物や遊離塩素、有機物の吸着に使用。ROや樹脂寿命延長に必須。
- 逆浸透(RO):半透膜で溶解性イオンや有機物を大幅に除去。高回収運転や節水設計が重要。
- イオン交換(樹脂):陽イオン交換・陰イオン交換・混床によりイオンを除去。再生型は化学薬品を用いた再生が必要。
- 電気透析・電気再生式(EDI):連続的にイオンを除去し、薬品再生不要で安定運転が可能。ROと組み合わせることが多い。
- UV酸化(UV TOC削減):254 nmや185 nm UVで有機物の分解・酸化を促進し、TOCを低減。
- 微生物対策(0.2 µmフィルタ、逆滅菌、熱殺菌):微生物・バイオフィルムの侵入を抑制。
- 蒸留:高純度が得られるがエネルギー消費が大きく、近年はRO+EDI+ポリッシングの組合せが主流。
純水設備の典型的な構成
多くのシステムは以下のような段構成です。
- 原水供給(原水ポンプ、前処理)→RO前処理(沈殿・活性炭・軟水化)→ROユニット→中間貯水(場合により)→EDIまたは混床による脱イオン→UV、UFによるポリッシング→貯槽と循環ライン→最終ポイントでのフィルタ(0.2 µm等)
また、半導体や超純水を必要とする用途では、再循環ポンプで常時循環させることで微生物や再汚染を抑制します。材質は配管・タンクともにSUS316L、PVDF、PFA等の非解離材料が選ばれます。
設計上の重要ポイント
純水設備の設計では以下を検討します。
- 原水の水質評価:カルシウム、マグネシウム、シリカ、鉄、濁度、塩素、濃度変動を把握し前処理方式と保守頻度を決定。
- 処理能力とピーク需要:瞬時流量と日次需要を基にタンク容量や循環能力を算定。
- 冗長性と可用性:生産停止が許されない用途ではN+1構成や自動バイパス、二系統の重要機器を設ける。
- 配管設計:デッドレッグを避け、清浄度維持のため短いループ、適切な傾斜、フランジ・バルブの材質選定。
- 温度管理:温度は抵抗率や微生物増殖に影響。室温管理・加熱滅菌の可否を検討。
運用と保守(日常管理から定期保守まで)
純水設備は機械的・化学的プロセスを含むため、定期的な監視と交換が不可欠です。
- 消耗品管理:前処理フィルタ、RO膜、イオン交換樹脂、UVランプ、微生物フィルタ等は設計寿命に応じて交換。
- 清掃・サニテーション:循環系のバイオフィルム対策として、熱湯サニテーションや次亜塩素酸ナトリウム・過酢酸等の化学洗浄を行う。薬剤選定は配管・膜の耐性に注意。
- 監視項目と頻度:導電率・抵抗率は連続モニタ、TOCはオンラインまたは定期測定、微生物は培養法やATP測定で定期検査。
- 交換と再生:イオン交換樹脂の再生手順、RO膜の化学洗浄プロトコルを文書化し実行。
計装・監視システム(IoT/自動化)
近年はSCADAやPLCを用いた自動監視が一般化しています。重要なポイントは以下。
- 連続監視とアラーム設定(導電率、TOC、流量、圧力、タンクレベル)。
- 履歴データの保存とトレンド解析による予防保守(例:TOC増加に伴う膜汚染の予兆)。
- 遠隔診断・通知:緊急停止やクリーニングのタイミングを遠隔で把握できると保守効率が向上。
バリデーションと規格対応
医薬品や医療機器、食品分野ではGMPやICHガイドラインに基づくバリデーションが必要です。バリデーションは設計(IQ)、設置(OQ)、運転(PQ)の各段階で行い、使用用途に応じた試験(導電率、TOC、微生物、エンドトキシン等)を文書化します。
よくあるトラブルと対処法
代表的なトラブルと一般的な対処は以下です。
- 導電率の悪化:前処理不良、RO膜破損、樹脂劣化。原水チェック、膜・樹脂交換、配管漏洩確認。
- TOC上昇:活性炭劣化、UVランプ不良、有機負荷増。活性炭交換、UV点検、原水分析。
- 微生物再増殖:デッドレッグ、貯槽の不衛生、フィルタ不良。サニテーション実施、配管改修、滅菌フィルタ導入。
- ROの通水量低下:スケールや生物膜による膜汚染。化学的洗浄(CIP)、前処理強化、薬注の見直し。
環境負荷とコスト最適化
純水設備は水ロス(RO濃縮水)、薬剤やエネルギー消費がコスト・環境負荷に直結します。以下の対策が有効です。
- 高回収ROやブーストポンプの導入で排水を削減。
- EDIを使うことで化学薬品再生を減らす。
- 濃縮水のリユース(洗浄水、冷却水などへの転用)を検討。
- 省エネ設計、インバータ制御、ヒートリカバリの活用。
用途別のポイント
用途に応じた主な注意点を挙げます。
- 製薬:無菌化、エンドトキシン管理、厳格なバリデーションと文書管理。
- 半導体:超低粒子・低TOC、配管材の微粒子発生抑制、局所供給ラインのHEPAやナノフィルタ。
- 分析・研究:目的分析物に影響するイオンや有機物の除去、安定した品質。
- ボイラー水:スケール・腐食管理のためのシリカや硬度管理。
設計・導入時のチェックリスト(実務上)
導入前に確認すべき項目の例:
- 原水分析の最新データ有無
- 設計流量とピークフローの根拠
- 装置配置と保守スペースの確保
- 使用材料の洗浄・パッシベーション履歴
- 監視項目とアラーム設定の明確化
- バリデーション計画と受入試験項目
まとめ
純水設備は単なる機械設備ではなく、用途に応じた水質目標を満たすための総合システムです。原水評価、適切な処理段の選択、配管・材質設計、綿密な運用・保守、モニタリング体制、そして規格・バリデーションへの対応が成功の鍵になります。導入検討時には、目的用途に合わせたスペック定義と、将来の拡張性・環境負荷低減策を併せて設計することを推奨します。
参考文献
- ISO 3696: Water for analytical laboratory use (ISO)
- ASTM D1193: Standard Specification for Reagent Water (ASTM)
- United States Pharmacopeia (USP): Purified Water / Water for Injection
- WHO Guidelines for Drinking-water Quality (World Health Organization)
- 水道水質の基準(厚生労働省)
- 日本水道協会(JWWA)
- SEMI Standards(半導体製造向け標準、SEMI)


