鉄骨図の読み方と作成ガイド:製作図・組立図・検査までの実務フロー
はじめに
鉄骨図は鋼構造物の設計・製作・施工をつなぐもっとも重要な情報媒体です。鋼材の断面形状、長さ、接合方法、溶接やボルトの仕様、塗装や防錆処理、組立手順などが図面上に明示され、設計者、製作工場、現場施工者、検査機関が同じ情報を共有します。本コラムでは鉄骨図の基本構成、主な記号や表記、製作から建て方までの流れ、品質管理のポイント、BIMとの連携、現場でのよくあるトラブルと対処法を詳しく解説します。
鉄骨図とは何か:種類と役割
鉄骨図は用途によって大きく分けると以下の種類があります。
- 意匠構造図(構造図): 主に構造設計者が作成する全体の力の流れや主要部材の配置を示す図面。配置図やラフな断面を含む。
- 製作図(詳細寸法図): 工場での切断・穴開け・溶接・加工のために必要な寸法・部材番号・接合詳細を記した図面。部材表(材料表)や継手詳細を伴う。
- 組立図(建て方図・現場組立図): 現場での仮組みや建て方順序、仮支え、ジャッキ位置、足場など施工上の指示を示す。
- 接合図(接続詳細図): ボルト孔位置、ボルト種別、高力ボルトの本締め指示、溶接長・形状を明示する。
- 断面詳細図・部材表: 各部材の断面形状(H形鋼、I形鋼、チャンネル、角パイプ等)、長さ、重量、マーク(記号)を一覧化。
鉄骨図の基本情報と必須項目
製作図に最低限必要な情報は次の通りです。これらが欠けると誤製作や品質不良の原因になります。
- 部材マーク(部材番号): 一意の番号で管理し、部材表と一致させる。
- 材質と規格: 例 SS400、SM490 等の鋼種、また表面処理(防錆塗装、溶融亜鉛めっき等)。
- 断面形状と寸法: H形鋼なら断面寸法、板厚、ウェブ厚など。
- 長さ・切断位置・座屈加工等: 切断端処理や面取り、切り欠き形状。
- 穴あけ位置と径、座標指示: ボルト孔の公差や貫通・タップの指定。
- 接合仕様: ボルト種(高力ボルト/普通ボルト)、締め付け基準、溶接の種類とサイズ。
- 重量と応力情報: 吊り荷重、仮吊り点、建て方時の揚重指示。
- 溶接の指示: 隅肉溶接・突合せ溶接の種類・長さ・品質基準。
- 加工・仕上げ・検査条件: 塗装仕様、外観基準、非破壊検査(NDT)の要否。
表示記号と注意点
鉄骨図には多数の略号や記号が使われます。代表的なものを理解しておくことが重要です。
- 部材マーク(No.): 部材表と必ず照合する。マーク重複は致命的。
- 断面記号: H200×200×8×12 のような表記でウェブとフランジ厚を示す。
- 溶接記号: 隅肉溶接の大きさ(a)や溶接長、溶接の種類を示す。多くはJISの溶接図示に準拠する。
- ボルト記号: 呼び径や規格、ボルトの等級(JIS等)とナットの種類、座金の有無を明記する。
- 表面処理記号: 塗装仕様(下塗り・上塗り・膜厚)や亜鉛めっきの種類。
材料と接合の基礎知識
日本の建築鉄骨でよく使われる鋼材にはSS400やSM490などがあり、JIS 規格で寸法や機械的性質が定義されています。接合は主に高力ボルト接合と溶接が使われ、用途によって使い分けます。高力ボルトは現場での組立・本締めがしやすく、溶接は剛接合や継手に有効です。設計段階で接合方法を明確にしておくことが図面作成時の争点を減らします。
製作図の作成フローとチェックポイント
製作図は以下の流れで作成・確認されます。
- 構造図から製作用の詳細展開図を作成
- 部材表(マテリアルリスト)を作成し、鋼材手配に必要な情報を整理
- ジョイントや継手の詳細を決定し、必要に応じて強度照査を実施
- 製作工場での加工性(レーザー切断、NC加工、溶接順序)を考慮して図面を修正
- 製作工場と設計者・施工者での図面照合(図面照合会)を実施し承認を得る
チェックリストの代表例:
- 部材マークと部材表の一致
- 孔位置と胴材の干渉確認
- 溶接長・種類の明示、熱影響を考慮した配慮
- 建て方上必要な仮ボルトや仮組手順の指示
- 塗装・防錆仕様の明記
現場組立(建て方)での注意点
現場では図面どおりに部材が納入されても、実際の建て方で問題が生じることがあります。代表的な注意点は次の通りです。
- 基礎のアンカーボルト位置と高さの公差: 基礎不良だと全体が狂うため、基礎伏図と製作図の事前連携が必須。
- 仮締め→本締めの工程管理: 高力ボルトは仮締め時と本締め時の判定方法を明示する。
- 仮支保工と据付順序: 安全で効率的な順序を施工図で示す。
- 重量・吊り点: 吊りクレーン能力や荷重バランスの確認。
品質管理と検査項目
鉄骨の品質管理は材料受入、製作、塗装、組立、検査まで一貫して行われます。主な検査項目は以下です。
- 材料証明書の確認(化学成分、機械的性質)
- 寸法検査(長さ、孔位置、断面形状)
- ボルト本締めトルクや伸び確認
- 溶接の外観検査と必要に応じた非破壊検査(超音波検査、浸透探傷など)
- 塗膜厚の測定、付着性試験
- 最終外観検査と出荷検査(出荷検査報告書の作成)
BIM・3Dツールと鉄骨図の連携
近年、鉄骨図は3次元モデル(BIM)との連携で大きく変わっています。Tekla Structures、Autodesk Revit、SDS/2などの専用ツールは、詳細な部材切断形状、孔位置、溶接長、締め付け順序までモデルで管理可能です。メリットは干渉検査、切断最適化、組立シミュレーション、ERP連携による材料管理などが可能になる点です。BIMモデルから自動的に製作図や部材表を作成することで誤差を減らし、図面作成の効率を上げられます。
よくあるトラブルと対策
実務で頻出する問題とその対策を列挙します。
- ボルト孔の位置ズレ: 原因は基礎のアンカー位置誤差や製作誤差。対策は基礎位置を厳密に管理し、現地点検を実施。可変スロット孔の採用も検討。
- 溶接割れや歪み: 熱影響による変形を抑えるために溶接順序の最適化、拘束具の使用、必要なプレヒートを指示。
- 納期遅れ: 製作図の承認遅延が主因。早期の製作図発行と承認フロー、並行発注の活用が有効。
- 塗装不良: 表面処理前の清浄度不足や塗膜不足が原因。塗装仕様の明確化と塗膜厚検査を必須化。
実務で使えるチェックリスト(短縮版)
- 図面表題・改訂履歴は最新か
- 部材マークと部材表は一致しているか
- 孔位置・寸法・公差は明記されているか
- 溶接・ボルトの仕様(種類・サイズ・本締め方法)は明記されているか
- 塗装・防錆処理の仕様は明記されているか
- 建て方時の仮締め・仮支保工・揚重手順が示されているか
- 製作図の発行・承認フローが決まっているか(設計→製作→現場)
まとめ
鉄骨図は単なる寸法図ではなく、材料、加工、接合、塗装、建て方、検査といった一連のプロセスをつなぐ情報の中枢です。設計段階から製作・施工・検査までの関係者が早期に連携し、製作図の精度を高めることで品質向上とコスト削減が期待できます。BIMや3Dデータの活用は、今後ますます標準化が進む分野であり、ツールと実務の整合性を保ちながら導入を進めることが重要です。
参考文献
- 建築基準法(e-Gov)
- JIS G 3101(日本工業規格) - Wikipedia
- SS400 - Wikipedia
- 一般社団法人日本建築学会(AIJ)
- 一般社団法人日本鋼構造協会
- Tekla Structures(BIMツール)
- Autodesk Revit(建築BIM)
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