水撃現象(ウォーターハンマー)とは──原因・物理・計算式・現場対策を徹底解説

はじめに

配管やポンプ設備における「水撃現象(ウォーターハンマー)」は、短時間に発生する圧力変動が配管や継手、弁、機器に大きな被害をもたらすため、建築・土木・設備設計の現場で非常に重要なテーマです。本稿では、水撃現象の基本原理、発生要因、代表的な計算式、実務での評価手法、対策・設計上の注意点、そして監視・保守までを体系的に解説します。

水撃現象の定義と典型的な発生ケース

水撃現象とは、流体の速度が急変したときに生じる圧力波(衝撃波)が配管内を伝播し、瞬間的に高圧や低圧を発生させる現象を指します。典型的な発生ケースは次の通りです。

  • 弁の急閉(手動・自動)や急開による流速の急変
  • ポンプの急停止や非常停止(トリップ)による流速低下
  • 急な流量変化や配水源の突発的変化
  • 配管内に存在する空気が壊れる・分離することによるコラムセパレーション(空気の挟み込み)

これらにより配管内に生じる圧力が設計想定を超えると、溶接部・継手の破損、配管破裂、機器の故障や支持構造への損傷を引き起こします。

物理的メカニズム(波の伝播と圧力増幅)

水撃の基礎は、流速変化により生じる圧力波の伝播です。最もよく知られた近似式がジョウコフスキー(Joukowsky)式で、瞬間的な速度変化 Δv に対する圧力変化 Δp を次のように表します。

Δp = ρ a Δv

ここで ρ は流体の密度、a は波速(音速に類似した伝播速度)です。波速 a は配管材料の弾性や流体の圧縮性に依存し、管径 D、肉厚 e、流体の体積弾性係数 K、材料のヤング率 E を用いて次のように近似されます。

a ≈ sqrt( (K / ρ) / (1 + (K * D) / (E * e) ) )

水の体積弾性係数 K は約2.0〜2.2×10^9 Pa、ρ は約1000 kg/m3、鋼管の E は約2.0×10^11 Pa です。これらの値と管厚により、実用配管の波速は概ね 800〜1400 m/s 程度となることが多く、Δv が大きいほど Δp が大きくなります。

また現実には完全な瞬時変化は存在せず、弁の閉止時間やポンプの減速時間、配管長に応じた反射(開放端や閉塞端での反射)・干渉により複雑な圧力履歴が得られます。特に配管内で圧力が蒸気圧(蒸発圧)まで低下すると気穴(空気分離)が発生し、再び圧力が回復する際のキャビテーション崩壊で極めて高い圧力スパイクが発生するため危険性が増します。

実務上の影響と典型的な被害

水撃が引き起こす実務上の影響は多岐に渡ります。主なものは以下の通りです。

  • 配管破裂・継手の漏洩
  • 弁やポンプの損傷(揺動・シール損傷)
  • 支持構造・アンカーの疲労増大や破壊
  • 水道設備では配水塔や配水管の破損、施設停止によるサービス停止

特に地下埋設配管や長距離送水管では波の反射回数が増え、意外な位置での高圧発生や低圧による空気の取り込みが問題となります。

解析手法と設計計算

水撃現象の解析は、簡便な概算から精密な時間領域解析まで段階があります。

  • 概算:ジョウコフスキー式に基づく最大圧力の見積もり(Δp = ρ a Δv)
  • 波速の評価:配管材料・寸法から a を算出
  • 時間領域解析:特に弁の開閉時間やポンプの停止過程を考慮するため、Method of Characteristics(MOC)などの数値手法で管内の時間・空間分布を解析
  • 非線形現象の取り扱い:空気の圧縮、気泡の挙動、弾塑性挙動、弁の動的特性などを含めたモデル化

実務では MOC を用いた解析を行うことが多く、このための専用ソフトが用いられます(後述)。解析時には境界条件(末端の開放・閉塞、貯水槽の挙動、弁の時間履歴、ポンプの特性)を現実的に設定することが重要です。

代表的な対策・設計上の工夫

設計段階および既設設備に対する対策は、発生源の抑制と伝播の緩和に分けられます。

  • 弁操作の見直し:急閉を避けるために弁の閉止時間を制御する(電動弁のソフトクローズ等)
  • ポンプ制御:ポンプの非常停止を避ける、インバータ制御で漸減停止する、並列運転で負荷分散する
  • サージアレスト(水撃吸収器)・水撃緩衝装置の設置:空気室型やスプリング式、ダイアフラム型などの水撃吸収器で圧力振幅を減衰させる
  • サージタンク(サージ槽):開放型または圧力型で瞬時の余剰流量を逃がす
  • エアベント・エアリリーフ:配管高点に自動空気弁を設けて気体を適切に排出・導入し、コラムセパレーションを防ぐ
  • バイパスラインや緩衝配管:流路を迂回させることで流速変化を緩やかにする
  • チェック弁の選択:逆流遮断時の衝撃を避けるため、スムーズな閉止特性を持つタイプを選定
  • 配管支持とダンピング:配管の固有振動を抑える支持設計やダンピング材の導入

重要なのは、単一の対策でなく複合的な手段を設計段階で検討することです。特に長距離送水や高圧系ではサージタンクと制御弁の組合せが有効です。

現場での監視・診断

運転中の水撃リスクを抑えるには監視が有効です。代表的手法は次の通りです。

  • 圧力トランスデューサによる高頻度サンプリング(数 kHz 〜 数百 Hz)で高周波成分を検出
  • 加速度センサや振動監視による設備側の応答検出
  • 波形解析(フーリエ解析・ウェーブレット解析)による異常検出
  • 定期的な目視点検と空気弁・サージ装置の機能試験

収集した圧力波形は、解析ソフトによる再現と組合せて原因究明や対策効果の評価に用います。

解析ソフトウェアと現場での適用例

実務では専用ソフトを用いることが一般的です。代表的なものには以下があります。

  • Bentley HAMMER:配水・送水ネットワークの水撃解析に広く用いられる商用ソフト
  • AFT Impulse:配管系の非定常解析に特化したソフト
  • EPANET とその拡張ツール:給水ネットワーク解析(拡張で過渡解析が可能)
  • 独自の MOC 実装コード:研究・特殊設計で利用

これらのツールを用いて、弁操作やポンプトリップ時の圧力履歴、サージタンクの挙動、コラムセパレーションの発生条件などをシミュレーションし、設計最適化や緊急時対応手順の作成に役立てます。

設計者・現場技術者への実践チェックリスト

  • 重要配管の最大想定圧力を常に確認し、材料と継手の許容圧力余裕を確保する
  • 弁の閉止時間やポンプ制御方法を設計段階で明確化し、ソフトクローズ等を検討する
  • 配管高点に空気弁を設け、気体の適切な排出・導入を確保する
  • 既設配管に対しては圧力波形の測定を行い、異常波形があれば原因解析を実施する
  • 計画的な保守(弁・空気弁・サージ装置の機能確認)と異常時対応フローを整備する

まとめ

水撃現象は単なる理論問題ではなく、適切に管理されないと重大な事故につながる現場リスクです。ジョウコフスキー式などの基礎理解に加え、MOC 等を用いた時間領域解析、弁・ポンプの運転方法の最適化、サージ制御装置の導入、監視システムによる早期検出といった多面的な対策が求められます。設計段階からのリスク評価と、運転・保守を含めた総合的な対策が、配管設備の安全で長寿命な運用を支えます。

参考文献