建築・土木で使える熱回収システム徹底ガイド:原理・種類・設計と運用のポイント

熱回収システムとは:概要と重要性

熱回収システムは、人が快適に過ごすための空調、給湯、プロセス熱などで失われる熱エネルギーを回収して再利用する技術群です。建築・土木分野では換気や排水、空調排熱、産業プロセスや地下トンネルなどの廃熱が対象となり、回収した熱を暖房、予熱、給湯、床暖房、冷房補助(吸収式冷凍機への入力)などに活用します。省エネルギー(一次エネルギー削減)と運用コスト低減、CO2排出削減の観点から導入が進んでいます。

代表的な熱回収方式と特徴

  • 熱交換器(プレート型、シェル・チューブ型、熱パイプ) — 空気−空気、空気−水、液体−液体の熱交換に用いられ、構造はコンパクトで熱効率や圧力損失が製品ごとに異なる。プレート式は対向流で高効率を得やすい。

  • 全熱交換器(エンタルピ回収器、エンシーブ/エルバイなど) — 顕熱(温度)だけでなく潜熱(湿度)も回収し、換気による室内湿度調整と省エネを同時に行う。業務ビルや病院などで有効。

  • ロータリーヒートホイール(熱回転輪) — 回転するホイールにより熱および(処理がある場合)水分を移動させる。高効率だが汚染空気側との交差汚染対策やシールの管理が重要。

  • ドレイン(水廃熱)回収器 — シャワーや給湯の排水熱を給水の予熱に利用する方式。集合住宅や浴場、厨房で導入効果が高い。

  • 回収熱利用型ヒートポンプ(ヒートリカバリーヒートポンプ) — 排熱を高温側にリフトして再利用する。排熱温度が低い場合でも有効な昇温が可能で、COPの観点から高効率化できる。

  • ランアラウンドコイル(循環水ループ) — 空気流路が分離している場合に、水を媒介にして熱を運ぶ方式。長距離移送が可能だがエネルギー損失と設備コストが発生する。

導入効果の定量化:性能指標と評価方法

熱回収の性能は一般に『有効率(effectiveness, ε)』で表され、回収される熱量と理論最大回収熱量の比率です。換気熱回収では換気負荷の削減率として表すことが多く、製品により0.3〜0.9程度の範囲になります。熱回収は設備の年間稼働時間、外気温・室内温度差、風量、圧力損失によるファン消費電力増加などを考慮してエネルギー収支を行う必要があります。

設計評価にはNTU法や熱交換器の対流熱伝達式を用い、シミュレーションでは時刻別負荷を入れて年間一次エネルギー削減量、運転コスト削減、投資回収年数を算定します。再生可能エネルギーや低炭素エネルギー政策の下ではCO2削減効果も重要な評価項目です。

設計上のポイントと配置検討

  • 空間用途に応じた方式選定:病院やクリーンルーム等では交差汚染防止が最優先で、熱交換器分断型や熱リカバリーを用いる。住宅やオフィスでは全熱交換器で湿度制御を行うと快適性が向上します。

  • 圧力損失とファン負荷:高効率な熱交換器は一般に圧力損失が大きくなり、ファン電力増加が起きるため、純粋な省エネ効果を計算に含める必要があります。

  • 結露・凍結対策:外気温が低い場合の結露や凍結により性能低下や故障を招く。バイパス、フロスティプロテクション(予熱、予冷)、凍結防止ループ等の設計を行う。

  • 維持管理と点検性:フィルター交換、ドレン排水経路、動く部材(ロータリー)のメンテナンスが容易であること。汚れが熱性能を大きく低下させるため定期清掃計画が必須。

  • 騒音対策と振動:ファンやロータリー部の振動・騒音が周囲に影響する場合、ダンパーや吸音材の検討を行う。

空気品質(IAQ)と衛生面の留意点

換気熱回収は室内空気の一部を扱うため、交差流での有害物質混入やニオイ移行、花粉・病原微生物の移送に注意が必要です。全熱交換器やロータリーホイールでは適切なシール、隔壁、必要に応じたバイパス運転を採用することが重要です。またフィルターの選定(微粒子捕集効率)と定期交換スケジュールを設け、換気回路の逆流防止措置を実装します。病院等高リスク施設では専用の排気経路と回収抑制が求められます。

運用・制御戦略

効果的な熱回収運用には、外気温・湿度、室内負荷、占有状況に合わせた制御が必要です。夜間や有害な外気がある場合はバイパス運転を行い、必要最小限の回収に切り替える。ヒートポンプと組み合わせる場合は、回収熱を優先的に供給してコンプレッサー運転を抑える制御や、ピーク時の蓄熱タンクとの連携で負荷平準化を行うと効率が上がります。

維持管理(O&M):長期的な性能維持のために

  • 定期点検項目:フィルター・ドレンの清掃、熱交換面の汚れ状態確認、シール部の摩耗、モーター・ベアリングの点検。

  • 性能劣化のモニタリング:入口・出口温度差や風量の定期測定で性能低下を早期に検出する。異常時は清掃や部品交換で回復を図る。

  • 保守契約と記録:運転ログ、保守履歴を残し、長期的な運用改善や費用対効果の再評価に役立てる。

経済性と導入判断

導入判断は設備投資(CAPEX)、運転コスト(OPEX)、補助金制度、CO2削減価値を総合して行います。集合住宅やオフィスの換気回収は比較的短期間(数年〜十年程度)で回収できる場合が多く、給湯ドレイン回収は給湯負荷の高い施設で高い費用対効果を示します。補助金や税制優遇が利用できるケースもあるため、導入前に自治体・国の支援制度を確認してください。

構築事例(用途別の具体例)

  • 集合住宅:個別換気ユニットに全熱交換器を組み込み、外気冷房や冬季の暖房負荷を削減。ドレイン熱回収を給湯プレヒートに導入。

  • オフィスビル:中央空調の排気熱を再利用する回路や熱リカバリーヒートポンプを導入し、ピーク時のボイラー負荷を低減。

  • 地下トンネル・地下街:換気により外部へ放出される廃熱を熱交換で取り出し、近隣施設の暖房や温水供給に活用。

  • 工場・プロセス:排ガス、排水、凝縮器排熱などを熱交換器や回収ヒートポンプで回収し、前処理加熱や乾燥工程にフィードバック。

設計・法規のチェックポイント(日本における考え方)

日本では建築物省エネ法や省エネルギー基準などが建築設計に影響します。換気基準(居室の最低換気量)や室内空気品質に関するガイドラインに従いつつ、熱回収設備の性能を示す資料を設計図書に含めることが重要です。医療施設や食品加工施設など特定用途では追加の衛生基準や排気処理要件が適用されるため、早期に関係法令を確認してください。

導入時のチェックリスト

  • 対象となる廃熱の温度・流量・周期性を把握しているか

  • 回収熱の用途(暖房・給湯・プロセス)を明確にし、回収先の受け入れ温度条件が合致しているか

  • 気密性・配管経路・設置スペース・保守スペースを確保しているか

  • 圧力損失や騒音、交差汚染リスクに対する対策を設計に反映しているか

  • ランニングコストや設備耐用年数、保守体制を評価しているか

まとめ:導入成功のための要点

熱回収システムは、適切に選定・設計・運用すれば建築・土木分野で大きな省エネルギー効果とコスト削減をもたらします。ただし、単に高効率機器を選ぶだけでなく、現場の負荷特性、換気・給排水の動態、衛生要件、維持管理体制を総合的に検討することが成功の鍵です。解析・シミュレーションによる事前評価と、導入後の性能モニタリング・保守計画を必ず組み込んでください。

参考文献