溶接焼けの原因・影響と対策完全ガイド:防止・除去・評価法を徹底解説
はじめに
溶接焼け(weld discoloration)は、溶接や熱処理によって母材表面や熱影響部(HAZ: Heat Affected Zone)に生じる変色や酸化皮膜を指します。見た目の問題にとどまらず、耐食性や機械的特性に影響を及ぼすため、建築・土木の現場や製造現場では適切な評価と処理が求められます。本稿では、発生メカニズム、金属別の特性、評価法、予防策、除去・修正方法、実務上の注意点までを詳しく解説します。
溶接焼けの定義と一般的な現象
溶接焼けは、溶接部の高温により金属表面が酸化して生じる色相の変化(藍色、黄色、茶色、黒など)を指します。色は表面に形成された酸化膜の厚さや組成によって決まり、光学的干渉や酸化物の種類が関与します。ステンレス鋼では、Cr含有量の低下(脱クロム)が局所的に起きると耐食性の劣化(感応化や孔食のリスク増大)につながります。
発生メカニズム(基礎金属学的視点)
- 酸化反応:高温領域では金属表面が大気中の酸素と反応して酸化物を生成します。温度と露出時間が酸化膜の厚さを決めます。
- 拡散現象:特にステンレス鋼では、450〜850℃の範囲で炭素とクロムが結びつきクロム炭化物(Cr23C6など)が粒界に析出し、周辺のクロム濃度が低下(脱クロム)して感応化(sensitization)を引き起こします。
- 化学的汚染:硫黄・塩素・窒素などの残留物やフラックスの不純物が酸化を促進する場合があります。
- 酸素遮蔽不足:溶接時の遮蔽ガスの不適切、または溶接フラックスの管理不備が酸化を助長します。
材料別の特徴とリスク
- ステンレス鋼:最も問題となりやすい。溶接焼けで脱クロムが起きると耐食性が低下し、再パッシベーションや酸洗・電解研磨が必要になることが多い。感応化温度域はおおむね450〜850℃。
- 炭素鋼・低合金鋼:表面酸化により見た目や接触面の導電性が劣化する。深刻な場合は酸化物層下での脱炭化や脆化が起こることもある。溶接残留応力と相まって割れや疲労特性に影響する。
- アルミニウム合金:アルミ皮膜は酸化が速く薄膜であるため色合いは出にくいが、溶接焼けによって酸化膜が局所的に増厚し、接合部の電気的・化学的特性に影響する。
色相と酸化膜の関係(目視による判別)
目視での色は酸化膜厚に依存します。一般的に薄い酸化膜は黄色〜藍色、厚くなると茶色〜黒となります。ただし色だけで耐食性の劣化度合いを正確に判定することはできません。特にステンレスでは薄い藍色でも脱クロムが進行している場合があるため、化学的評価や表面分析が重要です。
溶接焼けが及ぼす影響
- 耐食性低下:特にステンレス鋼で問題。脱クロムや感応化により孔食や粒界腐食の発生リスクが上がります。
- 機械的性質の変化:高温に晒された領域の硬さ変化や脆化、残留応力の発生により疲労寿命が低下する場合があります。
- 溶接接合の信頼性低下:母材との結合状態に不均一が生じ、強度や割れ抵抗に影響する可能性がある。
- 美観・機能面の問題:外装や建具など外観が重要な部材では製品価値を下げます。接触面では電導性や接触抵抗にも影響。
評価・検査方法
- 目視検査:色や範囲を確認。簡易で現場適用性が高いが定量性は低い。
- 顕微鏡観察:光学顕微鏡でHAZや粒界析出を確認。金属組織の変化を評価。
- 化学分析:EDXやAESなどの表面分析でクロム含有量や酸化物組成を定量できる。
- 硬さ測定:ロックウェルやビッカース硬さで熱影響部の硬さ変化を調べる。
- 塩水噴霧試験・電気化学試験:耐食性の評価に有効(加速試験)。
- カラーゲージ・比色カード:現場での目安として用いられることがある(ただし限定的)。
防止策(設計・施工段階)
- 適切な溶接手順(WPS)の作成:熱入力管理、溶接速度、ビード重ね順などを明確化する。
- 遮蔽ガスとガスフローの最適化:ステンレスでは不活性ガス(アルゴン等)やリアークガスの管理が重要。
- 端部保護・逆面遮蔽:裏側の酸化を防ぐためにバックシールドを用いる。
- 低スパッタ・低酸化の溶接ワイヤ・フィラーの選定:フラックスレスや低不純物の材料を選ぶ。
- 事前清浄化:油脂・塩分・汚れを除去することで酸化促進因子を低減する。
- 適切なルート(多工程溶接の順序)とインターパス温度管理:繰り返し加熱で過度な感応化を避ける。
溶接焼けの除去・修復方法
- 機械的処理
- 研磨・グラインディング:表面酸化膜を削り取る最も一般的な方法。表面粗さと熱影響を考慮して段階的に行う。
- ショットブラスト:均一な除去が可能だが、下地のダメージに注意。
- 化学的処理
- 酸洗・ピッキング:ニトリック酸やフッ化物を含む薬液で酸化膜とスケールを溶解除去。ステンレスでは脱クロム部分を除去し再パッシブ化を促す。HFを含む薬液は危険性が高いため専門業者の実施が望ましい。
- シトリック酸などを用いた低環境負荷のパッシベーション処理:硝酸より安全性の高い選択肢として利用されることが増えています。
- 電解研磨(Electropolishing):微細な表面改質と酸化物除去、再パッシベーションが可能。仕上げ面が光沢化するメリット。
- 熱処理
- PWHT(溶接後熱処理):残留応力低減や組織回復が目的。ただしステンレスの感応化状態を完全に戻すには適切な温度管理が必要で、単純な加熱で改善しない場合もある。
- 中和と再パッシベーション:酸洗後は中和処理およびパッシベーションを行って再防食層を形成する。
実務上のポイントと注意点
- 安全管理:酸洗剤やフッ化物は非常に危険。保護具・換気・廃液処理を徹底する。HF中毒は致命的になり得るため特別な訓練が必要です。
- 環境配慮:化学処理廃液は適切に処理・中和して排出する。可能なら低毒性薬剤や機械的方法の併用を検討する。
- トレーサビリティ:処理工程や溶接条件、試験結果を記録して品質管理を行う。将来の腐食解析や保証に備える。
- 仕様書・規格の参照:ステンレスのパッシベーションや酸洗についてはASTMやISO、日本工業規格(JIS)などの規定に従うことが望ましい。
まとめ
溶接焼けは単なる見た目の問題にとどまらず、耐食性低下や機械的特性への悪影響を通じて構造物の長期信頼性に影響します。材料特性に応じた予防(遮蔽ガス、溶接手順、清浄化)、適切な評価(顕微鏡・化学分析)、そして必要に応じた除去・再パッシベーション(機械的、化学的、電解処理)の組合せが有効です。特にステンレス鋼では脱クロムや感応化が重要課題となるため、施工前後の表面管理と試験を確実に実施してください。
参考文献
TWI - Welding discolouration: causes and remedies
ASM International - Materials information
NACE International - Corrosion resources
ASTM A967 - Standard Practice for Chemical Passivation Treatments for Stainless Steel Parts
Lincoln Electric - Weld Discoloration (説明と対策)


