アーク溶接の基礎と実務ガイド:建築・土木での技術、品質管理、安全対策
はじめに
アーク溶接は、電気アークによる高温で金属を溶融・接合する方法で、建築・土木分野において鋼構造物、橋梁、配管、土木機械など幅広い分野で不可欠な接合技術です。本コラムでは、アーク溶接の基本原理から各種プロセス、設備と材料、溶接パラメータ、欠陥と対策、品質管理、施工上の留意点、安全衛生、最新の自動化動向までを、実務で役立つ視点も交えて詳しく解説します。
アーク溶接の基本原理
アーク溶接は、電極と母材間に発生する電気アークの熱(数千℃)で母材と溶加材を局所的に溶かし、冷却して一体化する方法です。溶接アークは放電であり、アークの安定性、熱輸送、溶融池の流動、気体環境(保護ガスやフラックス)などが溶接品質に大きく影響します。
代表的なアーク溶接の種類
- 被覆アーク溶接(SMAW):手棒式で現場適応性が高く、被覆材が揮発性や保護成分を供給する。鋼構造での補修や現場溶接に多用。
- ガス金属アーク溶接(GMAW/MIG/MAG):連続ワイヤ供給と外部保護ガスにより高効率・高能率。屋内工場溶接やプレファブに適する。MIGはアルミ用、MAGは炭酸ガスや混合ガスを用いる鉄鋼用。
- ガスタングステンアーク溶接(GTAW/TIG):非消耗性タングステン電極と外部保護ガスを用い、高品質で薄板や特殊合金に適するが技能が必要。
- 粉末被覆アーク溶接(SAW):半自動〜自動で粉末フラックスを用いる埋没アーク。大断面ビードや長尺溶接に有利で高生産性。
- フラックス被覆ワイヤ溶接(FCAW):ワイヤにフラックスを含むタイプで屋外施工にも強い。自動・半自動の両方で使われる。
- その他:プラズマ溶接(PAW)やレーザー・加圧と組合せた溶接など特殊プロセスも用途に応じて利用されます。
装置と材料
溶接機は電源(直流・交流・インバータ式)とワイヤ供給、ガス供給系、トーチやハンドヘルド装置で構成されます。母材と溶加材(電極棒・ワイヤ)は化学成分と機械的性質を合わせる必要があり、鋼用では一般にAWSやJISで規定された電極・ワイヤが用いられます。被覆材やフラックスは溶融池の保護、脱酸素、脱硫、スラグ生成を司ります。
電極・ワイヤ・保護ガスの選定
代表的な例を挙げると、被覆アークではE7018(低水素電極)が構造用鋼で広く使われます。GMAWでは溶接材に合わせたワイヤと保護ガス(CO2単独、Ar-CO2混合、Ar-He混合など)を選びます。アルミニウムではアルゴン系ガスとアルミ用ワイヤ、ステンレスでは不活性ガス+低酸素フラックス等を検討します。材料組成と熱影響部(HAZ)の要求強度・靭性に合わせて溶接金属を選定することが重要です。
熱と金属組織
溶接による熱履歴は溶接部とその近傍の金属組織を変化させ、機械的性質に影響します。熱影響部(HAZ)では焼戻し、粗大化、焼入れなどが起きやすく、特に高張力鋼や低合金鋼では脆化や割れ(冷割れ)に注意が必要です。事前加熱、後熱処理(PWHT)や低水素溶接材料の採用などで制御します。
溶接パラメータと熱入力
溶接品質は電流(I)、電圧(V)、移動速度(S)、極性、溶接姿勢、ビード形状によって決まります。熱入力の目安は次の式で表されます(概念式):
熱入力 Q (kJ/mm) = η × V (V) × I (A) × 60 / (S (mm/min) × 1000)
ここでηはプロセス効率(例:SAW≈0.9、GMAW≈0.8〜0.9、SMAW≈0.6〜0.7、GTAWはプロセス依存で低め)です。熱入力を適切に管理することで、溶け込み、歪み、HAZ特性を制御できます。
溶接欠陥とその対策
- 気孔(porosity):溶融金属中にガスが閉じ込められる。原因は不適切なガス、湿気のある被覆、汚染物、強すぎるスプレーパターン。対策は母材と消耗材の清浄、適切な保護ガス流量・種類、溶接条件の最適化。
- スラグ巻き込み(slag inclusion):スラグが溶接金属に閉じ込められる。原因はインターミディエイトパスでの不充分なスラグ除去や不適切な操作者技術。対策は層間清掃、ビードプロファイルの改善、適正な溶接手順。
- 不足熔込み・不足断面(lack of fusion/penetration):溶接金属が母材に十分に溶け込まない。原因は電流不足、過速移動、不適切な角度。対策は溶接電流・電圧・移動速度の調整、面取りや適切なフィットアップ。
- 割れ(cracking):冷割れ(ハイドロゲン誘起)や熱割れなどがある。対策は低水素材料、事前加熱・後熱処理、適切な溶接シーケンス、材料の化学成分管理。
- アンダーカット・ブローオウト:辺縁の母材が侵食される、または大きな溶融穴。対策は電流とビード形状の管理、適切な溶接速度。
品質管理と非破壊検査(NDT)
建築・土木の重要構造物では、外観検査に加え、浸透探傷(PT)、磁粉探傷(MT)、超音波探傷(UT)、放射線透過試験(RT)などが用いられます。各検査は検出できる欠陥の種類が異なるため、対象部位や規格に応じて組合せて実施します。溶接手順書(WPS)、溶接工程試験報告書(PQR)、溶接技能資格(WPQ/資格者管理)による管理も必須です。
溶接手順書(WPS)と認証
WPSは材料、前処理、溶接方式、溶接条件、層間処理、熱処理などの手順を定義します。PQRは実際の溶接試験データを記録し、WPSの妥当性を裏付けます。現場ではWPSに沿った作業が行われているかの管理と、溶接技能者の資格管理が品質を左右します。
施工管理のポイント(建築・土木視点)
- 接合設計に応じた適切な溶接方式と溶加材の選定。
- フィットアップとクリアランス管理:溶け込みやビード形状に直接影響。
- 溶接順序とひずみ管理:段取りや拘束条件で変形を最小化。
- 現場環境への対応:屋外溶接では風や湿気、低温環境がガス保護や被覆品質に影響するため対策が必要。
- ドキュメンテーション:WPS、検査記録、欠陥是正履歴の保存。
安全衛生
アーク光による眼・皮膚障害、溶接ヒュームやガスによる呼吸器リスク、スパッタや高温による火傷、トーチや機器による電気ショックは重大な危険です。適切な個人防護具(遮光面、溶接防護服、耐熱手袋、防じんマスク/吸収式呼吸保護具など)の使用、局所排気(LEV)や換気、可燃物管理、接地・絶縁管理を徹底してください。作業前の安全教育と作業手順の確立も重要です。
自動化・省力化とデジタル化
工場生産ではロボット溶接や自動溶接装置、埋没アークの自動ラインが効率と品質を両立します。現場でも溶接車や半自動機の導入、位置決め治具、外部モニタリング(電流・電圧・温度・ビード画像)による工程管理、IoTを活用したトレーサビリティや溶接ビッグデータによる最適化が進んでいます。自動化は熟練者不足の解消と再現性向上に寄与しますが、プログラム・治具設計と定期保守が不可欠です。
メンテナンスと補修
現場での補修溶接では、既存材料の状態評価(腐食、割れ、残留応力など)を行い、適切な前処理(除錆、グラインディング、プレヒート)を実施します。補修では既設と新設の材質差、熱影響、段差処理に留意し、必要に応じて非破壊検査で確認します。
持続可能性と環境配慮
溶接作業の環境負荷低減として、ヒューム発生の少ないプロセス選定、局所排気と集塵装置の導入、消耗材のリサイクルや廃棄物管理、エネルギー効率の高いインバータ溶接機の採用などが挙げられます。設計段階で溶接量を最適化することもライフサイクルでのCO2削減につながります。
実務的なチェックリスト(現場で使える)
- 溶接前:WPSの確認、消耗材(電極・ワイヤ・ガス)のロット・状態確認、母材清掃、フィットアップ確認。
- 溶接中:電流・電圧・移動速度の記録、層間清掃、熱入力の監視、溶接ビードの外観確認。
- 溶接後:冷却管理(必要に応じた保温)、外観検査、必要箇所のNDT実施、ドキュメント記録。
まとめ
アーク溶接は建築・土木の現場で欠かせない技術であり、品質・安全・コストを両立させるためには、プロセス選定、溶接条件と熱管理、適切な消耗材、技能者の教育と手順書の整備、NDTによる品質担保、そして安全対策が重要です。最近は自動化やデジタル技術の導入で生産性とトレーサビリティが向上しており、これらを現場や工場に適切に取り入れることで、信頼性の高い溶接施工が可能になります。
参考文献
- Arc welding - Wikipedia
- TWI - What is arc welding?
- NIOSH - Welding, Cutting, and Brazing Safety
- OSHA - Welding, Cutting, and Brazing
- Shielded metal arc welding - Wikipedia
- Gas metal arc welding - Wikipedia
- Gas tungsten arc welding - Wikipedia


