無収縮モルタル完全ガイド:原理・種類・施工・品質管理とトラブル対策
はじめに — 無収縮モルタルとは何か
無収縮モルタルは、硬化後に体積がほとんど縮まらない、または若干膨張するように設計されたセメント系モルタル(グラウト)の総称です。コンクリートや基礎と接する部材の充填、鋼製アンカーボルトや機械基礎の据え付け、プレキャスト継目充填、構造物補修など、発生する微小な収縮が接触面の隙間や応力集中を招くことを避けたい用途で用いられます。
基本的な原理と膨張機構
無収縮性は主に「初期膨張」を生む添加物や配合設計によって実現されます。代表的な膨張機構は次の通りです。
- 化学的膨張:カルシウム・アルミネート系(CSA: calcium sulfoaluminate)やジェラネイト反応で生成される生成物が硬化過程で体積を増やす。
- 酸化マグネシウム(活性MgO)による膨張:MgOが水和してMg(OH)2を作ることで膨張応力を生む。ただし水和速度は温度や粒度に依存するため設計注意が必要。
- 物理的膨張(抱水性材料):一部製品では微細な膨張性システム(微細気泡制御や膨潤性ポリマー)を併用。
これらを適切に組み合わせ、早期の収縮(乾燥収縮や塑性収縮)を打ち消すことで「無収縮性」を達成します。
製品の分類(用途と主材料別)
無収縮モルタルは大きく分けて以下のタイプがあります。
- セメント系(粉末)無収縮モルタル:一般的な製品。膨張剤、減水剤、流動化剤などを所定配合で粉末化したもの。現場で水を加えて施工する。
- プレミックス・パック製品:高品質の均一な配合を工場で管理したもの。現場でのばらつきを低減。
- ポリマー修繕用モルタル:レジンなどポリマーを含み、接着性や耐久性を高めたタイプ(単独で膨張機構を持つものと、セメント系にポリマーを混合したものがある)。
- 注入用微細グラウト:浸透性を高めた微粒子系で、割れ目の注入や隙間充填に使う。
代表的な性能指標
無収縮モルタルを選定・管理する際に重要となる性能指標は以下です。
- 線膨張(または線収縮の打ち消し):硬化中の変位。一般には微小な正の膨張を示す設計が多く、製品により異なる。
- 圧縮強度:設計荷重を負担するための強度。早期強度(1日、3日、7日)や28日強度が重要。
- 作業性(フロー・ワーカビリティ):充填時の流動性。流動化のために高性能減水剤(PCE等)が用いられる。
- 出水・分離(ブリーディング/セグリゲーション):沈降や水分分離が発生すると接着欠損の原因となる。
- 耐久性(凍結融解、化学耐食性、アルカリ骨材反応抑制など):使用環境に応じた耐久性設計が必要。
設計上の注意点と実務的な配慮
無収縮モルタルは「無条件で寸法を保つ」わけではなく、設計・施工での注意が不可欠です。代表的な注意点を挙げます。
- 膨張は拘束されると内外応力に変換される:自由膨張を設計して膨張量を確保するが、拘束が強い場合はひび割れや応力集中を招く恐れがある。
- 温度管理:MgO系膨張剤は温度依存性が高く、低温では膨張が遅れる。施工温度域を確認すること。
- 水量・混練:過剰な水は収縮・強度低下を招く。メーカー指定の水量やスランプを守る。
- 締固め:高流動のグラウトでは過度の振動は不要だが、充填中の横方向の空気抜きを確保すること。
施工手順のポイント(現場実務)
一般的な施工手順の流れと要点は次のとおりです。
- 下地処理:油やゴミを除去し、必要に応じて水洗・ブラッシング。鋼材は防錆油を除去し、必要ならプライマー処理。
- 型枠・側壁のシール:漏出防止のため、型枠や母材との接触部を適切にシール。
- プレウェット:吸水性が高い基材は事前に湿潤状態を確保(ただし過飽和は不可)。
- 混練:清潔な撹拌機でメーカーの指示通りに。投入順序(先に水、次に粉体など)を守る製品が多い。
- 注入・打込み:一方から静かに注入し、空気を抜きながら進める。複数箇所からの注入やベントを設ける。
- 養生:初期乾燥を防ぐため、適切な被覆や散水を行う。特殊製品は指示された養生時間を厳守。
品質管理と試験
現場での品質管理は性能確保の要です。一般的な試験項目と留意点は以下の通りです。
- フロー試験:適用範囲内の流動性を確認。充填性の評価。
- 膨張試験:専用の拘束型や指示体積測定で硬化中の線膨張を確認。製品の合否判定や施工条件の確認に有用。
- 圧縮強度試験:サンプルを採取し、メーカーや設計で要求される強度に達しているか確認。
- 外観・接着性確認:剥離や空洞、出水の有無を目視や非破壊検査で確認。
関連する国際規格としては、無収縮グラウトの仕様を定める ASTM C1107(Packaged, Dry, Hydraulic-Cement Grout (Nonshrink))や、コンクリート補修材を扱う EN 1504 系列などがあり、規格や仕様に基づいた評価が推奨されます。
代表的な用途例
用途は幅広く、主なものを挙げます。
- 機械設備のアンカーベースや基礎と機械底面の取合い充填(荷重伝達が直接行われるため高強度が要求される)。
- プレキャストコンクリートの継ぎ目充填・目地材。
- 鋼構造物や橋脚のボルト周りの締結充填。
- 土木構造物の局所補修、欠損部の充填(ポリマー改質品が使われることが多い)。
- ポストテンションの端部グラウト、キャップ材。
トラブル例と対策
現場でよくあるトラブルとその対処法を挙げます。
- 膨張不足(想定より収縮):原因は低温、配合ミス、膨張材の劣化。対策は温度管理、試験練り、製品ロットの確認。
- 過度膨張でひび割れ発生:膨張量の過大設計や拘束条件の誤認。対策は拘束条件の見直し、膨張量を抑えた製品採用。
- 分離・出水:水量過多や撹拌不足。対策は水量管理、適切な混練時間、VMA(粘度改良剤)を含む製品選択。
- 接着不良(剥離):下地汚染、乾燥過多、プライマー不足。対策は下地清掃、湿潤処理、適切な接着促進処理。
環境・安全に関する留意点
無収縮モルタルの取り扱いでは、一般のセメント系材料と同様に以下の点に注意してください。
- 粉じん:吸入を避けるためマスク着用。特に長時間の混練作業での局所排気やPPEが必要。
- 皮膚・眼の保護:セメントアルカリによる皮膚障害のリスク。手袋・保護眼鏡の着用。
- 廃棄:未硬化の残材は硬化させてから処分。地域の廃棄物規則に従う。
選定と仕様書作成のポイント
製品を選定する際は、施工条件(温度、充填厚、拘束条件、期待される荷重)、要求性能(初期・長期膨張、圧縮強度、フロー性、耐久性)、施工上の制約(作業時間、養生方法)を整理し、メーカーの製品データシートと現場の試験結果で整合性を確認してください。仕様書には試験方法、合格基準、検査頻度、養生時間を明確に記載することが重要です。
まとめ(実務上の要点)
無収縮モルタルは適切に設計・施工すれば接合部や基礎充填で大きな効果を発揮しますが、「膨張」を単に期待するだけではトラブルに繋がります。要点は以下です。
- 用途に合った膨張機構と性能を備えた製品を選ぶ。
- 施工温度・水量・混練手順・養生を厳守する。
- 現場試験(試練り、膨張・強度試験)で実際の挙動を確認する。
- 拘束条件や構造的影響を評価し、膨張による副作用を未然に防ぐ。
参考文献
以下は無収縮モルタルの設計・施工・規格に関する参考資料です。詳細な仕様や規格は各文献・規格書にてご確認ください。
- ASTM C1107 – Packaged, Dry, Hydraulic-Cement Grout (Nonshrink)
- EN 1504 系列(コンクリート修復・保護に関する欧州規格の概要)
- Sika:Grouts & Anchors 製品情報(一般的な技術解説)
- Portland Cement Association(ポートランドセメント協会) - Cement and concrete resources
- Japan Society of Civil Engineers(JSCE) — コンクリート・補修に関する技術情報


