音楽における「ホールド(sustain/hold)」とは――演奏・記譜・制作での役割と実践テクニック

はじめに:ホールドという言葉の広がりと定義

「ホールド(hold)」は音楽の現場で非常に頻繁に使われる言葉ですが、その意味は文脈によって多様です。演奏者が音を長く伸ばす行為、楽譜上のフェルマータやタイの指示、ピアノのダンパーペダル、シンセサイザーのエンベロープにおけるホールド段、あるいはDAWやエフェクトでのサスティン処理など、実際には物理的/記譜的/電子的に異なる現象を指します。本コラムでは「ホールド」を総合的に扱い、記譜と演奏テクニック、楽器別の工夫、音楽制作での利用法、そして練習法とミキシング上の注意点まで深掘りします。

1. 記譜におけるホールドの表現

楽譜上で「音を伸ばす」指示はいくつかの記号や用語で表されます。主要なものを整理します。

  • フェルマータ(fermata/フェルマータ、イタリア語で“留まる”):音符や休符の上に半円と点の記号で示され、作曲者の意図や演奏慣習で通常の長さより長く伸ばすことを意味します。具体的な長さは指揮者や奏者の解釈に委ねられることが多いです(例:第1楽章の終結での一拍以上の延長など)。参考:フェルマータの楽典的説明。
  • タイ(tie):同一音高の2つ以上の音符を曲線で結ぶことで、音価を合算して持続させます。楽譜上の最も直接的な“ホールド”手段です。
  • テヌート(tenuto):短い横線で示され、音を全音価でしっかり保持する、あるいはわずかに伸ばすことを示唆します。必ず長く伸ばす指示ではありませんが、表情上の「保持感」を与える記号です。
  • ペダル記号(ピアノ)や文字指示(espress., rit., rall. など)もホールドに関連する指示を与えます。

(出典:楽典や楽器別教本の記述を参照)

2. 楽器別に見るホールドの仕組みとテクニック

同じ「音を伸ばす」でも、各楽器で方法や制約が異なります。

ピアノ:ダンパーペダル(サステイン)と演奏技術

ピアノでは鍵盤を離すと弦のダンパーが下りて音が止まります。サステインペダル(右ペダル、ダンパーペダル)を踏むことでダンパーが上がり、鍵盤を離しても弦が振動し続けて音が伸びます。クラシックではペダルの踏み替え(legato pedaling)や半踏み(half-pedal)など細かな技術が用いられ、音の重なりやハーモニーの保ち方が表現の鍵になります。

弦楽器(ヴァイオリン/チェロなど):弓のコントロール

弦楽器は弓の速度、重さ、接触点(指板寄り=sul tasto/駒寄り=sul ponticello)で音の持続感を作ります。弓を止めないで一定の速度・圧力を保つことで長く伸ばす(サステイン)ことができます。ブレスや弓換えの位置で表情を変えるのも重要です。

管楽器・声楽:息の支えと語尾の処理

管楽器や声は「持続=息の流れ」をいかにコントロールするかが中心です。横隔膜(呼吸筋)と横隔膜下の支持筋群を使った支え(support/appoggio)が長音の基礎。語尾での子音処理、母音の最適化、喉締まりを避けることで安定したホールドが可能になります。

ギター/エレキ:物理的・電子的サステイン

アコースティックギターではピッキングの力やフィンガーホールド、ボディ共鳴による持続が限界になります。エレキギターではディストーションによるサステイン延長、コンプレッサー、エボウ(E-Bow)やフィードバックの利用で長いホールドを得られます。ハーモニクスやビブラートも持続感を補強します。

3. 電子楽器と制作におけるホールド

現代音楽制作では「ホールド」の概念がさらに広がります。

シンセサイザーとエンベロープ

伝統的なADSR(Attack, Decay, Sustain, Release)エンベロープは音量やフィルタの変化を規定します。多くの機器やソフトシンセではADSRの間に「Hold」段(Attackのあと一定時間保持)や追加の段を入れたAHDSRなどのバリエーションがあり、音の立ち上がり直後を長く保つような効果を作れます。これによりアタック直後の余韻や初期のサスティンを細かく調整できます(機種により名称や挙動は異なります)。

MIDIとサステイン(CC64)

MIDIプロトコルではCC#64が一般にサステイン(サステイン・スイッチ/ペダル)を表します。値が64以上でオン(sustain)、63以下でオフと扱うのが慣例です。これにより鍵盤情報とは別にサステイン情報を送って仮想楽器の音を伸ばせます(DAWや音源がCCメッセージに対応している必要があります)。

DAW・エフェクト:ディレイ、リバーブ、サスティン系プラグイン

制作ではリバーブやディレイで音の余韻を人工的に長くし、サスティンの印象を作ります。コンプレッサーやサステイン専用プラグイン(トランジェント・シェイパーの逆機能やエクスパンダーを使うテクニック)により、音のアタックを抑えつつ残響成分を前に出して伸びを得ることも可能です。サスティンを長くしすぎるとミックスが濁るため、ハイパスフィルターやプリディレイ、EQで調整します。

4. 音楽表現としてのホールドの役割

ホールドは単なる音の長さ延長以上の機能を持ちます。以下のような音楽的効果が挙げられます。

  • 緊張と解放:長く伸ばすことにより和声の持続と解決のタイミングを遅らせ、緊張感を作る。
  • 歌唱・旋律のクライマックス強調:クライマックスでの長いホールドは感情の頂点を示す。
  • テクスチャーの維持:パッドやドローン的な音をホールドすることで和声の土台を作り、上物が自由に動ける空間を作る(例えば映画音楽やアンビエント)。
  • リズム演出:一拍またはフレーズを意図的に伸ばすことでリズムの輪郭を変え、グルーヴを変調する。

5. 実践的な練習法とテクニック集

ホールド力を高めるための練習法を楽器別にまとめます。

声楽

  • ロングトーン練習:ピアノで一定のピッチを出し、メトロノームで呼吸と発声を合わせて徐々に保持時間を延ばす。
  • スロートリラックス:喉を緊張させないためのストレッチと発声前の体幹意識。
  • 母音調整:高音ほど母音を閉じ気味にして支持を保つ(いわゆるフォルマントの調整)。

管楽器

  • サーキュラーブリージング(循環呼吸)の習得(適用される楽器・スタイルに限定されます)。
  • ロングトーンとダイナミクスのコントロール練習。

弦・鍵盤・ギター

  • 弦楽器は弓の圧力・速さコントロール練習。
  • ピアノはペダルの踏み替え練習(拍ごとのリリースと半踏みを試す)。
  • ギターはコンプレッサー使用時のピッキング強度とエフェクトチェーンを確認する。

6. ミックスとライブでの注意点

ホールドを演出する際、音が伸びることで生じる問題点とその対処法を挙げます。

  • マスキングと帯域の濁り:ロング・リリースや長いリバーブは低域を溜めやすい。低域用のハイパス、リバーブのローカット、マルチバンドコンプレッションでコントロールする。
  • 音像のくぐもり:プリディレイを設定すると、原音の輪郭を残しつつ残響を後からつけることで距離感が保てる。
  • ライブでのモニター問題:サステインが長い音はステージ上でループ的に残ることがある。モニターEQやサイドチェインで不要な蓄積を避ける。
  • 自動化の活用:DAWでリリースやエフェクトのパラメータ自動化を行い、フレーズごとに最適なホールド感を作る。

7. よくある誤解とその正しい理解

いくつかの誤解を整理します。

  • 「ホールド=ただ長くすれば良い」は誤り。楽曲の文脈や和声進行、他パートとの兼ね合いで最適な長さが決まる。
  • 「サステインペダルは常に踏み続けるべき」は誤り。和声が変わるときは踏み替えで音の鮮明さを保つのが通常の慣習。
  • 「エフェクトで伸ばせば表現は同じ」は部分的に誤り。人工的な残響は物理的な声や楽器の表現と微妙に異なり、聴感上の“生々しさ”は変わる。

おわりに:ホールドは技術と解釈の融合

「ホールド」は楽譜上の符号や物理的な操作、電子的な処理を通じて多層的に機能する表現ツールです。単に音を伸ばす以上に、楽曲の時間感覚、緊張と解放、テクスチャー形成に深く関わります。演奏者は楽器ごとの物理法則を理解し、プロデューサーはエフェクトとミックスの特性を把握し、指揮者やアンサンブルは全体のバランスを考えてホールドを扱う必要があります。練習とリスニングによって「どの瞬間にどのようなホールドが最適か」を判断できる耳を育てることが最も重要です。

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参考文献