TPDFディザとは何か — 音質を守る三角分布ノイズの理論と実践
TPDFディザとは何か
TPDFディザ(Triangular Probability Density Function dither)は、デジタル音声処理において量子化(ビット深度削減)による望ましくない周期的・相関的な歪み(トーンやハーモニック成分)を抑えるために入力信号に付加するランダムノイズの一種です。名前の通り確率密度が三角形の分布(triangular distribution)を持ち、単純な一様分布(rectangular, RPDF)やガウス分布のディザと比べて、量子化誤差を入力信号から完全に独立化し、聴感上の不自然な歪みを除去する特性があります。
歴史と理論的背景
ディザ(dither)自体の理論は1950〜1960年代にBernard Widrowらによって量子化誤差の統計的扱いとして整備されました。ディザを加えることで量子化誤差が入力信号に依存しない確率過程に近づき、非線形歪みや周期的なモジュレーション成分を消去できることが示されました。音声・音楽分野では、特に24ビット→16ビットなどのビット深度を下げる最終段でTPDFが広く推奨されており、マスタリングや信号配信での標準的手法になっています。
技術的な原理:なぜTPDFが効くのか
量子化器は入力値を最寄りの離散値に丸める処理を行うため、同じ入力波形に対しても常に同じ誤差パターン(例えば±1LSBの切り替わり)が発生し、これが入力の周期成分と同期すると明確なトーンやハーモニック歪みを生みます。ディザはその前段でランダムノイズを加えることで、量子化点に到達するタイミングや位相をランダム化し、量子化誤差を入力信号と統計的に独立にします。
TPDFに特有の利点は、適切な振幅で加えた場合に量子化誤差の期待値がゼロになり、かつ誤差が入力に依存しない完全にランダムな分布になることです。これは、理想的には元信号に起因するハーモニック成分(歪み)が完全に消えることを意味します。その代償は、量子化プロセスに付加されるノイズフロアの上昇です。しかし、TPDFはその性質上、ノイズをよりランダムかつ「自然な」聴感特性にするため、音楽的には受け入れられやすいとされています。
TPDFの生成方法(アルゴリズム)
TPDFノイズは実装的には非常にシンプルです。代表的な生成方法は以下の通りです:
- 2つの独立な一様分布(RPDF)乱数を生成し、それらを足し合わせる。2つの一様分布の和は三角分布(TPDF)になります。例えば、u1,u2を[-0.5, +0.5]の一様乱数とすると、n = u1 + u2 は[-1.0, +1.0]の三角分布になります。
- 別方式としては、rand() - rand() で生成する方法もよく使われます(同一分布の差分も三角分布になる)。
実装上は、目的のピーク値(通常は量子化ステップ=1LSBに合わせる)に合わせてスケーリングします。多くのDAWやマスターリングツールで使われる手法は、TPDFのピーク対ピーク振幅(p-p)を1LSB相当とするものです。これにより量子化誤差の完全な独立化が得られると広く実務で扱われます。
TPDFがもたらす効果とトレードオフ
TPDFの導入で得られる主な効果は次のとおりです:
- ハーモニック歪みや周期的なトーンの消失:入力と誤差の相関が除去されることで、だれでも聞き取れる定常的な歪みが無くなります。
- 聴感上の「自然さ」の向上:ノイズがランダム化されるため、音楽信号に含まれる微細なアーティファクトがマスクされやすくなります。
一方でのトレードオフ:
- ノイズフロアの上昇:TPDFをRPDFの和として得る場合、同じ一様乱数の分散が2倍になるため(分散比は2:1)、結果としてノイズパワーは+3 dB程度増加します。つまり歪みが消える代わりに白色ノイズがわずかに増えます。
- 重要な音楽的ディテールが小さな振幅で再生される箇所では、ノイズが目立つ可能性があるため、ノイズシェイピングなどの補助手法が併用されることが多いです。
TPDFと他のディザ手法の比較
以下に代表的な比較を示します:
- RPDF(矩形分布)ディザ:単純で分散が小さく、ノイズフロアの増加はTPDFより少ないが、入力信号と量子化誤差の一部の相関(特に低振幅でのトーン残存)を完全には排除できない。
- ガウス分布ディザ:確率密度が正規分布であり数学的扱いは良いが、実装とパラメータ管理の面で使いにくく、TPDFほど“完全な”ハーモニック除去特性を示さないことが多い。
- ノイズシェイピング(noise shaping):ディザに周波数特性を持たせて人間の聴感上目立ちにくい周波数帯へノイズを移動させる手法。TPDFと組み合わせて使うことで、歪みを抑えつつ可聴域でのノイズをさらに低減できる。ただし実装が複雑で、過度のシェイピングは位相特性や再生環境で問題を起こす場合がある。
- サブトラクティブ(subtractive)ディザ:量子化前にノイズを加え、量子化後で同じノイズを引く手法。理論的にはノイズを残さずに量子化の非線形性のみを除去できるが、実用的にはノイズを後で完全に除くための同一乱数系列の保存など特別な条件が必要であり、一般の音楽制作ではほとんど用いられない。
実務での使い方:いつどのようにTPDFを用いるか
音楽制作・マスタリングでの典型的な用途はビット深度の変換(例:24ビット→16ビット)です。信号を最終的な配信フォーマットに落とし込む際、以下の点が実務上のガイドラインになります:
- 最終段でTPDFディザを適用する。ミックスやプロセスの中間段での不要なビット落ちは避け、最終アウトプットにのみディザを行うのが基本。
- TPDFの振幅は通常、最小量子化ステップ(1LSB)のp-pに合わせることが多い。これにより量子化誤差の独立化が得られるとされる。
- 可聴域でのノイズを低く保ちたい場合は、TPDFとノイズシェイピングを組み合わせる。一般的なマスタリングツールやDAWのビットダウン機能には、TPDF+シェイピングのオプションが付いていることが多い。
実装上の注意点
TPDFを実装する際の注意点は次の通りです:
- 乱数生成器(PRNG)の品質:短周期や周期的なパターンがあると、逆に周期的アーティファクトを生む恐れがある。高品質なPRNGを用いること。
- 同一乱数系列の再利用に注意:複数チャンネルで同じ乱数系列を使うとチャンネル間に相関が生じ、ステレオイメージに影響する可能性がある。独立系列を用いるか、適切にオフセットする。
- サンプルごとに異なる一様乱数を使い、必要に応じて2つ加算してTPDFを作る。性能上の理由からテーブル参照型や高速PRNGを用いることもあるが、音質評価を行ってから導入する。
- 過度なノイズシェイピングは極端な位相特性や再生機器での発振感を招くことがあるため、リスニングテストを必ず行う。
ケーススタディ:マスタリングでの典型的ワークフロー
実務での簡易ワークフロー例:
- ミックスを24ビット/浮動小数点で保つ → 最終的にルーティングして最終レベルを確定
- 必要に応じてリミッティング/ラウドネス処理を行う(クリッピングに注意)
- ビット深度を下げる場面でTPDFを適用(1LSB p-p相当のTPDFが一般的)
- 可聴域のノイズが問題であればTPDFにノイズシェイピングを併用する(ただしリスニングチェックを厳密に行う)
まとめ
TPDFディザは、量子化に伴う音声信号の非線形歪みや周期的なアーティファクトを除去するための実践的で理論的に支持された手法です。若干のノイズフロア上昇を伴いますが、聴感上は歪みが消えることで音楽的に好まれる結果(自然さの向上)が得られることが多く、マスタリングや配信前のビット深度変換では標準的に用いられています。実装では乱数品質、チャンネル間相関、ノイズシェイピングとの組み合わせなどに注意して適用することが重要です。
エバープレイの中古レコード通販ショップ
エバープレイでは中古レコードのオンライン販売を行っております。
是非一度ご覧ください。

また、レコードの宅配買取も行っております。
ダンボールにレコードを詰めて宅配業者を待つだけで簡単にレコードが売れちゃいます。
是非ご利用ください。
https://everplay.jp/delivery
参考文献
Triangular distribution — Wikipedia
Bernard Widrow, István Kollár, "Quantization Noise" (参考文献・理論背景)


