AMD(Advanced Micro Devices)の歩みと戦略:CPU・GPUからデータセンター、AIへ — 深掘りコラム
はじめに — AMDとは何か
Advanced Micro Devices(通称:AMD)は、1969年に設立されたアメリカの半導体設計企業で、PCおよびサーバー向けCPU、GPU、FPGA(※Xilinx買収後)など幅広いプロセッサ製品を提供しています。創業以来の浮き沈みを経て、2017年以降の「Zen」マイクロアーキテクチャで復活し、PC・サーバー市場で存在感を大きく高めました。本コラムでは歴史、技術的特徴、事業戦略、競合環境、今後の潮流までを体系的に整理します。
沿革の概観と重要マイルストーン
AMDは1969年にジェリー・サンダースらにより設立され、初期はメモリやロジックICのリリースで成長しました。1990年代〜2000年代にかけてはAthlonブランドでインテルに対抗し、サーバー向けにはOpteronで実績を積みました。
しかし2000年代後半の設計判断や製造戦略の齟齬により一時的に市場シェアを失います。転機となったのは以下の事象です。
- 2006年:グラフィックス事業の拡大を目的にATI Technologiesを買収(Radeonブランドの源流)。
- 2009年:製造部門を切り離してGlobalFoundriesを設立(自社工場を手放すファブレス化の始まり)。
- 2014年:リサ・スー(Lisa Su)がCEOに就任し、経営と製品戦略の再編を推進。
- 2017年:Zenアーキテクチャに基づくRyzen(クライアント)とEPYC(サーバー)を投入し、性能と効率で巻き返し。
- 2022年:FPGA大手のXilinxを買収し、プロダクトポートフォリオを大きく拡張。
技術戦略の中核:マイクロアーキテクチャとチップレット設計
近年のAMD成功の要因は、競争力のあるマイクロアーキテクチャ(Zen系)と先進的なパッケージング戦略にあります。Zenは2017年の初代以降、Zen2、Zen3、Zen4へと進化し、IPC(クロックあたりの命令実行数)や電力効率を大幅に改善しました。これによりRyzenは消費者向けCPUで存在感を取り戻し、EPYCはサーバー市場でシェアを拡大しました。
設計面でのもう一つの革新は「チップレット(chiplet)」方式です。複数の小さなダイ(コアチップレット)とI/Oダイを組み合わせることで、プロセス世代ごとの最適な生産ノードを活用し、コスト・歩留まり面で有利に働きます。こうした分割設計は、スケーラビリティや投入の柔軟性を高める点でも重要です。
GPUとデータセンター戦略:RadeonからInstinct、Xilinx統合まで
GPU分野では、ATI買収以来Radeonブランドでコンシューマ向けを支え、近年はRDNA系アーキテクチャでゲーム向けGPUの競争力を高めました。RDNA2はコンソール(Sony PlayStation 5、Microsoft Xbox Series X/S)への採用などで注目を集め、RDNA3世代以降も性能・効率向上を狙っています。
データセンター向けにはCDNAアーキテクチャに基づく「Instinct」シリーズを展開し、HPCやAI用途に対応する製品を投入しました。代表例として、米国のスーパーコンピュータ「Frontier」ではAMDのEPYC CPUとInstinct GPUが採用され、エクサスケール級の性能を発揮しています。
さらに2022年のXilinx買収により、FPGA/適応コンピューティング(ACAP)技術を手に入れ、AI推論・通信インフラ・ネットワークなどでの差別化が可能になりました。FPGAはハードウェアレベルでのカスタマイズ性が高く、データセンターの多様なワークロードに対して柔軟なソリューションを提供します。
製造面とファウンドリ戦略
AMDはファブレス企業として自社で生産設備を保有せず、外部ファウンドリに設計を委託しています。近年は最先端ノードの生産でTSMCとの協業が鍵となっており、Zen・RDNAなどの主要コアに関してはTSMCの先端プロセスを利用することが多い一方、I/Oダイなどでは他のプロセスを活用するなど、マルチファウンドリ戦略を採用しています。この戦略は先進プロセスの利用と供給安定性の確保という相反する要件のバランスを取るためのものです。
ソフトウェアとエコシステム:ROCmとオープン志向
AMDはハードウェアだけでなくソフトウェアスタックの整備にも注力しています。GPU向けのコンピューティングプラットフォーム「ROCm」は、AI・HPC用途での利用を想定したソフトウェア基盤で、CUDAの代替として注目されています。ただし、NVIDIAのCUDAが長年のエコシステム優位を持つため、ソフトウェア互換性やエコシステム構築は引き続き課題です。
事業領域と顧客基盤
AMDの事業は大別して以下の市場に展開しています。
- コンシューマPC(デスクトップ/ノート向けRyzen)
- ゲーミング(Radeon GPU、コンソール向けカスタムSoC)
- データセンター(EPYC、Instinct、FPGA統合ソリューション)
- 組み込み・通信(半カスタムSoCやXilinx技術の適用)
各分野での採用事例は、PCメーカー、クラウド事業者、ゲーム機メーカー、研究機関(HPC)など多岐にわたります。特にデータセンター市場では、AI需要の高まりを受けてGPUとFPGAを含めた幅広いソリューションが求められています。
競争環境と課題
AMDが直面する主な競争相手はインテル(CPU)とNVIDIA(GPU)です。インテルはプロセス技術の自社内製と幅広い製品群を持ち、近年は性能競争を再び激化させています。NVIDIAはGPUにおけるソフトウェアエコシステム(CUDA)とAI向けアクセラレータで強い優位を有しています。
AMDの課題は主に以下の点に集約されます。
- 最先端ファウンドリへの依存と供給確保(TSMCのキャパシティ制約など)
- ソフトウェアエコシステムの拡充(CUDA優位の克服)
- 高度化するAI/推論用途への製品ロードマップ整備
- 地政学リスクや輸出管理による市場アクセスの制約
今後の展望:AIとヘテロジニアス・コンピューティング
今後のAMDは、CPU+GPU+FPGA(およびそれらを結ぶ高速インターコネクト)の組合せによる異種混合(ヘテロジニアス)コンピューティングを強化していくことが想定されます。Xilinxの資産を取り込み、データセンターや通信インフラ向けの差別化ソリューションを提供することで、AI時代における新たな需要を取り込む戦略です。
また、チップレットや高密度の3Dパッケージ技術、メモリ技術の統合などハードウェア設計の先進化も継続されるでしょう。並行してソフトウェアやツールチェーン(ROCmの強化、オープンソースとの連携など)を整備することで、ユーザーの採用障壁を下げる必要があります。
結論:AMDの強みと留意点
AMDは設計力(Zen/RDNA/CDNA)、製品戦略(チップレット、カスタムSoC)、そしてXilinx買収によるポートフォリオ拡張を武器に、PC・ゲーム・データセンターのクロスセグメントでの競争力を高めています。一方で、供給側のファウンドリ依存、ソフトウェアエコシステムの課題、厳しい競合環境といった構造的なチャレンジも抱えており、将来のロードマップ実行と市場対応力が鍵となります。
参考文献
- AMD 公式サイト(企業情報)
- Wikipedia: Advanced Micro Devices
- Wikipedia: Lisa Su
- Wikipedia: ATI Technologies
- Wikipedia: Zen (microarchitecture)
- AMD Ryzen(製品情報)
- AMD EPYC(製品情報)
- AMD Radeon(製品情報)
- AMD プレスリリース:Xilinx買収完了(2022)
- Oak Ridge Leadership Computing Facility: Frontier
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