音量ノーマライズ完全ガイド:LUFS・True Peak・配信プラットフォーム別最適化法

音量ノーマライズとは何か

音量ノーマライズ(loudness normalization)は、異なる音源の聴感上の大きさを揃えるために音声信号のゲインを調整する処理や、そのための仕組みを指します。従来のピーク基準のノーマライズ(波形の最大振幅を揃える)とは異なり、現代のノーマライズは人間の知覚に基づく音量(ラウドネス)を測定する尺度を使い、長さや周波数バランス、ダイナミクスを考慮して統一的に整える点が特徴です。

LUFS/LKFS・LU・LRA などの指標

音量ノーマライズで最も多く使われる尺度がLUFS(Loudness Units relative to Full Scale)または同等のLKFSです。1 LU(Loudness Unit)は1 dBに相当し、LUFS/LKFSは統一されたK-weightingフィルタと特定の測定法に基づき算出されます。代表的な測定値には以下があります。

  • Integrated(統合ラウドネス): トラック全体の平均的ラウドネス。配信プラットフォームのターゲット値と比較してゲインが決まる。
  • Short-term(短時間ラウドネス): 約3秒の平均ラウドネス。瞬間的な大きさの目安。
  • Momentary(瞬間ラウドネス): 約400ミリ秒の平均ラウドネス。非常に短い変化を捉える。
  • LRA(Loudness Range): ラウドネスの変動幅(ダイナミックレンジに近い概念)。
  • True Peak(真のピーク値): デジタル波形のサンプリング点を超えた際に生じるインターサンプルピークを考慮した最大瞬間値。クリッピング回避のため重要。

基準となる規格とアルゴリズム

LUFSやLKFSの測定は主にITU-R BS.1770という国際規格のアルゴリズムに基づきます。BS.1770はK-weightingと呼ばれる周波数補正、ゲーティング(静かな部分を除外する手法)、およびメータリング手法を定義しており、バージョン更新で精度が改善されています。放送業界ではEBU R128(欧州放送連合)が-23 LUFSを放送基準として採用し、北米のATSC規格A/85では-24 LKFSあたりが推奨されるなど、放送向けには厳格な基準があります。

配信プラットフォームと実践的なターゲット

ストリーミング/配信プラットフォームはそれぞれ独自のターゲットラウドネスを設定し、自動的にノーマライズを行います。代表的な傾向は次の通りです(2025年時点での一般的な情報に基づき、実装は各社で随時変更される可能性がある点に注意してください)。

  • 音楽ストリーミング(例: Spotify): 多くのストリーミングは-14 LUFS前後をターゲットにすることが多いと報告されています。ユーザー側でノーマライズのオン/オフを切り替えられる場合もある。
  • YouTube: 動画コンテンツのラウドネスはプラットフォーム側が調整するため、概ね-13~-14 LUFS付近を目安にすると良い。True Peakを-1 dBTP程度に抑えるのが安全です。
  • ポッドキャスト: 放送系に比べるとラウドネスが高めに推奨されることが多く、-16 LUFS前後を推奨するツールやサービスが多い(番組のジャンルや配信先により差がある)。
  • 放送: EBU R128では-23 LUFS、ATSC A/85では-24 LKFSが代表的なターゲット。

重要なのは、各プラットフォームが自動的に補正する仕組みを持つため、過度にラウドネスを上げる(過圧縮する)と、プラットフォーム側でゲインを下げられ、結果的にダイナミクスを失ったマスタリングが逆効果になる点です。つまり“勝手に大きくする”より“適切なラウドネスとダイナミクスの両立”が理想です。

ノーマライズ方法の種類

ノーマライズには主に以下の手法があります。

  • ラウドネスベースのゲイン調整: Integrated LUFSを測定して単純にゲインを上げ下げする方式。最もシンプルで透明性が高いが、ダイナミクスは変わらない。
  • リミッティング/ダイナミクス処理: コンプレッサやリミッタで平均ラウドネスを上げながらピークを制御する方式。ラウドネスは上げられるがダイナミクスが狭くなる可能性がある。
  • メタデータ方式(ReplayGainなど): 実際のオーディオを変換せずに、どのくらいゲインをかけるべきかの情報を付与する手法。プレーヤー側がメタデータを読み取り再生時に適用する。

True Peak の重要性とクリッピング回避

デジタル波形をデジタル-アナログ変換(あるいは圧縮コーデック処理)する際、サンプリング点とは異なる時間で発生するインターサンプルピークが問題となります。True Peakメータ(BS.1770系の測定にはTrue Peakの考慮が推奨されます)を用い、マスターファイルの最大値を-1 dBTPや-1.5 dBTPなど安全余裕を持って保つことが配信先での歪みやクリッピングを防ぐ上で重要です。

マスタリングとワークフローの実践例

実際の制作現場におけるノーマライズを意識したワークフロー例を示します。

  • ミックス段階でクリアなヘッドルームを確保(-6 dBFS程度のピーク余裕)。
  • マスタリング前にIntegrated LUFSを測定し、目標よりかなり低い場合はまずはゲイン調整で近づける。
  • 必要に応じてマルチバンドコンプレッションやリミッタで瞬間的ピークを制御しつつLRAを破壊しないよう注意する。
  • True Peakを測定し、配信先の推奨値(例: -1 dBTP)を超えないようリミッタで制御。
  • 配信ごとにマスターを作る: 放送用(-23 LUFS)とストリーミング用(-14~-16 LUFS)で異なる処理を施すことが望ましい。

ツールとメータリング

LUFSやTrue Peakを正確に測るツールは多数あります。代表的なものは:

  • Youlean Loudness Meter(無料版あり)
  • iZotope Insight
  • Waves WLM Loudness Meter
  • NUGEN VisLM
  • DAW内蔵のラウドネスメーター(近年の多くはBS.1770準拠)

選定時にはBS.1770に準拠していること、Integrated/Short-term/Momentary/LRA/True Peakが計測できることを確認してください。

よくある誤解と注意点

  • 「LUFSを合わせれば良い」は半分正解: 単純にIntegrated LUFSを合わせるだけでなく、LRAやトラックの質感、曲の性格に応じて処理を変える必要があります。
  • 「ピークが低ければ安全」ではない: サンプリング点のピークは低くてもインターサンプルピークで歪む可能性があるためTrue Peakメータで確認が必要です。
  • プラットフォームの自動ノーマライズを過信しない: 自動補正でゲインが下がることがあるため、意図したダイナミクスを保持するためには配信先を想定したマスタリングが重要です。
  • ラウドネス戦争に注意: 単純にラウドネスを上げ続けると音楽の鮮度や表現が損なわれます。音楽的な判断が優先されるべきです。

まとめ:最適化の考え方

音量ノーマライズは、技術(LUFS/LKFS/True Peakなど)と音楽的判断の両方を要する作業です。配信先のターゲットを理解し、適切なラウドネスとダイナミクスのバランスを取ることが求められます。マスターを複数用意する/あるいは配信前に最終チェックを行うことで、プラットフォームによる不要な補正や音質劣化を最小化できます。

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参考文献