オンラインマスタリング徹底解説:仕組み・メリット・実践チェックリスト

はじめに

インターネット経由で楽曲の最終仕上げを行う「オンラインマスタリング」は、近年アマチュアからプロまで広く利用されています。本稿では、オンラインマスタリングの仕組み、技術的な要点、アルゴリズム型と人手型の違い、ストリーミング対策、アップロード前の準備、実践的なチェックリスト、選び方のポイントまでを詳しく解説します。初めて依頼する人にも、既に利用中のプロにも実践で役立つ内容を目指します。

オンラインマスタリングとは何か

オンラインマスタリングは、スタジオに出向かずにネット上で音源を送信し、マスター(最終的な音源)を受け取るサービスを指します。大きく分けると次の2種類があります。

  • アルゴリズム/AIベース:アップロードされたステレオファイルに自動処理を適用して短時間でマスターを生成する。代表的な利点は低価格と高速納品。
  • エンジニア(人手)ベース:実際のマスタリングエンジニアが音源を聴き、手動で処理・調整する。細やかなニュアンス調整やフィードバックのやり取りが可能。

オンラインマスタリングで使われる主な処理

マスタリングでは複数の工程が組み合わされます。オンラインでも基本的な処理は変わりません。

  • イコライゼーション(EQ):周波数のバランス調整。楽曲のトーンを整える。
  • コンプレッション/マルチバンドコンプレッサー:ダイナミクスのコントロールや帯域ごとの潰し具合を調整。
  • ステレオイメージング/MS処理:中央とサイドのバランス調整やステレオ幅の最適化。
  • 倍音付加(サチュレーション、エキサイター):アナログらしい温かみや存在感を付与。
  • リミッティング/真のピーク制御:音量を上げつつクリッピングを回避する。True Peak limiterの使用は特にストリーミング対策で重要。
  • ノイズ除去、クリック除去などの修復処理:不要なノイズを取り除き、クリアなマスターにする。
  • ビット深度変換、ディザリング:マスターのビット深度を目的に合わせて最適化。

アルゴリズム型と人手型の違い:長所と短所

アルゴリズム型の最大の強みはコストとスピードです。大量のトラックを短時間で処理でき、一定のクオリティを安価に得られます。一方、楽曲固有の表現や細かな音楽的判断が必要な場合は限界があります。自動処理は平均的な最適解を目指すため、個性的な音作りや複雑なミックスには不向きです。

人手型は音楽的判断・クリエイティブな処理が可能で、アーティストの意図に沿った仕上げができますが、費用と納期がアルゴリズム型より高めになります。多くのサービスは両方を組み合わせ、初回は自動処理で下地を作り、人間が最終チェックをするハイブリッド運用も行なっています。

ストリーミング時代のマスタリング:ラウドネスと正規化

現在、主要ストリーミングサービスはラウドネス正規化を行い、再生時に音量を揃えます。これにより、過度のラウドネス競争(いわゆるラウドネス戦争)の意味合いが変わりました。代表的な規格と注意点は次の通りです。

  • LUFS(Loudness Units relative to Full Scale):音楽の平均ラウドネスを示す指標。マスタリングでの主要評価軸。
  • ITU BS.1770 / EBU R128:放送・配信でのラウドネス測定の国際規格。
  • 各プラットフォームの正規化目標値:サービスによって目標LUFSが異なります(例:Spotifyは-14 LUFS前後、YouTubeはおおむね-13~-14 LUFS、Apple MusicはSound Checkで約-16 LUFS前後が目安とされることが多い)。ただし各社の仕様は更新されるため、最新情報を確認してください。

重要なのは「単に最大音量を上げる」のではなく、所定のラウドネスで音楽的なダイナミクスやインパクトを維持することです。プラットフォームごとに異なる正規化の挙動(True Peak処理や最大ラウドネスの扱い)も意識しましょう。

オンラインマスタリングの一般的ワークフロー

標準的な手順は以下の通りです。サービスによって部分的に異なりますが、基本的な流れは共通しています。

  1. 準備:ミックスの確認(頭出し・余裕のあるヘッドルーム、フェード処理、不要なクリップの除去)。
  2. アップロード:WAV/AIFFのステレオファイル(推奨:24bit、44.1–48kHz以上)。ステムマスタリングを受け付けるサービスもある。
  3. 指示入力:参考曲(リファレンス)、希望するトーン、納期、フォーマット指定(WAV 24bit、16bit、MP3、DDPなど)を入力。
  4. 処理:アルゴリズム/エンジニアが処理。AIサービスは数分〜数時間、人手だと数日〜一週間程度。
  5. 確認・フィードバック:試聴用のプレビューを受け取り、修正依頼があればフィードバックを送る。
  6. 最終納品:指定フォーマットでマスターを受け取る(場合によっては複数フォーマットや配信用プリセットつき)。

アップロード前のチェックリスト(必須)

  • 最終ミックスのピークがクリップしていないこと(0 dBFSを超えない)。
  • ヘッドルームを確保すること(推奨:-6 dBFS 前後のピークヘッドルームで送るサービスが多い)。具体値はサービスに準ずる。
  • 不要なトラックやガイド音源を削除し、フェードや無音部分を整える。
  • リファレンス曲(同ジャンルで理想とする音源)を必ず添付し、どの要素を重視するか明記する。
  • 曲順(アルバムマスターの場合)、インデックスやギャップ長の指定、ISRCやメタデータ、DDPの要否なども事前に決める。

成果物(納品物)について

一般的な納品物は次の通りです。

  • WAV/AIFF(24bit推奨、サンプルレート元のまま)。
  • 16bit WAV(CD用)や高圧縮音源(MP3/AAC)を同梱するサービスもある。
  • ストリーミング用プリセット(プラットフォーム別プリセットを準備するサービス)。
  • アルバムの場合、DDPイメージ(CDプレス用)を含むことも可能。

費用感と納期

アルゴリズム型は数百~数千円から利用でき、納期は数分〜数時間。人手型は数千〜数万円、場合によっては数十万円になることもあり、納期は数日~数週間です。追加のリビジョンやステム(複数トラック)マスタリングは別料金が発生するケースが一般的です。

オンラインマスタリングを活用する際の実践的アドバイス

  • まずはアルゴリズム型で試して方向性を確認し、重要なリリースは人手型で最終調整するハイブリッド戦略が効果的です。
  • 参考曲を複数用意し、楽曲のどの部分(ボーカルの存在感、ローエンドの太さ、アタック感等)を重視するか具体的に指示すること。
  • ストリーミング向けはラウドネスとTrue Peakの管理を重視。サービスが提供する配信プリセットを活用する。
  • 複数の再生環境(ヘッドフォン、モニター、スマホ、車)でのチェックを忘れない。オンライン納品後も自身で必ず確認する。
  • ステムを渡すとエンジニアはより自由に調整できるが、制作工程が増えるため費用は上がる。

選び方のポイント

  • 音楽ジャンルに対応した実績(ポップス/クラシック/EDM等)。
  • 試聴トラック(ポートフォリオ)を聴いて自分の好みに合うか判断する。
  • リビジョン回数や納期、返金ポリシーを事前に確認する。
  • メタデータ埋め込み(ISRC、トラック名)やDDPなど出力要件に対応しているか。
  • 顧客レビューやコミュニティでの評判も参考にする。

よくあるトラブルとその回避法

  • ミックスが不適切な場合、どれだけ良いマスタリングでも限界がある。最初にミックスを見直す。
  • 過度のリミッティングで音が平坦化する:リファレンスを示し、ダイナミクスの希望を明確にする。
  • プラットフォームで音量や質感が変わる:配信先ごとのプリセットを指定するか、自分で各フォーマットを確認する。
  • コミュニケーション不足:希望点は具体的に、可能なら箇所ごとのタイムスタンプを使って伝える。

まとめ:いつオンラインマスタリングを選ぶべきか

コストや速度を重視し、標準的な品質で問題ない場合はアルゴリズム型のオンラインマスタリングが有効です。重要なリリースや特殊な音作り、緻密な音楽的判断が必要な場合は人手によるマスタリングを選ぶべきです。双方の長所を組み合わせるハイブリッド運用や、事前のミックス改善・具体的な指示によってオンラインマスタリングの価値は大きく高まります。

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参考文献

ITU-R BS.1770(ラウドネス測定に関する国際規格)

EBU R128(ラウドネス正規化に関するガイドライン)

Spotify for Artists(配信・正規化に関するFAQ)

YouTube ヘルプ:ラウドネス正規化について

iZotope:Mastering for Streaming(ガイド)

LANDR(オンラインマスタリングサービス)

CloudBounce(オンラインマスタリングサービス)

eMastered(オンラインマスタリングサービス)

SoundBetter(マスタリングエンジニアのマーケットプレイス)