冷凍機油の基礎と実務ガイド:種類・特性・選定・保守・トラブル対策
はじめに:冷凍機油とは何か
冷凍機油(冷媒油・圧縮機油)は、冷凍・空調設備の圧縮機に用いられる潤滑油で、潤滑・密封・冷却・防錆などの役割を担います。冷媒とともに循環するため、一般の機械潤滑油と比べて冷媒との相溶性や化学安定性、吸湿性など特有の要求性能があります。本コラムでは、種類と特性、選び方、現場での管理・トラブル対策まで実務に役立つ観点から詳しく解説します。
冷凍機油の種類と用途
代表的な冷凍機油は大きく分けて以下の種類があります。
- 鉱物油(Mineral Oil):歴史的に幅広く使用され、特にLPGやCFC(R-12等)、HCFC(R-22等)時代に一般的でした。低コストで安定性は良好ですが、HFC冷媒(R-134aなど)とは相溶性が低い場合があります。
- アルキルベンゼン系油(Alkylbenzene, AB):熱安定性や溶解性に優れ、特定の用途で採用されます。高温での酸化安定性が高いのが特徴です。
- ポリオールエステル(Polyol Ester, POE):HFC冷媒や一部HFO冷媒と組み合わせて使われる合成油の代表。冷媒との相溶性が良く、低温でも流動性に優れますが、吸湿性(吸水性=親水性)が高く、水分を吸うと酸を生成しやすいため管理が重要です。
- ポリアルキレングリコール(Polyalkylene Glycol, PAG):主に自動車用エアコン(R-134a)などで用いられることがある合成油。極性が高く吸水性があります。用途は限定的で、材料との互換性に注意が必要です。
- ポリアルファオレフィン(PAO)やその他合成油:耐熱性・酸化安定性に優れますが、冷媒との相溶性やコスト面での制約があり、用途に応じて選定されます。
主要物性と試験項目
冷凍機油を評価する際に注目すべき主要な物性と、現場での試験項目は以下のとおりです。
- 粘度(Kinematic viscosity @40℃等、ASTM D445等): 圧縮機の潤滑・油膜形成に直結する重要指標。ISO VG(例:32、46、68)がよく使われます。
- 粘度指数(Viscosity Index): 温度変化に対する粘度の変化度合い。
- 流動点(Pour Point、ASTM D97): 低温での流動性を示し、低温運転時の油戻りに影響します。
- 引火点(Flash Point): 安全性評価に用いる。
- 酸価(Acid Number/TAN、ASTM D974等): 油中の酸化生成物や酸の指標。増加は腐食やゴム部品劣化の兆候。
- 水分(Karl Fischer法、ASTM D6304等): 特にPOEは吸湿性が高く、水分が多いと加速的に酸化・加水分解を引き起こします。
- 発泡(Foam Test、ASTM D892等): フォーミングが多いと油分離性や潤滑性能に問題を生じます。
- 汚染物・粒子(粒子カウント): 圧縮機・膨張弁等の保護のために重要。
冷媒との相溶性・互換性が重要な理由
冷凍機油は冷媒とともに循環するため、冷媒との相溶性(miscibility)や化学的互換性が設計上の大きなポイントです。相溶性が高ければ油は冷媒に溶けて循環しやすく、これが適切な油返り(oil return)を実現しますが、過度の溶解は油がコンデンサ等に滞留しにくくなる場合もあります。一方、相溶性が低すぎると油分離が起きて圧縮機に戻らず“オイルロギング(oil logging)”や潤滑不良を招きます。
また、特にPOEやPAGは親水性が高く空気中の水分を吸収しやすいため、吸湿による酸の生成、金属腐食、フィルタ詰まり、潤滑不良などのリスクが増大します。冷媒切替時(例:鉱物油からPOEへ)は完全なフラッシュ・オイル交換が推奨されるのはこのためです。
選定のポイント(設計者・保守担当向け)
冷凍機油を選ぶ際の実務的ポイントは以下のとおりです。
- 使用冷媒に適合していること:冷媒毎に推奨される油種があるため、メーカーや冷媒供給元の指針を優先。
- 運転温度域と粘度:運転条件(低温かつ高負荷か)によりISO VGを選定。低温始動性と高温での油膜保持の両立を検討。
- 吸湿性と管理レベル:POE等吸湿性が高い油を選ぶ場合は、乾燥空気の管理や水分監視、脱水・分離設備が必要。
- 材料互換性:シール、ホース、塗装材、接着剤等との相性。POEは一部エラストマーを脆化・膨潤させる場合があるため、メーカー確認が必須。
- 廃棄・安全性・コスト:合成油は高価だが性能面での利点がある。廃棄処理や取り扱い上の注意も評価する。
現場での維持管理とモニタリング
冷凍機油の健康状態を保つためには定期的な油分析と運転監視が欠かせません。推奨項目は以下です。
- 定期油分析:粘度、酸価(TAN)、水分、摩耗粒子(鉄など)、汚染物の測定。
- 水分管理:POE系では特にKarl Fischer法によるppm管理が望ましい。しきい値は油種や機器によるが、POEでの過度な水分上昇は避ける。
- 油分離器・油返り装置の点検:油分離器の効率低下は油戻り不良を引き起こす。
- 冷媒ロスや異常音の監視:オイルポンプや圧縮機の状態変化は油関連トラブルの早期兆候。
- フィルタ・ストレーナの定期清掃:スラッジや酸化生成物の蓄積を防ぐ。
代表的トラブルと対策
以下は現場でよく見られるトラブルとその対処法です。
- オイル不足・潤滑不良:油量低下は圧縮機焼き付きにつながります。油面計や油圧監視で早期発見し、適切な種類・粘度の油を補充する。油の種類が不明な場合は混入を避け、完全交換を検討。
- オイルロギング(油の滞留):蒸発器や配管内で油が溜まり、冷却性能低下を招く。パイピングの傾斜・油ドレイン・油リターン経路の見直し、油分離器の設置・点検が必要。
- 酸価上昇(AN/TAN増加):油の酸化や水分の加水分解で発生。酸化分解物は腐食や弁・シールの劣化を招くため、酸価上昇時は油交換、フィルタ交換、システム乾燥が必要。
- 水分混入:POE等は吸水で劣化が早まる。ドライフィルタや脱水器、真空ドライ時の徹底、湿度管理が有効。
- ゴム・シールの劣化:油の種類変更や劣化生成物でシールが硬化・膨潤することがある。交換部品は互換性確認の上で選定する。
冷媒切替・レトロフィット時の注意点
冷媒を変更する際(例:R22からHFC等へ)は油の全面的な見直しが必要です。古い鉱物油が残ったままだと新しい冷媒と相溶しないケースがあり、部分的な混合が続くと冷媒性状や潤滑に悪影響を及ぼします。改修時は完全フラッシング、油交換、フィルタ交換、場合によってはコンプレッサのオーバーホールを行うことが推奨されます。メーカーのレトロフィットガイドラインに従ってください。
取扱い・廃棄・安全上の留意点
合成油は一般的に毒性は低いものの、取り扱い時には皮膚防護や皮膚接触後の洗浄を行ってください。廃油は産業廃棄物扱いとなり、規制に従って適切に処理する必要があります。吸湿したPOE油は酸を生成して腐食性が増す場合があるため、長期保管や開封後の管理は乾燥した場所で密閉保管を行ってください。
まとめ:設計と維持管理で長寿命化を
冷凍機油は「目に見えないが重要」な要素です。適切な油種の選定、冷媒との相性確認、定期的な油分析と水分管理、油返り機構の設計・点検が、圧縮機の信頼性と省エネルギー性を左右します。レトロフィットやトラブル対応時はメーカーの技術資料や専門家の助言を仰ぎ、安易な混合や代替を避けることが肝要です。
参考文献
- Emerson Climate Technologies(潤滑油・冷媒に関する技術情報)
- Danfoss(冷凍機油・冷媒に関する技術記事)
- IIAR(Industrial Refrigeration)技術資料・ガイドライン
- ExxonMobil(潤滑油の技術資料)
- Honeywell(冷媒・潤滑に関する技術資料)
- ASTM International(潤滑油試験規格)
- ASHRAE Handbook — Refrigeration(参考文献、設計指針)


