分解三和音(分散和音)を徹底解説:理論・演奏・作曲への応用
分解三和音とは何か
分解三和音(ぶんかいさんわおん)、英語では arpeggiated triad や broken triad と呼ばれるものは、三和音(トライアド)の構成音を同時に鳴らすのではなく、時間的に切り分けて順次鳴らす演奏法および音型を指します。三和音自体は根音(root)、第3音(third)、第5音(fifth)で構成され、長三和音・短三和音・減三和音・増三和音といった種類がありますが、分解三和音はその構成を縦ではなく横に展開することで、伴奏や旋律の性格を大きく変化させます。
楽譜上では、和音の左側に縦長の波線(アルペジオマーク)を付けて示すことが多く、ピアノでのロールやギターのアルペジオ奏法、歌伴のフィギュレーションなど多様な実践形態があります。
分解三和音の種類と基本パターン
以下は代表的な分解三和音のパターンです。
- 単純な上昇/下降(順次に1-3-5や5-3-1など)
- 交互進行(例えば1-5-3-5 のようにベースと内声を交互に動かす〈アルベルティ・バス〉)
- 分散連打(分散和音を8分音符や16分音符で連続させる)
- ロール型(同一和音を時間差で一気に広げるピアノのロール)
- スウィープ/スイープピッキング(ギターで速く弦を連続的に撫でる技法)
アルベルティ・バスは18世紀のイタリアの鍵盤弾きドメニコ・アルベルティ(Domenico Alberti)にちなむ伴奏パターンで、古典派の伴奏で多用されました。
記譜と演奏上の注意
楽譜では波線の縦記号(アルペジオ記号)や、連桁で示された逐次的発音の音符列で表されます。ピアノでは片手で広い音域を分配したり、両手にまたがる分解を行ったりします。ペダルの使用には注意が必要で、ペダルを多用すると和声の輪郭が曖昧になり、音が濁ることがあります。逆にペダルを上手く用いることで和音の持続感や色彩感を高められます。
ギターやハープでは指遣い(右手の指配列、ナチュラルハーモニクスの利用など)が音色やフレーズの流れを決定づけます。ジャズやフュージョンで用いられるスウィープ技法は速いアルペジオを滑らかに弾くためのピッキング技術です。
和声学的役割と機能
分解三和音は和声の機能を明示しつつ、時間的な流れを作るために強力です。和音を分散させることで次のような効果が得られます。
- 和声の延長(prolongation):同じ和音を時間的に保持しつつ、内声の動きをつけることで和音の持続感を生む。
- メロディ化:和音構成音を旋律的に提示して、和音そのものが主題や動機となる。
- 推進力の創出:連続する分解和音がリズム的推進やテクスチャーの運動を生み、曲の勢いを保つ。
- 和声の明示化:ブロックコードを使わずとも、分解して提示することで進行を聴き手に分かりやすくする。
また、転回形(第一転回、第二転回)を分解して用いると、ベースラインや内声の動きを滑らかにし、より洗練された声部連結(voice leading)を実現できます。
ジャンル別の用例
クラシック:バッハのプレリュード(例えば平均律クラヴィーア曲集 第1巻 前奏曲 ハ長調 BWV 846)や古典派のピアノ曲で分解和音が基礎的伴奏テクスチャーとして用いられます。アルベルティ・バスはモーツァルトなどのピアノ伴奏で頻出します。
ロマン派以降:ショパンやシューマンの夜想曲、緩徐楽章などで詩的な効果を出すために複雑な分解和音が使われます。ペダルと均衡を取りながら内声の歌わせ方が重要です。
ジャズ/ポピュラー:コードトーンを時間的に配列して伴奏やソロの骨格とする方法が一般化しています。ギターやピアノで、テンションを含む拡張和音(7th, 9th, 11th, 13th)を分解して演奏することで、色彩豊かな響きとアドリブの指針を与えます。
ギター:クラシックギターのアルペジオ、フォーク/ポップのフィンガーピッキング、ロック/メタルのスウィープピッキングまで、多様な技術が存在します。指遣いと右手の経済運動が速さと音の均一性を左右します。
作曲・編曲への応用テクニック
分解三和音を効果的に用いるための実践的テクニックをいくつか挙げます。
- リズムの変化で表情を作る:同じ分解音型でも、アクセント位置や音価(8分・16分)を変えるだけで大きく印象が変わります。
- 内声を旋律化する:和音の第3音や第7音を持ち上げて旋律線を作ると、伴奏とメロディの一体感が生まれます。
- テンションの導入:ジャズ的な響きを狙うときは、分解和音に9度・11度・13度を加えて分散させることで色彩が豊かになります。
- 対位的配置:左手(ベース)を一定パターンにして右手で分解を行うことで、複数声部の対位感を出すことができます。
- モチーフ化と変形:分解和音パターンを主題として扱い、反行、逆行、移調して楽曲全体の統一感を図ることができます。
練習法:演奏技術と耳の育成
分解三和音を実用レベルで使いこなすための練習法:
- スローなテンポで正確に弾く:和声の輪郭を聴き取りながら、各音のタッチと長さを均一にする。
- 転回形の習得:根音だけでなく第3音・第5音がベースに来る場合の音の繋がりを意識して練習する。
- 移調練習:様々な調で同一パターンを繰り返し、手の配置と耳を鍛える。
- コードトーン・ソロイング:伴奏上に出る和音の構成音だけでメロディを作る練習(ジャズの即興トレーニング)
- 録音して聴く:自分の演奏を録って和声感、リズムの安定性、音色のムラをチェックする。
アレンジ時の注意点
編曲において分解三和音を多用するとテクスチャーが単調になりがちです。特に低域での長時間の分解は混濁を招くため、バランスを見てブロックコードや休符、対位的要素を挿入して変化をつけましょう。また、歌ものの伴奏では歌詞の語感や呼吸に合わせて分解パターンを調整することが重要です。
よくある誤解とその訂正
誤解1:分解三和音は単純な装飾に過ぎない。→訂正:分解は和音の延長や機能の明示、モチーフ化など構造的役割を持ちうる。
誤解2:速ければ美しい。→訂正:速さは技巧であり、音楽的効果はタッチ、フレージング、和声感に依存する。ゆっくりでも十分に豊かな表現が可能です。
実例(参考リスニング)
分解三和音の特徴を理解するために、以下のような楽曲や場面を聴くと効果的です。
- J.S.バッハ:平均律クラヴィーア曲集 前奏曲 ハ長調(BWV 846) — 典型的な分解和音の連続。
- L. van Beethoven:ピアノソナタ第14番「月光」第一楽章 — 低音の分解伴奏による進行。
- 古典派のピアノソナタ(モーツァルトなど) — アルベルティ・バスの例。
- クラシックギター曲(タレガ、ヴィラ=ロボス等) — 指弾きアルペジオの名作。
まとめ:分解三和音を武器にするために
分解三和音は、演奏テクニックとしてだけでなく、作曲や編曲における重要なテクスチャーです。和音を時間軸に展開することで、和声の継続感、リズム的推進、メロディとの融合など多様な音楽効果を生み出せます。実践では、音色・ペダル・指遣い・声部連結を意識しながら、転回形やテンションの導入、パターンの変形を取り入れてください。適切に用いれば、単なる伴奏以上の表現力を曲にもたらします。
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参考文献
- Arpeggio — Britannica
- Arpeggio — Wikipedia
- Triad (music) — Wikipedia
- Alberti bass — Wikipedia
- Prelude in C major, BWV 846 — Wikipedia
- Piano Sonata No.14 (Moonlight) — Wikipedia


