オーディオマスタリング完全ガイド:ラウドネス、メーターリング、配信最適化まで
オーディオマスタリングとは—目的と役割
オーディオマスタリングは、ミックスされた楽曲を最終的な配信・再生環境に最適化する工程です。音質の均衡(周波数、ダイナミクス、ステレオ感)を整え、複数トラック間で一貫した音量と色付けを与え、配信フォーマットやメディア(ストリーミング、CD、アナログ等)ごとの技術要件に合わせた仕上げを行います。単なる音量の増幅ではなく、曲ごとのバランスやリスナー体験を最終化するクリエイティブかつテクニカルな工程です。
マスタリングの主要目標
- 再生環境におけるトランスレーション性(どのスピーカーでも崩れないこと)の確保
- 楽曲間の音量・音色の整合(アルバムやプレイリスト内での一貫性)
- 不必要なノイズや位相問題の除去、ステレオイメージの最適化
- 配信プラットフォームのノーマライズやフォーマット要件に対する適合
- 最終フォーマット(各種ビット深度やサンプルレート、エンコード)での品質維持
ラウドネスとメーターリングの基礎
近年のマスタリングではLUFS(Loudness Units relative to Full Scale)やITU-R BS.1770系列のメータリングが標準です。LUFSは人間の聴感を反映したラウドネスメトリックで、Integrated LUFS(曲全体の平均ラウドネス)、Short-term、Momentaryの値を確認します。さらにTrue Peak(真のピーク、インターサンプルピーク対策)やダイナミックレンジ、位相相関(Correlation)も重要です。
実践的メーター目安(配信対応)
各ストリーミングサービスはノーマライズを行うため、過度にラウドに仕上げても再生時にレベル調整される可能性があります。多くのサービスで狙われる目安は概ね周囲に収まりますが、実際のターゲットはサービス固有です。一般的な指針としては、Integrated LUFSがおよそ-14 LUFS前後を狙うことが安全と言われるケースが多く、True Peakは-1.0 dBTP〜-2.0 dBTP程度の安全マージンを残すのが推奨されます(配信先の仕様を必ず確認してください)。
マスタリングチェーンとプロセス順序
処理順序は工程の安定性に直結します。一般的なチェーン例は以下の通りです(曲により順序や要素は変化します)。
- 整音(不要な低域のローカット等)
- ダイナミクス調整(軽いトランジェントシェーピング、バスコンプレッション)
- 等化(全体のバランスと厳密な問題箇所の補正)
- ステレオイメージ処理(Mid/Sideやステレオ幅調整)
- 倍音付加/サチュレーション(音に“存在感”を与える)
- マルチバンド処理(周波数帯ごとのダイナミクス調整)
- 最終リミッティング(ピーク制御とターゲットLUFSへの調整)
- ディザリングとフォーマット変換(ビット深度変換時)
EQの使い方—補正 vs. クリエイティブ
マスタリングEQは主に微調整が求められます。問題の除去(マスキングする厄介な周波数のカット)、トーンバランスの最適化、そして楽曲のキャラクター強調が目的です。一般に広いQで±1〜2 dBの微調整を多用し、必ず参照音源(リファレンストラック)と比較してください。低域は位相やエネルギーの問題が出やすいため、低域処理は慎重に。
ダイナミクス処理—コンプレッサ、マルチバンド、トランジェント
マスター段でのコンプレッションは、音楽の一貫性と「のり」を作るために用いられます。サブトラクティブな使い方(不要なピークを抑える)とサチュレーションを伴ったカラー付け的な使い方があります。マルチバンドコンプレッサは、低域だけを抑えるなど周波数別にコントロールするのに有効。ただし過度にかけるとミックスのダイナミクスが失われるため、常にABテストを行い自然さを保つことが重要です。
ステレオイメージと位相管理
ステレオの広がりを演出するMid/Side処理は、中央(ボーカルやキック)を安定させつつサイドを拡張できます。しかし位相ずれやモノラル互換性(クラブのPAやラジオでの再生)を崩さないよう、位相コヒーレンスやモノ化チェック(相関メーター)を必ず行ってください。
アナログ機材とデジタル処理の使い分け
ハードウェアは独特の飽和感や位相特性を与えられる一方、デジタルは精密でノイズが少ない利点があります。現代のワークフローではハイブリッド(アナログの温かみ+デジタルの正確さ)が一般的。重要なのは目的に応じて選ぶことで、単に高価な機材を使えば良いというわけではありません。
ディザリングとビット深度変換
最終ファイルを16-bit(CD)や24-bit(デジタル配信)にする場合、量子化ノイズ対策としてディザリングは必須です。ディザリングは変換というよりもビット深度を下げる際の不可避のアートファクトをマスキングする工程であり、適切なタイミング(最後の処理として)で適用します。
ストリーミング配信とノーマライズ—実務上の対応
配信プラットフォームは楽曲の再生ラウドネスを独自に正規化します。結果として過剰にラウドなマスターはノーマライズで目立ちにくくなり、ダイナミクスを潰してしまった場合には不利になることがあります。したがって、各プラットフォームの仕様(ノーマライズターゲット、推奨True Peakなど)を確認し、配信先ごとにマスターを用意すること(複数バージョンのマスターやステムマスターの準備)がベストプラクティスです。
ステムマスタリングとマルチフォーマット配信
ステムマスタリングは、各セクション(ボーカル、ドラム、ベース、その他)を独立して調整できるため、ミックスの修正が必要な場合や複数配信先向けの最適化に有効です。ステムから最終マスターを作ることで、ミックス全体を変えずに配信要件に合わせた調整が行えます。
チェックリストとワークフローの推奨
- 必ず高品質なモニタリング環境で作業する(ルームチューニングや近接リファレンスも活用)
- 複数のリファレンストラックでジャンル適合性を確認
- ABテストを頻繁に行い、処理の有効性を確認
- メーター(LUFS、True Peak、相関)を常時監視
- 書き出し時に必須のメタデータ(ISRC、トラックタイトル等)を確認
- 配信プラットフォームごとに必要なフォーマットで書き出し(例:WAV 24-bit/44.1kHz、あるいは各ストアの指定)
よくある失敗とトラブルシュート
過度なリミッティングで音が潰れる、低域が未処理でモノ化すると低音が消える、位相ずれでスピーカー間のつながりが悪くなる、True Peak超過でストリーミングのクリッピングにつながる等が代表的な問題です。これらはメーターの無視やリファレンス不足が原因となることが多いため、メータリングと比較試聴を厳格に行ってください。
機材とプラグインの選び方
ソフトウェアではiZotope Ozone、FabFilter Proシリーズ、Waves、Metric Haloなどがマスタリングで定評があります。ハードウェアではマスターコンプレッサやEQ、アナログサチュレーション機器が選ばれますが、最も重要なのは耳とルーム、適切なメーターリングです。プラグインは機能性と透明性、レスポンスの良さで選ぶと良いでしょう。
まとめ—良いマスターの本質
良いマスターは主張しすぎず楽曲の魅力を最大限に引き出すものです。テクニカルな正確さ(LUFS、True Peak、位相の整合)と音楽的判断(トーン、ダイナミクス、感情表現)の両立が求められます。配信環境に合わせた最適化と、リファレンスやチェックリストを用いた再現性の高いワークフローが、高品質なマスタリングを実現します。
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参考文献
- YouTube ヘルプ - オーディオの正規化に関するページ
- Spotify サポート - Volume normalization(ノーマライズ)
- ITU-R BS.1770(ラウドネス測定の国際標準)
- Wikipedia - Loudness units relative to full scale (LUFS)
- iZotope - Mastering Guide(実践ガイド)
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