サウンドスケープデザイン: 空間音響の理論・手法・実践ガイド
サウンドスケープデザインとは
サウンドスケープデザイン(soundscape design)は、ある環境の「聴覚環境(acoustic environment)」を人々がどのように認識・経験し、どのように感じるかを設計・改善する包括的な実践です。単に雑音を抑えるだけでなく、環境音の質を高め、居心地・安全性・記憶性・機能性などを向上させることを目的とします。近年は都市計画、建築、VR/AR、ゲーム、博物館、医療福祉など幅広い分野で注目されています。
歴史と理論的背景
「サウンドスケープ」という概念は、カナダの作曲家で音響生態学の提唱者であるR. Murray Schaferによって広められました。彼は1970年代にワールド・サウンドスケープ・プロジェクト(World Soundscape Project)を立ち上げ、音環境の記録・分析・保存・教育を行いました。サウンドスケープ研究は、音響生態学(acoustic ecology)という学際的な分野と深く結びついています。
国際標準化機構(ISO)もサウンドスケープに関する標準をまとめており、ISO 12913シリーズは「soundscape」を「人が知覚・経験・理解する音環境」として定義し、研究・評価・設計のための枠組みを提供しています。
基本概念と用語
- キーノート音(keynote sounds): 背景的に常に存在し、場の雰囲気を形作る音(例:街路の風切り音、エアコンの低音)。
- シグナル(sound signals): 注意を引くイベント性の高い音(例:クラクション、アナウンス、鳥の鳴き声)。
- サウンドマーク(soundmarks): 地域固有の象徴的な音(例:教会の鐘、工場の機械音)。
- サウンドウォーク(soundwalk): 音環境を意識的に歩き、観察・記録する手法。フィールドワークでよく使われます。
心理音響と知覚の要点
サウンドスケープは物理的な音圧やスペクトルだけでなく、人の心理的評価によって決まります。主要な知覚軸としては、快適さ(pleasantness)や活発さ(eventfulness)などがあり、これらはアンケート(semantic differential)や統計的手法で定量化されます。音の定位(左右・上下・奥行き)、マスキング(ある音が他の音を聞こえにくくする現象)、周波数帯域と時間特性(持続音・突発音)が評価に大きく影響します。
測定と評価手法
サウンドスケープの評価には物理計測と主観評価の両方が不可欠です。
- 物理指標:LAeq、スペクトル解析、時間周波数解析、RT60(残響時間)などは音環境の客観的把握に役立ちます。
- 主観調査:サウンドウォークやアンケート、セマンティック・ディファレンシャル法、ペアワイズ比較、行動観察などで人々の感じ方を収集します。ISO 12913-2/3ではデータ収集と指標化の手順が示されています。
制作・設計のためのツールと技術
現代のサウンドスケープデザインでは、録音・編集・空間音響再現の技術が重要です。
- フィールド録音機材:指向性の異なるマイク(オムニ、カーディオイド、バイノーラルマイク)や現場録音用レコーダー。
- 空間オーディオ:バイノーラル録音、Ambisonics、Wave Field Synthesis(WFS)など、リスナーの位置や向きに応じた立体音場を作る技術。
- DAWとプラグイン:マルチトラック編集、コンボリューション・リバーブ(実空間の残響を適用)、空間化プラグイン(Ambisonicエンコーダー/デコーダー)、イマーシブ音響ツール(例:IEMプラグイン、Resonance Audioなど)。
- 解析ツール:スペクトログラム、SPLメーター、FFT解析ソフト。
デザインプロセス(実務的なステップ)
サウンドスケープを設計する際の代表的なプロセスは次のとおりです。
- 現地調査: 録音、音場測定、利用者インタビュー、サウンドウォークで現状を把握する。
- 目標設定: その空間に期待される機能(安静性、活性化、識別性など)を明確にする。
- コンセプト設計: キーノート音やサウンドマークの導入、不要な騒音の緩和策(遮音・吸音・配置変更)を検討する。
- プロトタイプと評価: サウンドスケープを可聴化したモデルで試聴評価や利用者テストを実施し、主観評価と物理測定を比較する。
- 実装とモニタリング: 実空間での実装後も継続的に評価を行い、必要に応じて調整する。
代表的な応用分野と事例
サウンドスケープデザインは多様な場面で応用できます。
- 都市・公共空間: 公園や広場、歩行者空間での快適性向上や騒音低減。サウンドマークの導入で場所のアイデンティティを高める。
- 建築・インテリア: 商業施設やオフィス、病院での音環境設計。吸音材や音響仕上げの選定により会話の明瞭性やプライバシーを確保する。
- 文化施設・展示: 博物館や展示の演出で空間にストーリーを与え、来場者の没入感を高める。
- VR/ゲーム/映画: イマーシブな音場設計は没入感と行動誘導に直接影響する。
- 医療・福祉: 回復環境の設計や認知症ケアでの音環境最適化によりストレス軽減や睡眠改善を図る研究が進んでいます。
設計上の留意点と倫理
サウンドスケープデザインでは、文化的背景や利用者の多様性を考慮することが重要です。ある地域では心地よいとされる音が、別の文化圏では不快とされる場合があります。また、公的空間でのサウンド設計は「強制的な音の導入」になり得るため、周辺住民や利用者との合意形成(パブリック・インボルブメント)が求められます。騒音問題や健康影響にも配慮し、透明性のある評価とモニタリングを行うことが重要です。
評価指標と研究動向
近年の研究では、従来の音圧中心の指標(例:LAeq)に加え、人間の知覚を捉える指標が重視されています。主観評価から導かれた「快適さ(pleasantness)」「活性度(eventfulness)」といった心理的次元に基づくモデルが提案され、空間設計や政策評価に組み込まれつつあります。また、機械学習を用いた音環境の自動分類や、IoTセンサを活用したリアルタイムモニタリング、AmbisonicsやWFSを用いたより高精度な音場再現と評価の組合せといった技術的な進展も見られます。
実践のためのチェックリスト
- 現地の物理特性(建材、反射面、開口部)を把握する。
- 主要な音源(交通、人の行動、設備)をリストアップする。
- 利用者の期待や活動(静養、会話、移動など)を明確にする。
- 録音と主観調査を並行して行い、設計仮説を検証する。
- 試聴プロトタイプ(バイノーラル・Ambisonics)で早期に評価を行う。
- 実装後もモニタリング計画を立て、必要に応じて調整する。
まとめ
サウンドスケープデザインは、物理的な音環境を越えて、人々の感じ方や行動、記憶に働きかける学際的な領域です。ISOの定義やサウンドウォーク、アンケートといった手法を組み合わせ、現地調査→目標設定→プロトタイプ→評価のサイクルを回すことが成功の鍵です。技術的には録音/音響再現/解析ツールが充実しており、VRやIoTの進展により新しい応用も広がっています。文化的・倫理的配慮を忘れず、利用者参加型のプロセスで持続可能な音環境を目指しましょう。
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参考文献
- R. Murray Schafer(Wikipedia) — ワールド・サウンドスケープ・プロジェクトと著作について
- ISO 12913-1:2014 — Acoustics — Soundscape — Part 1: Definition and conceptual framework (ISO)
- World Health Organization — Environmental Noise Guidelines for the European Region (2018)
- Ambisonics(Wikipedia) — 空間音響の技術的概説
- Wave Field Synthesis(Wikipedia) — WFS の概要


