1000BASE-T徹底解説:仕組み・規格・配線・運用の実務ポイント

はじめに — 1000BASE-Tとは何か

1000BASE-Tは、ツイストペア銅線(UTP/STP)を用いてギガビット(1 Gbps)のイーサネット通信を実現する規格で、1999年にIEEE 802.3abとして標準化されました。従来の100BASE-TX(100 Mbps)と異なり、4対すべてを同時に使ってデータを送受信する方式を採用しており、職場のデスクやスイッチ間接続で広く普及しています。本稿では技術的な仕組みから設計上の注意点、実務でのトラブルシューティングや最新動向まで深掘りして解説します。

規格の基本仕様

  • 標準:IEEE 802.3ab(1999)

  • 伝送速度:1 000 Mbps(1 Gbps)

  • 媒体:カテゴリ5以上(Cat5、Cat5e、Cat6、Cat6Aなど)のUTP/STPを通常100 mまで

  • ペア数:4対すべてを同時使用(Tx/Rx 同時、全二重が想定)

  • 最大セグメント長:100 m(配線やパッチパネル、パッチコードを含む)

  • フォールバック:オートネゴシエーションにより10/100 Mbpsへフォールバック可能

物理層の仕組み(PAM-5 と4対同時伝送)

1000BASE-Tの核心は、銅線の各対を並列に用いて高密度にデータを伝送する点にあります。具体的には次の特徴があります。

  • PAM-5(5値振幅変調)を採用:信号は5段階の電圧レベル(通常は-2, -1, 0, +1, +2に対応)を取ります。5値を用いることで同じシンボル周期により多くの情報を載せられます。

  • 4D-PAM5的な処理:4対の各シンボルを同時に扱う4次元(4D)での符号化や、トレリス状の符号化などの手法により誤り耐性と帯域効率を確保します。

  • シンボルレートとビットレート:各対は125 Mbaud(125 Msymbol/s)の伝送を行い、実効でペア当たり約250 Mbpsのデータレートを実現します。4対合計で約1 Gbpsとなります。

符号化や多値変調の採用で、同じ周波数帯域内におけるビット密度を高められますが、その分雑音(熱雑音、クロストーク、伝送損失)の影響に敏感になるため、高度な信号処理が不可欠です。

双方向同時伝送(Echo cancellation)とプリコーディング

1000BASE-Tは各対を同時に送受信に使うため、同じワイヤ対上で自己送信の信号と受信信号が混在します。これを解決するために次の技術が使われます。

  • デジタル・エコーキャンセレーション(デジタル信号処理による自己干渉除去)

  • 対間クロストーク(NEXT/FEXT)対策:送受信側の適応イコライザやコーダー/デコーダーによりクロストーク成分を推定して除去します。

  • Tomlinson–Harashima Precoding(THP)などのプリコーディング:送信側で前方干渉(ISI)や既知の干渉を補正してから送信し、受信側の負担を減らす方式が採用されています。

これらの処理はNICやスイッチのPHYチップで高精度のDSP(デジタル信号処理)によって実現され、1000BASE-T機器は設計上かなり高度なアナログ/デジタル回路を必要とします。

ケーブル要件と配線設計の実務ポイント

規格上はCat5での動作が想定されていますが、実務ではCat5e以上が推奨されます。理由は次のとおりです。

  • Cat5eではNEXT(近端クロストーク)やPS NEXTなどの性能が改善されており、100 mの実運用で安定したギガビット通信を確保しやすい。

  • Cat6以降はシールドやペアの間隔などでさらにクロストーク耐性が高く、長期的な信頼性や将来の高速化(2.5/5/10G)を見据えた配線として有利。

  • 配線施工の注意点:過度の曲げ、過剰なテンション、隣接電源ケーブルとの近接などは特性インピーダンス変動や外来ノイズの原因になるため避ける。

  • コネクタ/パッチパネル/パッチコードも規格に合った品質のものを使い、長さ100 m(配線+パッチ類)の合計を越えないようにする。

オートネゴシエーションとMDI/MDIX

1000BASE-T機器はリンク速度・全二重/半二重のネゴシエーションを行うオートネゴシエーション機能を持ちます。実務的には次の点が重要です。

  • ほとんどの実装は全二重(Full Duplex)を前提に最適化されているため、全二重での運用を推奨。

  • MDI/MDIX自動判別機能により、直結/クロスのケーブル問題は現代機器では通常自動補正されるが、古い機器や一部の機器では設定が必要な場合がある。

  • リンクの安定性が悪い場合は、オートネゴシエーションの挙動(特に古いスイッチと新しいNICの組合せ)を確認し、手動設定で固定して挙動を検証するのが有効。

実効スループットとオーバーヘッド

物理層で1 Gbpsが確立されても、アプリケーションで得られるスループットはプロトコルのオーバーヘッドやCPU処理、スイッチのバッファ等に依存します。一般的なTCP転送での実効は約940 Mbps前後が理想的な数値とされています(ヘッダーやEthernetフレームのオーバーヘッドを除いた値)。現場ではフレームサイズ(MTU)やスイッチの性能、割り込み処理の最適化により数十Mbps単位で増減するため、性能検証が重要です。

PoE(Power over Ethernet)との互換性

PoE(IEEE 802.3af/at/bt)は電力供給に関する規格で、1000BASE-Tの物理媒体上でも利用できます。ポイントは以下:

  • ギガビット伝送は4対すべてを使うため、PoE電力供給はペアの割当方式(1/2+3/6やすべてのペアを使う方式)に応じて実装される。最新のPoE++では全てのペアに電力を乗せることが一般的。

  • PoE導入時は電力注入や配線での発熱、コネクタの品質に注意。高電力の場合はケーブル温度上昇が問題になる。

トラブルシューティングで確認すべき項目

  • 物理層のリンク表示(Speed/Duplex)と機器ログの確認

  • ケーブル長やカテゴリー(Cat5e以上推奨)、コネクタの圧着不良や損傷

  • 近接する電源ケーブルや高周波ノイズ源による干渉(EMI)

  • クロストークやテスト機器によるケーブル認証(例えばケーブルテスター/CertifierでNEXT/RETURN LOSS/遅延差を検査)

  • スイッチのポート設定(MDI/MDIX、フロー制御、Jumboフレーム設定など)

  • ファームウェアやドライバの互換性、NICの省電力機能(省電力が原因でリンクダウンを起こすことがある)

セキュリティと物理的考慮

銅線は物理的に盗聴されやすいため、重要な通信が流れるネットワークではネットワーク分離(VLAN、物理セグメント分離)や暗号化(TLS/VPN)を併用するべきです。さらに配線ルートの物理的保護(隠蔽配線、ロッカー化)やアクセス制御も検討します。

将来展望:2.5G/5G/10Gへの拡張

近年、既存の銅配線インフラを活かしてより高速化する規格(2.5GBASE-T、5GBASE-T、10GBASE-T)が登場しました。これらはCat5e/Cat6/Cat6Aなどのカテゴリを要件とし、ケーブル品質やリンク長、外来ノイズに対する余裕が1000BASE-Tより厳しくなるため、既存配線の状態評価が重要です。企業ネットワークの段階的な速度アップでは、まずCat5e→Cat6へと配線改善を行い、その上で2.5/5G対応機器を導入する戦略が現実的です。

まとめ — 運用で押さえるべきポイント

  • 1000BASE-Tは価格対性能の観点で現在も最も普及したアクセス技術の一つである。

  • Cat5e以上の高品質ケーブルと適切な施工が安定運用の鍵。特に100 m制限とクロストーク対策に注意。

  • 高度なDSP技術(PAM-5、125 Mbaud、エコーキャンセレーション、プリコーディング)により銅線でのギガビット伝送を実現しているため、PHYチップの実装差やファームの挙動もパフォーマンスに影響する。

  • PoEや将来のマルチギガビットへの対応を踏まえた配線計画を立てること。

参考文献