建築・土木で使うMAG溶接の技術と実務ガイド:原理・装置・品質管理から施工上の注意点まで
はじめに — MAG溶接とは何か
MAG溶接(Metal Active Gas welding)は、ガス金属アーク溶接の一種で、活性ガス(主に二酸化炭素CO2やアルゴンとCO2の混合ガス)をシールドガスとして用い、消耗電極ワイヤを溶かして溶接継手を形成するプロセスです。建築・土木分野では鋼構造物の製作・据付、橋梁、配管、重機部品などで広く利用されており、生産性と溶加量の高さ、作業の容易さが評価されています。
原理と主要モード
MAGはGMAW(Gas Metal Arc Welding)のうち、酸化反応を伴う活性ガスを用いるタイプです。消耗電極(ソリッドワイヤ)を連続供給し、アークでワイヤ先端を溶かして母材と融合させます。溶接の金属移行モードには主に以下があります。
- 短絡移行(Short-circuiting transfer)— 低電流、薄板や制御されたビードに適する。
- スプレー移行(Spray transfer)— 高電流でスパッタが少なく深い浸透と高溶着効率を得られる(通常は混合ガスでの運用が多い)。
- パルススプレー(Pulsed spray)— パルス化した電流で熱入力を制御し、位置や薄板にも使いやすくする。
装置構成と主要部品
MAG溶接の基本構成は以下の通りです。
- 溶接電源(インバータ式が主流) — 定電流(CC)や定電圧(CV)機能、パルス制御など。
- ワイヤ送給機(フィーダ) — 送給速度精度が品質に影響。
- 溶接トーチ(ガン) — ノズル、コンタクトチップ、ガスディフューザー等。
- シールドガス供給装置 — 圧力計、フローコントローラ。
- アース(接地)クリップ、ケーブル類。
消耗品(ワイヤ・ガス)の選定
消耗品選びは強度、靭性、耐食性に直結します。鋼構造向けには一般的にER70S系相当の溶接ワイヤが用いられ、化学組成やフラックス処方で性質が調整されます。代表的ポイントは:
- ワイヤ径(0.8、1.0、1.2、1.6 mmなど)— 板厚や溶加量、溶接電流に合わせる。
- ガス — 純CO2はコストが低いがスパッタ多め、Ar-CO2混合ガス(例:80%Ar/20%CO2や90/10など)はスプレー移行で安定し、スパッタ低減とビード外観改善に有利。
- フラックス入りワイヤ(FCAW)との比較 — 現場条件や風、屋外作業ではフラックス入りで自己保護性を取る場合もある。
溶接パラメータの理解
主なパラメータは電流(またはワイヤ送給速度)、電圧、溶接速度、ノズル径、CTWD(Contact Tip to Work Distance)などです。これらは相互に影響し合うため、適切なWPS(溶接手順書)で管理します。
- 電流/ワイヤ速度 — 高くすれば溶融量は増えるが過熱や飛散も増加。
- 電圧 — 塗布幅やアーク長に影響。高電圧はビード幅増、深さ低下の傾向。
- 溶接速度 — 速すぎると不溶合、遅すぎると焼け落ちや過剰ビード。
- ガス流量 — 風や作業環境に合わせて増減。過剰流量は乱流を生み逆に保護性能低下を招く。
建築・土木での適用例と施工特性
MAG溶接は鋼梁や柱の継手(フランジ、ウェブ)、斜材のフィレット溶接、プレートの突合せ溶接などに適します。現場施工と工場制作での違いは主に環境制御の可否です。
- 工場制作 — 風や雨の影響が少なく、高品質・高生産性で施工可能。多層溶接やスプレー移行で高速溶接がしやすい。
- 現場(屋外) — 風によるガス偏流、防風屏の必要性、フラックス入りワイヤや一時的なシールド対策の検討。
- 大厚板の接合 — 多層多パスでの管理、予熱・層間温度管理が重要(割れ防止、硬化防止)。
品質管理と検査
建築・土木の構造物では溶接の機械的性質や欠陥の有無が安全性に直結します。品質管理で重要な項目は以下です。
- WPS(溶接手順書)、PQR(手順確認試験) — 使用材料、溶接条件、プリヒート、層間温度などを明確化。
- 試験・検査 — 目視検査(VT)、超音波探傷(UT)、放射線透過検査(RT)、曲げ試験、引張試験、マクロ・ミクロ検査。
- 欠陥管理 — き裂、未溶合、気泡、アンダーカット、オーバービードなどの判定基準に従った許容・修正。
典型的な不具合と対処法
主な不具合と原因・対処は次の通りです。
- スパッタ過多 — CO2量が多い、電流過大、アーク不安定。ガスを混合ガスへ変更、電流・電圧調整、アンチスパッタ処理。
- 多孔(ポロシティ) — 油脂や水分、塗装残、ガス流量不足、風。母材清浄、乾燥管理、ガスフロー適正化。
- 未溶合・不足融け込み — 溶接熱不足、速すぎる走行、ビード角度不良。電流増・溶接速度低下・適正なトーチ角度。
- 割れ(冷割れ) — 水素含有、高応力、急冷。前加熱、低水素ワイヤの採用、層間温度管理。
溶接手順書(WPS)と規格
建築・土木分野で用いられる主な規格・指針には次があります。
- AWS D1.1(Structural Welding Code — Steel) — 構造用鋼の溶接に関する米国規格で、溶接手順や検査水準などが記載され、国際的にも参照されます。
- ISO 15614(溶接手順の認定) — 溶接手順の試験・承認に関する国際規格。
- ISO 14341(固形ワイヤの分類)およびISO 14175(シールドガスの分類) — 消耗品やガスの仕様に関する規格。
- 各国・各地域の建築基準やJIS/日本溶接協会の指針 — 国内適用時は関連法令やJISの適用を確認すること。
安全対策と環境配慮
溶接作業は火花、紫外線、有害ガス・蒸気、重金属粉じんなどの危険を含みます。対策としては:
- PPE(溶接面、手袋、耐熱服、呼吸保護)と適切な局所排気・換気。
- シールドガスによる窒息リスク(密閉空間)への注意、ガス検知器の設置。
- 溶接フューム対策 — 適切なフィルタや換気、低煙・低飛散の材料選択を検討。
- 環境面では、ガスの使用量最小化や作業効率化によりCO2排出の抑制、廃棄物(スラグ、スパッタ除去物)の適正処分。
施工管理の実務ポイント
現場で品質と生産性を両立するための実務上のチェックポイント:
- 材料受入検査 — 材質証明書、表面状態、プラズマ/スケールの有無。
- 仮付け・フィットアップ — ギャップ、隙間、角度の管理。突合せではルート間隙を適正に。
- 溶接順序とひずみ対策 — 反りや歪みを抑えるための拘束・バックステッチ・順序設計。
- WPS厳守と記録管理 — 作業ログ、溶接パラメータ、検査結果のトレーサビリティ。
トラブルシューティングの実例
例えば野外橋梁のビードで多孔が連発した事例では、原因は冷間でのガス流量不足と母材表面の露水でした。対処としては溶接前の拭き取り、風防設置、ガス流量増加、そしてガンノズルの清掃を行い改善しました。現場では環境条件の変化を踏まえた迅速な調整が重要です。
維持管理・保守
装置の安定稼働には日常点検が不可欠です。主な点検項目:
- ワイヤ供給経路の摩耗(ローラー・フェード)とコンタクトチップの消耗。
- ガス漏れ点検、フロー計の校正。
- 電源ケーブルや接地の接触不良、冷却系(必要時)の確認。
- トーチ先端の清掃、ノズルの変形やスパッタ除去。
まとめ — 建築・土木での使い方と将来展望
MAG溶接は高生産性で汎用性が高く、建築・土木分野の鋼構造に非常に適した溶接法です。重要なのは、適切な消耗品選定、現場環境に応じたガス・パラメータ調整、WPSに基づく品質管理、そして安全対策の徹底です。近年はインバータ電源やパルス制御、低スパッタ材料の進化によりさらに扱いやすくなっており、施工性・環境対応の面でも改良が続いています。
参考文献
- TWI: What is GMAW (GMAW/MAG welding) — The Welding Institute
- Lincoln Electric - Welding resources (GMAW/MAGに関する技術資料)
- AWS(American Welding Society) — 規格・技術情報(例:AWS D1.1)
- ISO 15614 - Specification and qualification of welding procedures
- ISO 14341 - Welding consumables (solid wires for GMAW)
- 一般社団法人 日本溶接協会(JWS) — 国内の技術指針・資料
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