S造(鉄骨造)を徹底解説:構造・材料・設計ポイントから施工・維持管理まで
はじめに — 「S造」とは何か
建築業界で「S造」と呼ばれるのは、鉄骨(Steel)を主構造材とする建物、すなわち鉄骨造(てっこつぞう、steel frame)を指します。日本では「S」は英語のSteelの頭文字に由来し、鉄骨造は軽量から重量鉄骨まで幅広い用途に用いられています。本稿では、S造の基本的な定義から材料・断面・構造形式、設計上の留意点、施工・保守、耐震・耐火対策、コストや事例までを詳しく解説します。
S造の分類と特徴
S造は材料や接合法、構造形式などによりいくつかに分類されます。主な分類は次のとおりです。
- 重量鉄骨造(いわゆるH形鋼を主部材に用いるもの) — 一般に柱や梁が厚肉・大断面で、中高層・大スパン構造に適する。
- 軽量鉄骨造(主に鋼板をロール形成したC形鋼や軽量角パイプを用いる) — 住宅や小規模建築で多用される。薄肉で軽量、施工が簡便。
- SRC造(鉄骨鉄筋コンクリート造) — 鉄骨に鉄筋コンクリートを複合させた構造で、高い剛性と耐火性を持つ。
- ブレース構造(筋かい・鋼ブレースを用いる)とラーメン(剛接合)構造 — 水平荷重(地震・風)に対する耐力システムが異なる。
S造の代表的な断面にはH形鋼(Hビーム)、I形鋼、C形鋼、角形パイプ(RHS/SHS)などがあり、用途に応じて使い分けられます。鋼材の品質はJIS規格(例:SS400、SM490など)に基づいて選定されます。
材料と断面の選定
鉄骨造の設計では材料特性(降伏強度、ヤング率、靭性)と断面二次モーメント、断面係数が設計の基礎になります。日本で多く用いられる鋼材はJIS G 3101(熱延鋼材)に準拠したSS等級で、設計時には許容応力度や基準強度を用いて計算します。
- H形鋼:高い曲げ剛性と軸方向耐力が得られるため中高層や大スパンで多用。
- C形鋼:屋根下地や軽構造部材に多用、薄肉で加工・接合が容易。
- 角パイプ(方形鋼管):曲げ・ねじりに強く、外装用の柱や柱脚での使用が増加。
構造形式と地震対策
地震が頻発する日本においては、S造の耐震性能が重要です。構造形式としては主にラーメン構造(剛接合)とブレース(耐力壁的に働く斜材)構造があり、それぞれ利点があります。
- ラーメン構造:柱・梁を剛接合としフレーム全体で変形を分散する方式。開口が取りやすく建物用途の自由度が高いが、接合部の塑性化をコントロールする設計(保有性能設計、靭性確保)が重要。
- ブレース構造:ブレースが水平力を直接受けるため、部材の配置で制御しやすい。局所的な損傷は生じるが設計で降伏順序を考慮した容量設計(キャパシティデザイン)が有効。
日本の耐震設計では、建築基準法に基づいた基準に加え、より厳しい保有水平耐力や変形性能を評価することが一般的です。ダクトリティ(靭性)を確保するため、材料選定・溶接やボルト接合の詳細、柱脚・基礎との応力伝達を慎重に検討します。
接合方式:溶接と高力ボルト
鉄骨接合は主に溶接接合と高力ボルト接合が使われます。溶接は剛接合を比較的容易に作ることができ、現場での施工性も良い一方で、熱影響や品質管理(溶接検査)が必要です。高力ボルト接合は品質管理が容易で、現場での組立・調整がしやすく、検査もボルト締め状態で行えます。
- 溶接:高い一体性を実現。溶接部のNDT(非破壊検査)や溶接施工管理が不可欠。
- 高力ボルト:取り外しややり直しが容易で工場製作と現場施工の分業に適する。
耐火・防錆対策
鋼材は高温で強度が急速に低下するため、耐火被覆が必要な場合があります。一般的な耐火対策には吹付け耐火被覆材(セラミック系・無機系)、石膏ボードやモルタル被覆、コンクリート充填(複合梁など)があります。耐火性能は所要耐火性能(例:1時間、2時間など)を満たす必要があり、用途・階数・隣接用途によって基準が定められています(建築基準法等)。
また腐食対策は長寿命化に直結します。主な対策は亜鉛めっき(溶融亜鉛めっき)、防食塗装、多層塗装、設計上の排水対策(水が溜まらないディテール)です。海岸近傍など腐食環境の厳しい場所では規格に基づく塗膜厚やめっき仕様を厳格に設定します。
設計上の主な留意点
- 座屈(圧縮部材の弾性・塑性座屈):スリムな部材を使用する場合、圧縮座屈や局部座屈を検討し、必要な補強や厚み選定を行う。
- 塑性化と限界状態設計:地震時にエネルギーを吸収するための塑性化箇所を計画し、重要部の過大な損傷を防ぐ。
- 疲労:橋梁や機械的振動を受ける構造では疲労検討が必要。S造でも繰返し応力が高い箇所は注意。
- 耐火耐力・熱影響:被覆がはがれた場合や局部火災を想定した詳細設計。
施工と品質管理
鉄骨はプレファブリケーション(工場での製作)によって精度良く加工され、現場で組み立てられるのが一般的です。施工上の注意点は以下の通りです。
- 製作図と現場での整合性(溶接位置、ボルト孔の精度)
- 溶接・ボルト締結の適正な施工管理と検査(溶接の外観検査、非破壊検査、ボルトのトルク管理)
- 吊り作業や仮締め時の安全対策、変形管理
- 搬入経路・クレーン配置・仮設計画の事前検討
維持管理と長期性能
S造の寿命を確保するには定期点検と維持管理が重要です。特に以下を定期的に確認します。
- 表面塗膜の劣化、亜鉛めっきの損耗
- 接合部の緩みや腐食、溶接割れ
- 耐火被覆の剥離や亀裂
- 基礎や柱脚の侵食・湿気の影響
劣化が発見された場合は再塗装、局部補修、部材交換、耐震補強など適切な対処を早期に行うことがコスト面でも有利です。
コストとライフサイクル
S造は同等のコンクリート造と比べて軽量で大スパンがとりやすく工期短縮が期待できますが、耐火被覆や防錆処理の必要性によりコストが上昇する場合があります。ライフサイクルコストの観点からは初期投資だけでなく、定期的な点検・補修・防錆対策を見越した設計が重要です。
用途と事例
S造はオフィスビル、工場、倉庫、商業施設、体育館など大スパンを必要とする用途や、現場での短工期が求められる案件で多用されます。軽量鉄骨は住宅や小規模建物で普及しており、工場生産による品質の安定性と施工スピードがメリットです。
改修・耐震補強のポイント
既存S造の改修では、劣化部の補修に加え耐震性能向上が求められることが多いです。代表的な手法は以下のとおりです。
- ブレース追加や剛性を高める増し打ち
- 柱・梁の外付け補強(プレート張り・巻き立て)
- 接合部の補強(高力ボルト化、溶接補強)
- 免震装置や制振装置の導入(特殊装置を用いる場合)
改修設計では現状の調査(腐食、寸法、溶接の状態)と共に、構造解析による性能評価が必須です。
まとめ
S造(鉄骨造)は材料の高強度と加工性、工期短縮のメリットから幅広く利用される構法です。一方で耐火・防錆・接合の品質管理、地震時の挙動制御など、設計・施工・維持管理における専門的知見が要求されます。設計段階からライフサイクルを意識した材料選定、耐火・防錆仕様、接合方式の選択、そして定期点検計画を組み込むことで、安全で長寿命な建築物を実現できます。
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