建築・土木向け完全ガイド:溶接継手の種類・設計・施工・検査・維持管理(実務で使えるポイント付き)

はじめに — 溶接継手の重要性

建築・土木分野における溶接継手は、部材を結合して構造体としての強度・耐久性・機能性を確保するための主要な接合法です。継手設計や施工の品質が不十分だと、耐荷力の低下、疲労破壊、腐食促進、さらには重大な事故につながるため、設計段階から施工、検査、維持管理まで一貫した技術的配慮が必要です。本稿では、溶接継手の基本から実務上の注意点、検査・メンテナンス、関連規格・参考情報まで深掘りして解説します。

溶接継手の基本分類と特徴

溶接継手は形状と接合の仕方で大別できます。代表的な種類は以下のとおりです。

  • 突合せ継手(Butt joint):同一平面上の端面を合わせて溶接する。梁継手や板接合で使われ、貫通溶接により母材と同等の強度を得やすい。
  • すみ肉継手(Fillet weld):直角や斜めで交わる部材の角部に溶接を行う。施工が容易で一般構造物で多用されるが、強度評価は突合せに比べて限られる。
  • かぶせ継手(Lap joint):一方の部材を他方の上に重ねて溶接する。薄板の接合やシート金物で使われる。
  • T字継手(T-joint):片側が直角に取り付く形。すみ肉溶接で接合することが多い。
  • コーナー継手・エッジ継手:角や端部を接合する場合の形式。板の継ぎ目など。

継手形式の選択は、荷重の方向、必要強度、製作性、板厚差、コスト、仕上げや腐食対策など複数要因で決まります。

代表的な溶接プロセスと適用領域

  • 被覆アーク溶接(SMAW/手溶接):現場作業で広く用いられる。装置が簡便で多用途だが、作業者の技量に影響されやすい。
  • MIG/MAG(GMAW):半自動・全自動で生産性が高い。薄板から中厚板に適する。屋外ではガス管理に注意。
  • TIG(GTAW):高品質な溶接が可能で薄板やステンレス、アルミに適する。生産性は低め。
  • 埋没アーク溶接(SAW):厚板・長溶接に向く。深い溶け込みが得られるが設備が大型。
  • 抵抗スポット溶接・突合せ抵抗溶接:薄板の大量生産に有利。建築金物の一部やパネルに利用。

各プロセスは熱入力、溶け込み形状、欠陥傾向が異なるため、材料と設計に応じた選択が必要です。

設計上の考慮点(強度・疲労・寸法)

溶接継手設計では以下の点が重要です。

  • 応力集中と形状最適化:溶接部は形状の変化(段差、とがった箇所)で応力集中が発生しやすく、疲労破壊の起点となります。コーナーを丸める、溶接端部の面取り・余盛の管理、スムーズな荷重伝達を意識します。
  • 溶接の断面有効性:すみ肉溶接では「脚長(leg)」や「有効のど(effective throat)」を設計に利用します。有効のどは、溶接脚長に対して sin45°(約0.707)倍で概算できます(45°等辺三角形の概念)。
  • 材料とフィラーの選定:母材の引張強度・降伏点に合わせ、フィラーは同等以上の機械的性質と耐食性を持つものを選ぶ。高張力鋼では割れ防止のため予熱や低水素系電極が必要な場合があります。
  • 歪み・残留応力管理:溶接熱による熱変形と残留応力は、組立精度や耐疲労性に影響します。節点のクランプ、交互溶接、逆向き溶接、部分加熱やPWHT(溶接後熱処理)などで制御します。

施工管理と現場での重要ポイント

現場施工での品質は、作業者の技量と工程管理に大きく依存します。主な管理項目は次のとおりです。

  • 溶接手順書(WPS)の遵守:溶接条件(電流・電圧・溶接速度・溶接順序・下地処理・予熱温度など)を明確化したWPSに基づいて作業します。手順はPQR(溶接手順性能試験)で検証されていることが望ましい。
  • 溶接者資格(WPQ/溶接技能者の資格):構造物によっては溶接者の資格を要求することがあります。溶接者の資格試験は国際規格(ISO)や各国規格、業界基準に基づきます。
  • 適正なフィットアップ(段差・隙間)管理:ルートギャップや面合わせの不適合は溶込み不足や欠陥の原因になります。ジグや固定具で位置決めし、溶接前に検査します。
  • 下地処理・清浄性:塗装や油、スケール、サビ、湿気は欠陥の原因。特に低温条件や湿度の高い環境下では水素吸収による割れに注意し、必要に応じて脱脂や電解除去、予熱を行います。

よく発生する溶接欠陥と原因・対策

  • 割れ(クラック):溶接熱巣周辺(HAZ)や溶接金属に発生。冷間割れ(凝固割れ)、熱割れ、低温水素割れなどがあり、原因は高応力、急冷、低水素管理不良、材料の不適合など。対策は予熱、低水素電極、溶接順序の見直し、PWHT。
  • 溶込み不足・融合不良:電流不足、速度過多、不適切なビード形状、汚染が原因。WPSの遵守、適切な熱入力、ビード形状の管理が必要。
  • ポロシティ(気孔):ガス混入、湿潤電極、被覆剥離や塗装残留などが原因。乾燥保管、シールドガス管理、適正な下地処理で防止。
  • スラグ巻込み:被覆溶接やフラックス溶接でスラグが溶接金属に巻き込まれると不連続になる。適切な溶接技法と打ち取りが重要。

検査・非破壊検査(NDT)の種類と使い分け

溶接継手の品質確認には複数のNDT法を組み合わせて使うのが一般的です。

  • 目視検査(VT):最初に行う基本検査。外観、寸法、欠陥の有無を確認。
  • 浸透探傷(PT):表面亀裂や開口欠陥の検出に有効。非磁性材料に適する。
  • 磁粉探傷(MT):表面・近傍の裂けや欠陥検出に有効(磁性材料限定)。
  • 放射線透過検査(RT):内部欠陥(気孔、巻込み、割れ等)をフィルムやデジタル検出器で評価。厚板の内部確認に有用。
  • 超音波探傷検査(UT):内部欠陥の位置と大きさを非接触で評価。高度な評価が可能で、近年はフェーズドアレイUTの利用が増加。
  • エディカレント(渦流):導電性材料の表面近傍欠陥や厚み測定に有効。

使用する検査法は部材の重要度、アクセス性、材料種、期待される欠陥形態、コストによって決定されます。橋梁や高層構造物などは複数法を併用します。

規格・認証・品質管理(WPS・PQR・WPQ)

溶接品質を保証するための文書管理と資格が重要です。

  • WPS(Welding Procedure Specification):溶接手順書。材料、寸法、寸法許容、電流・電圧、溶接順序、予熱・後熱条件などを記載。
  • PQR(Procedure Qualification Record):WPSの有効性を検証した試験記録。機械試験や非破壊検査の結果を含む。
  • WPQ(Welder Performance Qualification):溶接者ごとの作業能力証明。規格に基づき実技・試験ピースで判定。

国際的にはISO規格(例:ISO 15614 系列、ISO 9606 溶接者資格など)、米国ではAWS D1.1(構造用溶接)などが代表的な基準です。日本ではJISや建築・土木の技術基準、官庁発行の指針に従う必要があります。

腐食・耐候性と溶接継手

溶接部は母材と異なる微細組織や残留応力を持つため、腐食挙動が変化します。設計・施工での注意点:

  • 溶接部や熱影響部のクリーニング、適切な防食処理(めっき、塗装、カソード保護など)。
  • 異種金属接合時の接触腐食(ガルバニック腐食)対策。絶縁材の挿入や適切な材料選定。
  • 溶接割れ防止のための低水素管理と適切な熱処理。

疲労設計と溶接継手

繰返し荷重下では、溶接肩部や溶接端などの応力集中が疲労破壊の起点になりやすいです。疲労設計では次を考慮します。

  • 詳細な応力解析(FEM)による局所応力の評価。
  • 溶接の良好な仕上げ(グラインディングで余盛を整える等)により寿命を延ばす。
  • 必要に応じて補強板、フィレット形状変更、溶接端の滑らかな仕上げで応力集中を低減。

維持管理・補修溶接の実務ポイント

使用中の構造物で溶接欠陥や腐食が見つかった場合、補修は慎重に行う必要があります。

  • 欠陥評価を行い、補修方法(部分切除→新規溶接、打ち込み溶接、溶接ビードの整形)を決定する。
  • 補修溶接は母材の熱履歴が変わるため、さらに割れリスクがある。必要に応じて予熱や低水素電極、PWHTを実施する。
  • 補修後はNDTで適合を確認し、必要な場合は負荷試験や追跡観察を行う。

安全・環境面の配慮

溶接作業は高温・強光・有害ガス・粉じんの発生など作業者にとってリスクが多い工程です。以下を徹底してください。

  • 適切な個人保護具(溶接面、溶接用手袋、耐熱服、保護靴、呼吸用保護具)を使用。
  • 局所排気(フード・ダクト)や換気を設け、溶接ヒュームや有害ガス(NOx、O3、金属蒸気等)を低減。
  • 火災・爆発防止(近傍可燃物の除去、消火設備の配置、引火防止措置)。

実務で役立つチェックリスト(設計・施工・検査)

  • 設計段階:荷重条件、疲労評価、材料・フィラー選定、溶接形式の決定、WPS要求の明示。
  • 施工段階:溶接者資格確認、WPSの遵守、下地処理、適正なフィットアップ、溶接順序の管理。
  • 検査段階:VT実施、必要に応じてPT/MT/RT/UTを実施、検査記録の保存、非適合時の是正措置。
  • 維持管理:定期点検、腐食点検、疲労危険箇所のモニタリング、補修記録の管理。

まとめ — 信頼性を高めるためのポイント

溶接継手の信頼性を高めるには、設計段階から施工・検査・維持管理に至る全工程での体系的な品質保証が不可欠です。具体的には、適正な継手形式の選択、材料とフィラーの整合、WPS/PQRに基づく施工、溶接者の資格管理、NDTの適切な適用、そして環境安全対策を徹底することです。特に重要構造物では国際規格や国の技術基準に従った厳格な管理が求められます。

参考文献