浄水の基礎と最新技術:安全で持続可能な水道水をつくるための設計と運用
はじめに:浄水の重要性
安全な飲料水の供給は公衆衛生、社会経済、環境保全の基盤です。浄水(飲料水処理)は、原水(河川水、地下水、ダム湖水、再生水等)から病原性微生物、有害化学物質、懸濁物質および味・臭気の原因物質を除去し、法令やガイドラインに適合した水質を確保するプロセスの総称です。本コラムでは、浄水の基礎原理、主要処理工程、設計・運用上の留意点、近年の課題と解決策を詳しく解説します。
浄水の目的と水質基準
浄水の主目的は「安全性の確保」「美味しさと受容性」「配水系での劣化防止」です。日本における水道水質基準は厚生労働省が定めており、微生物、化学物質、放射性物質など多数の項目について基準値が設定されています(例:大腸菌は陰性、塩素残留量など)。WHOや各国の基準は公衆衛生リスクに基づく多段の安全対策(barrier approach)を採用しています。
原水の種類と特性
表流水(河川・ダム湖):有機物(トリハロメタン前駆体)、懸濁物質、季節性の藻類や流入する汚濁が問題。変動が大きく、プレートや洪水時の負荷増加に対応する余裕設計が必要。
地下水:一般に微生物は少ないが、鉄・マンガン、硝酸性窒素、硬度(カルシウム・マグネシウム)、揮発性有機化合物(VOC)が課題となる場合がある。
再生水・多目的利用水:高度処理が必要。逆浸透や高度酸化処理(AOP)等の導入が検討される。
基本的な浄水処理プロセス
典型的な浄水場の流れは「取水→予備処理→凝集沈殿→ろ過→消毒→配水」です。各工程は多段のバリアを形成し、相互に補完します。
凝集・フロック形成(凝集・混和・フロック化)
微細な懸濁物質を集めて沈降可能なフロックにする工程です。主に無機凝集剤(硫酸アルミニウム、塩化第二鉄等)や高分子凝集剤(ポリマー)が用いられます。急速混和(数秒)で凝集剤を均一に分散し、その後徐速混和でフロックを形成・成長させます。設計パラメータの例:急速混合せん断速度(G)数百〜数千 s^-1、徐速混合Gは10〜100 s^-1、フロック形成時間は10〜30分が目安です。凝集剤投与量は原水により数mg/L〜数十mg/Lの範囲で最適化が必要です。
沈殿(沈澱)
重力によりフロックを沈降させる工程で、設計では留置時間(通常1〜4時間)、単位面積流量(m3/m2·day)などを基に処理能力を決めます。沈殿で主要な懸濁物は除去され、後続のろ過負荷を軽減します。沈殿スラッジの取り扱いや脱水設計も重要です。
ろ過
ろ過は残存懸濁物、微生物を実効的に除去します。代表的な方式:
急速砂ろ過:ろ過速度は通常5〜15 m/h。凝集処理と組み合わせるのが一般的で、定期的に逆洗して目詰まりを除去します。
緩速ろ過:ろ過速度0.1〜0.3 m/h。生物学的活性層(Schmutzdecke)で微生物除去や有機物分解が進むが、広い面積が必要。
膜ろ過(MF/UF/NF/RO):孔径により微生物や溶解性有機物、塩分まで除去可能。UFは微生物・懸濁物を確実に除去(孔径0.01–0.1 μm)、ROは溶解塩類も除去(高いエネルギー)。
消毒
消毒は水中の残存病原体を不活化し、配水系での再汚染を防ぐために不可欠です。代表的な方法:
塩素消毒:安価で持続性のある残留塩素を確保できる。遊離塩素や総残留塩素(塩素化アンモニアとの結合塩素=クロラミン)を管理。配水での残留塩素目標は地域により異なるが、一般に0.2 mg/L程度以上の残留を目安とすることが多い。
オゾン:強力な酸化剤で短時間で高い不活化効果を持つが、残留性は低く副生成物(ブロモ酸など)に注意。
UV(紫外線):DNA損傷による不活化を行い、脱臭や副生成物の問題が少ない。ただし残留性が無いため配水系での管理が別途必要。
クロラミン(塩素とアンモニア):配水での残留を長く保てる一方、消毒副生成物(NDMAなど)や配管材料との相互作用に注意。
高度処理・仕上げ処理
近年は微量有機物、医薬品、内分泌撹乱物質等の除去が重要課題です。代表的な高度処理技術:
活性炭(GAC/粉末):吸着により有機物、臭気、味を低減。GACの設計では接触時間(EBCT)を10〜30分程度にとることが多い。
逆浸透(RO)/ナノろ過(NF):溶解性有機物や無機イオンの高効率除去。飲用水用途では脱塩や脱有機の手段として用いられるが、高エネルギーと高濃度濃縮液(廃液)処理の課題あり。
高度酸化処理(AOP):オゾン/過酸化水素/UVの組合せでヒドロキシルラジカルを生成し、難分解性有機物を分解する。
イオン交換:硬度除去や特定イオン(硝酸、フッ化物等)の低減、再生工程が必要。
副生成物とリスク管理
消毒に伴う副生成物(DBPs:トリハロメタン、ハロ酢酸類等)は発がん性や慢性リスクの懸念があるため、前処理での有機物(TOC、UV254)低減、適切な消毒管理、場合によっては脱ハロゲン化技術の導入が求められます。また、微生物リスク管理では多段のバリア、定期的な微生物検査、イベント時の迅速な対応が重要です。
スラッジ管理と資源循環
沈殿やろ過の廃棄物(スラッジ)は脱水して減容化し、適正に処分・資源化する必要があります。近年は汚泥のメタン発酵によるエネルギー回収やリン回収といった循環型処理の導入が進んでいます。
配水系と維持管理
浄水処理で良質な水を作っても、配水管での腐食、バイオフィルム形成、AOC(利用可能有機炭素)による二次汚染が起こり得ます。ために配水系管理(定期消毒、配水再循環、塩素残留管理、漏水対策、材質選定)が重要です。老朽管更新やスマートメーター、SCADAを用いた監視も有効です。
設計と運用上の留意点
水質変動への耐性:洪水時や藻類発生時の負荷増加を想定した余裕設計と薬剤供給・処理手順の切替が必要。
冗長性と非常時対応:ポンプ、薬品設備、電源の冗長化、災害時の代替取水や簡易処理手段(簡易消毒法、浄化槽の利用)を計画。
モニタリングの合理化:現場での即時測定(濁度、塩素、pH)とラボ検査(微生物、化学物質)を組合せ、RIS(リスク管理)に基づく検査頻度を設定。
運転・保守:薬品注入の校正、逆洗運転スケジュール、膜清掃計画、腐食抑制(pH調整、リン酸塩の添加等)を明確に。
課題と最新技術動向
主要な課題は微量有害物質の増加、気候変動による原水水質・水量の変動、インフラ老朽化、エネルギー消費と温室効果ガス削減です。対応技術として:
膜技術の普及:低消費エネルギー化やモジュール化が進み、小規模分散型浄水が可能に。
センサーとリアルタイム監視:濁度や蛍光での有機物検知、オンライン菌検出技術の進展により迅速な運転制御が可能。
高度処理の統合(AOP+膜など):耐性のある微量有機物を効率的に除去。
エネルギー最適化と再生可能エネルギーの導入:再生可能電力や余熱利用で浄水場のCO2排出低減。
品質管理と規制対応
浄水事業は法令遵守だけでなく、リスクベースの管理(例えばWHOのWater Safety Plan)を導入することが推奨されます。これにより、供給系全体を評価し、予防的に対策を講じることができます。定期的な検査データの透明化と住民への情報提供も信頼構築に寄与します。
事例:小規模水道での実践ポイント
小規模水道では設備投資が制約されるため、簡便で効果的な処理を組合せることが有効です。例:原水が比較的良好な地下水ならば除鉄・除マンガンと塩素消毒、表流水では凝集+砂ろ過+塩素を標準化。膜導入は初期費用は高いが、省スペースで高品質を確保できるため、利用者数や水質に応じて判断します。
まとめ:持続可能で安全な浄水をめざして
浄水は単なる化学処理ではなく、設計・運用・監視・住民コミュニケーションを含む総合的なシステムです。原水特性と地域事情を踏まえ、多段のバリアを整備し、現代の課題(微量汚染物質、気候変動、老朽化)に対応するための技術導入と運用強化が不可欠です。スラッジ処理やエネルギー効率、循環型資源利用も含めた持続可能性を念頭に、将来世代へ安全な水をつなげていきましょう。
参考文献
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