多段ポンプの技術と設計・運用ガイド:選定から保守まで(建築・土木向け)

概要:多段ポンプとは何か

多段ポンプ(多段遠心ポンプ)は、複数のインペラ(羽根車)を同一シャフト上に直列に配列し、段ごとに圧力を積み重ねて高揚程を得る遠心ポンプです。建築・土木分野では給水、加圧(ブースター)、ボイラ給水、消火設備、地中・地下水の揚水、逆浸透(RO)前処理やプロセス用高圧供給など、高い吐出圧力が要求される場面で広く使われます。

構造と主な種類

  • 横形多段ポンプ:一般的にフランジ接続の横置きで、整備性が良い。揚程範囲と吐出量に応じた段数設計が可能。

  • 縦形多段ポンプ(インライン・直列型):配管に対して直線に設置できるため省スペース。ビルディングのブースターパッケージでよく使われる。

  • 縦置き多段タービンポンプ(深井戸向け):地中深く設置する縦型で、段ごとにケーシングを持ち高揚程を確保。

  • カンドポンプ(Canned motor multistage):密閉モーターとポンプ部が一体化。漏洩リスクが低く、クリーンと高圧が要求される用途に使われる。

動作原理(段ごとの圧力蓄積)

各段のインペラは流体に運動量を与え、揚程(ヘッド)を与えます。多段ポンプでは各段の揚程が直列に加算されるため、総揚程は各段の揚程の和となります。吐出流量は各段で同一であるため、段を増やすことで高揚程を狙いつつ流量は変わりません。

数学的には総揚程 H_total = Σ H_stage(各段の揚程の和)です。電動機からの軸出力 P_shaft は、流量 Q、総揚程 H、流体密度 ρ、重力加速度 g、および総効率 η を用いて次のように表されます。

P_shaft(kW) = (ρ × g × Q × H) / (1000 × η)

設計・選定時の主要項目

  • 必要揚程と流量:用途に応じた最大揚程と必要流量を明確にする。ピーク時と常時運転の両方を想定。

  • BEP(最良効率点):ポンプはBEP付近で運転すると効率、振動、摩耗のバランスが良い。選定時に運転点がBEPに近いか確認する。

  • NPSH(必要正吸込圧頭)とNPSHa(利用可能NPSH):吸込み側で発生するキャビテーションを防ぐため、NPSHa > NPSHr(必要)+ 安全余裕が必要。

  • 段数と段ごとの設計:各段のインペラ径・羽数で段揚程が決まる。大型の段差を避け段ごとに適正な負荷分配を行う。

  • 材質選定:供給する液の腐食性、温度、粒子含有、外部環境(海水浴)に応じて鉄、ステンレス、銅合金、デュプレックス等を選ぶ。

  • シール方式:メカニカルシール、グランドパッキン、ダブルシール等。漏洩の許容度や保守性に応じて選定。

  • モータ駆動と制御:オン/オフ、インバータ制御(VFD)による流量制御、圧力センサー連携、ソフトスタート等。

性能曲線と運転に関する注意

ポンプ性能曲線は流量(Q)と揚程(H)の関係を示し、ポンプ効率曲線、NPSHr曲線、吸込性能などを含みます。次のポイントに注意してください。

  • 喫水点・定格運転:曲線の左側(低流量側)での運転はキャビテーションや過負荷、高振動を招きやすく、右側(過大流量側)では効率低下と発熱が生じる。

  • ポンプの運転点はシステム特性曲線(配管損失と静圧)とポンプ曲線の交点で決まる。配管変更やバルブ調整で運転点は変化する。

  • アフィニティ則(近似):回転数 n の変化に対して、Q ∝ n、H ∝ n2、P ∝ n3 が成り立つ(幾何学的相似の範囲で)。VFD導入時の設計検討に有効。

NPSH(キャビテーション)対策

キャビテーションは気泡の発生・崩壊によりインペラ損傷や効率低下、騒音振動を引き起こします。NPSH対策としては以下がある:

  • 吸込配管のロス低減(短く、大口径、曲げ少なく)

  • 吸込側静圧の確保(貯水槽を高くする、ポンプの吸込位置を深くする)

  • 温度管理による蒸気圧の低減(高温流体では特に注意)

  • 低NPSHr設計のポンプ選定や段の改良

材料と耐久性設計

多段ポンプは高圧を扱うため、軸受や軸、シール、ステータカスティングの強度・疲労設計が重要です。海水など腐食性が高い流体ではステンレス、ニッケル合金、デュプレックス鋼等が選ばれることが多いです。砂や研磨性固形物を含む液ではインペラ・ケーシングの摩耗対策が必要で、堅牢なインペラ形状や交換可能な衝突板などを採用します。

設置と配管上の実務注意点

  • 吸込配管はポンプ吸込フランジに対して垂直に近い直線を保ち、入口にエアトラップや死腔ができないように配慮する。

  • サクションストレーナーやフットバルブの選定:流入障害物による吸込み損失の増大に注意。

  • ベースプレートの剛性、アンカーボルト固定、直線性を保つことで軸受・シール寿命を延ばす。

  • チェックバルブ・逆止弁の配置により逆流と水撃(ウォーターハンマー)を防止する。長管での急停止は水撃を招く。

  • 空気抜きやドレンの配置:点検・整備時に残留液を安全に抜けるようにする。

運転制御と省エネ

多段ポンプにおける省エネは運転点をBEP付近に維持することが重要です。VFD(インバータ)を用いた回転数制御は流量制御に有効で、特に可変負荷のシステムではエネルギー削減効果が大きいです。さらに複数台運転(デュアルポンプ)での段切替や滑らかなオンオフ制御により効率を最適化できます。

保守・点検のポイント

  • 振動監視とベアリング温度監視:振動増加はバランス不良、軸ずれ、ベアリング損傷の兆候。

  • メカニカルシールの漏洩管理:初期微小漏洩からの進展を早期に把握し、交換スケジュールを立てる。

  • 定期的な曲線測定:性能低下(揚程低下・効率低下)を把握し、インペラ摩耗やクリアランス増大の原因を特定する。

  • 油脂交換と潤滑管理:軸受部の寿命管理。

典型的な応用例(建築・土木)

  • 高層ビルの給水ブースター:階高差に応じた段数で安定供給。

  • 消火ポンプ(消防法・規格に基づく):NFPAや各国基準に適合する高圧連続運転。

  • ボイラ給水:高圧が必要な蒸気ボイラ向け。

  • 上下水道配水・送水:揚程が必要な送水ラインに適用。

  • ROブースタ(海水淡水化):前処理後の高圧供給。

トラブルシューティングの一般的な事例

  • 揚程不足:段数不足、インペラ摩耗、回転数低下、吸込損失増加が原因。

  • 振動・騒音:軸ずれ、インペラバランス不良、キャビテーション。

  • 過度な電力消費:効率低下、閉止弁運転、VFD設定間違い。

  • シール漏洩:シール摩耗、シール周辺の圧力バランス変化。

規格・基準と安全上の留意点

消火ポンプ等の特定用途ではNFPA 20(米国)、JPI、各国の規格・法律が関連します。また、石油化学プラント等ではAPI 610(遠心ポンプ)等の規格が参照されます。高圧装置として安全弁、圧力計、過圧防止装置を必ず設置し、定期的な耐圧試験・点検を実施してください。

設計計算の簡単な例

例:水(ρ=1000 kg/m3)をQ=0.1 m3/s(6 m3/min)でH=200 mの多段ポンプを効率η=70%で運転する場合の必要軸出力(kW)は:

P_kW = (ρ × g × Q × H) / (1000 × η) = (1000 × 9.81 × 0.1 × 200) / (1000 × 0.7) ≒ 281 kW

この計算で得た出力に余裕係数(始動トルク、閉塞時等)や伝達効率を考慮してモータ容量を選定します。

まとめとベストプラクティス

多段ポンプは高揚程を実現する有力な手段ですが、設計・運用にあたってはNPSH、BEP、材質、シール方式、吸込配管など多岐にわたる要素の最適化が必要です。選定段階でメーカーの性能曲線・NPSHr値を把握し、施工時の配管設計や据付精度を確保し、定期保守と監視(振動・温度・流量)を実施することで、長寿命かつ安定した運用が可能になります。

参考文献