瀝青安定処理層とは?構造・施工・設計・維持管理の実務ガイド
はじめに:瀝青安定処理層の定義と役割
瀝青安定処理層(れきちょうあんていしょりそう、以下“瀝青安定層”)は、舗装構成のうち下位に位置する安定化層で、土質材料や骨材に瀝青(アスファルト)を混合または添加して力学的性状や耐水性を向上させた層を指します。一般に、舗装の荷重分散性、耐久性、排水性の改善、凍結融解や乾燥変形の抑制を目的として用いられます。道路、駐車場、工場用地など、幅広い用途で既存の地盤改良や基層の代替として採用されます。
種類と材料
瀝青安定層は、使用する瀝青の形態や施工方法により大きく分けると次のようになります。
- 加熱混合(ホットミックス)によるアスファルト安定層:アスファルト混合物(熱可塑性)を加熱して骨材と混合し、舗設・転圧して形成する。高温での作業が必要だが高い強度を得られる。
- 乳化アスファルトや改質アスファルトを用いたコールドミックス(冷合)による安定化:乳化アスファルトやカットバックを用いて土や骨材と混合し、現場で締固めて施工する。低温で施工可能で環境負荷が比較的低い。
- 発泡アスファルト(Foamed Asphalt)を用いた安定化:高温のアスファルトに微量の水を加えて発泡させ、これを土質材料と混合することで低温での安定化を実現する方法。改良効果と施工性のバランスが良い。
瀝青の種類としては、原油由来の常温アスファルトのほか、エマルション(乳化瀝青)、発泡アスファルト、改質アスファルト(ポリマー改質等)が用いられます。骨材は一般的な砕石や砂利、既存の道路材(RAP:再生アスファルト混合物)や土質材料を用いることができます。
目的・メリット
- 強度と剛性の向上:瀝青と結合した骨材・土が荷重を分散し、路盤破壊や永久変形(わだち掘れ)を抑制する。
- 耐水性・耐凍害性の向上:アスファルトが粒子間の空隙をシールし、水の浸入を低減することで凍結融解や剥離のリスクを減少させる。
- 施工性の向上と工期短縮:既存材料の再利用や現場混合で、搬入材料を減らし工期やコストを抑えられる場合がある。
- 環境面での利点:RAPの再利用、冷合の採用によるCO2排出削減、廃棄物の低減など。
設計上の考え方
瀝青安定層の設計では、道路構造全体の一部として以下の点を総合的に判断します。
- 設計荷重・交通量(PCU、車種別交通量)に応じた必要な強度・厚さ
- 使用材料の強度特性(間接引張強度、弾性係数、CBR改善率など)
- 地盤や下部構造の条件(含水比、凍結深度、締固め条件)
- 環境条件(降雨、温度変化、凍害の有無)
- 経済性(資材コスト、施工工法、将来の維持管理計画)
具体的な設計パラメータとしては、間接引張強度(ITS)、反復載荷に対する弾性係数(Resilient Modulus)、CBRの向上量、圧密強度や締固め目標密度などが用いられます。厚さの決定は、必要支持力と使用する材料の設計弾性係数に基づき行います。
施工プロセス(一般的な流れ)
- 既存地盤または既設路面の調査・整正:施工前に地盤の状態、含水比、有機物含有量などを確認し、必要に応じて掘削・入替を行う。
- 材料の選定と配合設計:骨材の粒度、瀝青含有量、乳化剤や添加材(ライム、セメント、石灰石粉など)の必要性を配合試験で決定する。
- 混合:現場攪拌(インプレイス)またはプラントでの混合。ホットミックスの場合は加熱混合後に搬送、冷合や発泡アスファルトは現場混合が一般的。
- 舗設・締固め:適切な温度と含水状態で転圧を行い、設計密度を確保する。締固め順序や機械の選定(タンパ/平板コンパクタ等)が品質に影響する。
- 養生・開放:乳化アスファルトや冷合は硬化(乳化破乳・水分散失)時間が必要。交通開放は所定の強度が得られた後に行う。
品質管理と試験
施工中および施工後の品質管理は長寿命化のために不可欠です。代表的な試験と管理項目は以下の通りです。
- 原材料試験:瀝青の基本性状(比重、軟化点、粘度、乳化性状)、骨材の粒度、吸水量、硬度等。
- 配合試験:最適瀝青含有量、最大密度、空隙率、Marshall試験や圧縮強度試験での評価。
- 現場密度管理:締固め後の乾燥密度や相対密度の確認。
- 力学試験:間接引張強度(ITS)、反復載荷試験、透水試験、凍融試験など。
- 施工管理:温度管理(ホットミックス)、混合均一性、締固め回数、養生期間の確認。
典型的な劣化と対策
瀝青安定層でも時間経過や環境・荷重の影響で劣化は避けられません。代表的な劣化とその対策は以下の通りです。
- わだち掘れ(永久変形):設計強度不足や締固め不良が原因。対策は厚さ増加、材料改良(ポリマー改質等)、重ね舗装やミル&インレース。
- ひび割れ(疲労亀裂・乾燥ひび):低温脆性や繰返し曲げで発生。ひび割れ密封や表層のひび割れ補修、下地強化として多層化。
- 剥落・剥離(ストリッピング):水と応力で瀝青が骨材から剥がれる現象。材料選定(親水性骨材の表面処理)、適正濃度の乳化剤、排水対策が有効。
- 酸化・硬化:長期間の露出でアスファルトが酸化し硬化する。保護層(シーラント、表面処理)による酸化抑制。
維持管理と補修手法
寿命延伸のためには継続的な点検と適切な補修が重要です。軽微な損傷は以下のような維持管理で対応できます。
- ひび割れ(クラック)シーリング:早期に処置することで水の浸入を防ぎ、剥離や凍害を防止。
- 表面処理(シールコート、マイクロサーフェシング):酸化防止と滑走性確保。
- 部分補修:局所的に劣化した部分を切削・入替えし再度舗設。
- 重ね舗装(オーバーレイ):基層が健全であれば薄い表層を追加し延命。
環境・安全面の配慮
施工時の温室効果ガスや溶剤の揮発、作業者の安全に配慮する必要があります。冷合技術や発泡アスファルトは高温加熱を避けられ、CO2や揮発性有機化合物(VOC)の低減に寄与します。またRAPの活用は資源循環の観点で有益です。ただし、RAP使用時は古いバインダーの状態や汚染物質の有無を確認する必要があります。
設計・施工上の留意点(実務的ポイント)
- 含水比管理:冷合・発泡方式では含水比が性能に直結するため、現場での水管理が重要。
- 攪拌の均一性確保:不均一混合は局所的な強度不足を招くため、混合機の能力と速度を適切に設定する。
- 養生期間の設定:乳化アスファルト等は所定の破乳・硬化時間が必要。交通再開は強度確認後に行う。
- 凍害対策:寒冷地では凍結深度や融雪剤の影響を考慮した設計厚さ・排水設計を行う。
- 長期維持を見据えた仕様:初期コストだけでなく、将来の補修しやすさ、RAPの再利用計画などを織り込む。
まとめ:導入判断のためのチェックリスト
- 現場材料(骨材・土)の性状は安定化に適しているか?(有機物、高塑性粘土は注意)
- 設計トラフィックや用途に対して必要な強度・剛性が確保できるか?
- 施工環境(気温、施工可能時間、騒音・臭気規制)は工法に適合するか?
- 長期維持管理計画、資源循環(RAP利用)、環境影響を勘案して工法を選定しているか?
- 実績・技術者の施工経験、品質管理体制は十分か?
参考文献
- 国土交通省(MLIT)公式サイト — 舗装や道路管理に関するガイドラインや技術資料。
- Federal Highway Administration (FHWA) — アスファルト安定化や土質安定化に関する技術資料(英語)。
- Pavement Interactive — 舗装材料・設計・施工に関する解説(英語)。
- 一般社団法人 日本道路協会(JRA) — 道路構造・舗装に関する技術基準や出版物。
- J-STAGE(学術論文データベース) — 日本語の舗装・土木分野の研究論文を検索可能。


