電気防食法(カソード防食)の原理・設計・施工・維持管理を徹底解説
はじめに
電気防食法(一般にカソード防食、cathodic protection)は、地下埋設管や海洋構造物、タンクなどの金属構造物の腐食を抑制するために広く用いられる技術です。本稿では基本原理から方式の種類、設計手順、施工上の留意点、監視・維持管理、トラブル対策までを具体的に解説します。技術者向けに実務で重要なポイントを盛り込み、現場での意思決定や維持管理に役立つ内容を目指します。
電気防食(カソード防食)の基本原理
金属の腐食は電気化学反応であり、酸化(電子を失う)が発生する部位(アノード)と還元(電子を受け取る)部位(カソード)が存在します。カソード防食は構造物全体を電源や犠牲陽極によって電子供給側(カソード)にし、酸化反応を抑制することを目的とします。これにより金属は腐食側ではなく外部電極(犠牲陽極や外部アノード)側で犠牲的に反応します。
重要な指標は構造物と電解質間の電位で、十分に負の電位(一般にはCu/CuSO4電極で-850 mV以下など、基準は規格に依存)にして保護状態を判定します。また、電流密度や偏極量(電位変化量)も設計・判定に重要です。
主な方式:犠牲陽極方式(ガルバニック)と印加電流方式(ICCP)
カソード防食には大きく二つの方式があります。
- 犠牲陽極方式(ガルバニック): 構造物より電位が低い金属(亜鉛、アルミ、マグネシウムなど)を接続し、その金属が犠牲的に腐食して構造物を保護します。小規模・短期・電流要求が少ない箇所に適しています。施工と維持が比較的簡便ですが、消耗品である陽極の交換が必要です。
- 印加電流方式(Impressed Current Cathodic Protection, ICCP): 外部直流電源(整流器)を用いて所定の直流を流し、構造物をカソード化します。出力調整が可能で広範囲・高消費電流が必要な場合に適します。陽極は長寿命の不溶性陽極(MMO、Pt/Irなどの混合金属酸化物コーティング)や高シリコン鋳鉄などが用いられます。
印加電流方式の構成要素
- 電源装置(整流器): 入力は交流、出力は直流。電流・電圧の調整と保護回路を備えます。
- 陽極(不溶性陽極): MMO(混合金属酸化物)陽極、シリコン鉄、グラファイト等。海水や土壌の環境に応じた材質選定が必要です。
- 陽極裏詰め材(バックフィル): 陽極周囲の電気化学環境を安定させるためコークブリーズ、ベントナイト、硫酸カリウム等の混合材が用いられます。
- 導線・接地工程: 耐食性・機械的保護のあるケーブル、防水施工が必要。
- 試験局(テストポイント)と計測系: 電位測定・電流測定を行うための接続点とリファレンス電極の設置。
陽極材料と選定
陽極選定は環境(海水・土壌・淡水)、期待寿命、設置コスト、電気化学的性能に依存します。代表例は次のとおりです。
- MMO(Mixed Metal Oxide): 長寿命で高い耐食性、海洋や土壌で広く採用。
- 高シリコン鋳鉄: 土壌での使用が多く、安価で機械的強度がある。
- グラファイト: 比較的安価だが機械強度と耐久性の点で限定的。
- 亜鉛・アルミ・マグネシウム(犠牲陽極): ガルバニック方式に使用。用途に応じて選定。
設計の流れと主要な計算要素
電気防食システム設計の一般的な流れは以下です。
- 現地調査:土壌抵抗率測定(Wenner法等)、既存コーティング状態、地形、近接埋設物の有無、周辺の接地系統調査。
- 電気的要件の評価:保護を要する裸地金属面積の推定、必要電流密度の設定。
- 電流要求量の算定:必要電流 I は一般に裸地面積 A と設計電流密度 i を乗じて求めます(I=A×i)。電流密度は用途・環境により異なり、実務では規格や実測データに基づく値を用います。
- 陽極の選定と配置:陽極抵抗、土壌抵抗率、期待寿命により必要な陽極表面積と個数を決定します。ICCPでは陽極システムのベッド設計(長さ、間隔、深さ)も重要です。
- 整流器容量の決定:最大必要電流と系統損失に余裕を加味して選定します。
- 保護判定基準の設定と試験点配置:保護電位測定を行うためのポイントを配置。
電流要件の具体例と注意点
電流要件を計算する際にはコーティング破損部の面積を正確に推定することが重要です。一般的には総裸地面積に所定の電流密度(A/m2やmA/ft2)を乗じますが、コーティング劣化が進行している場合や局所的損傷があると局所電流密度が増加して防食が困難になります。また、初期通電時には表面の酸化皮膜を還元するために通常運転より高い電流が必要となることを考慮します。
保護基準(評価方法)
代表的な保護判定の方法は2択または併用で行われます。
- 絶対電位基準: Cu/CuSO4電極(土壌)やAg/AgCl電極(海水)で測定した構造物表面電位が規定値以下(負側)であること。NACEなどの指針ではCu/CuSO4電極で-850 mVを一つの目安として挙げていますが、環境や基準によって取り扱いは変わります。
- 偏極(電位変化)基準: 防食前後の電位変化が一定値(例えば100 mV)以上であること。これは構造物が十分に偏極されていることを示します。
これらの判定には「オン電位」「オフ電位」「インスタントオフ電位」など測定タイミングの違いがあり、整流器の遮断後に測る瞬時電位や長時間オフの値で補正が必要です。測定手法と基準の整合は設計段階で明確にしておくことが重要です。
施工時の注意点
- 陽極埋設深度と背面材: 陽極周りの環境を均一化するためのバックフィルを適切に施工する。高抵抗のまま埋めると陽極抵抗が増大し無効化する。
- 接続部の防食・機械保護: ケーブル接続部や導線の継手は防水、防食処理を施し、機械的損傷を受けないよう保護する。
- 絶縁とボンディング: 必要な箇所では絶縁継手を設け、不要なボンディングで他系統に影響を与えないよう配慮する。
- 近隣インフラとの干渉対策: 交通、通信、他埋設金属構造物に対する干渉(迷走電流)を評価し、必要に応じて補償や監視を行う。
監視・維持管理
長期的な効果を得るために定期的な点検と監視が不可欠です。代表的な項目は次の通りです。
- 定期電位測定: 試験局での電位測定とログ保管。季節変化や土壌環境の変化を考慮する。
- 整流器点検: 出力電流・出力電圧・機器温度・絶縁状態の監視。自動ログやリモート監視の導入が望ましい。
- 陽極消耗の確認: 犠牲陽極は経年で消耗するため交換計画が必要。ICCP陽極でも局所被膜剥離などを点検。
- 絶縁継手や塗装状態の検査: コーティングの劣化は電流要求を増加させるため早期検出が重要。
トラブルと対策
現場でよく見られる問題とその対策を挙げます。
- 迷走電流(Stray current): 近接する直流設備や地上の電気設備から漏れる電流が影響し、局所的な腐食を招く。原因調査と接地改善、隔離、逆極性対策が必要。
- 交流腐食(AC corrosion): 高周波・交流電界の存在下で交流に起因する腐食が起こる。交流電力の干渉源の特定と接地改善、AC電圧の低減対策が重要。
- 過保護と水素脆性: 過度な陰極化により水素発生が増えると水素脆性を生じうる。特に高強度鋼などでは保護レベルの上限に注意。
規格・ガイドライン
設計・施工・試験に関しては国際・国内の規格やガイドラインに従うことが推奨されます。代表的なものにNACE(現AMPP)の標準、ISO 15589-1(陸上パイプラインのカソード防食)、各国のJISや業界基準があります。これらは具体的な測定手法、判定基準、施工要件を示しており、プロジェクト要求に応じて準拠することが一般的です。
まとめ:設計・運用での実務上のポイント
- 現地調査と土壌特性の把握は設計の基礎。抵抗率測定や近接設備の調査を怠らない。
- 保護基準(電位・偏極)は明確にし、測定手順(オン/オフ/インスタントオフ)を統一する。
- 維持管理体制(定期測定、整流器点検、陽極交換計画)を構築することで長期的な経済性が向上する。
- 迷走電流や交流干渉など周辺環境起因の問題は早期発見と対策が重要。専門家による解析が有効。
参考文献
- AMPP (formerly NACE) - The Association for Materials Protection and Performance
- ISO 15589-1: Petroleum and natural gas industries — Cathodic protection of pipeline transportation systems — Part 1: On-land pipelines
- NACE SP0169 / AMPP Standard — Control of External Corrosion on Underground or Submerged Metallic Piping Systems
- Corrosion Doctors — General corrosion and cathodic protection references
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