ロスレス圧縮とは何か―音質、技術、保存と配信の実務ガイド
ロスレス圧縮とは
ロスレス圧縮(lossless compression)は、音声データを圧縮しても元のデータを完全に復元できる方式を指します。つまり、圧縮前と圧縮後でビット単位の一致が保証され、情報の欠落や不可逆変換が起きません。CDのリニアPCM(通常16bit/44.1kHz)を例にとれば、WAVやAIFFのような非圧縮データをFLACやALACなどのロスレスコーデックで圧縮すると、元の音声を正確に復元できます。
ロスレスとロッシー(可逆/不可逆)の違い
音声コーデックは大きくロスレス(可逆)とロッシー(不可逆)に分かれます。ロッシー(MP3、AAC、Ogg Vorbisなど)は人間の聴覚の特性を利用して音の一部を捨てることで高圧縮率を実現しますが、元のデータとは一致しません。一方ロスレスは情報を失わないため、アーカイブやマスター保存、プロダクション用途に適しています。
代表的なロスレスコーデックと特徴
- FLAC(Free Lossless Audio Codec): オープンでライセンスフリー。効率的な線形予測(LPC)とRice符号化などを用いる。プレイヤーやハードウェアの対応が広く、メタデータ(タグ)や可逆性、整合性チェック機能を備える。
- ALAC(Apple Lossless Audio Codec): Appleが開発した可逆圧縮形式。iTunes/Apple Musicエコシステムでネイティブサポートされる。近年はオープン化され、互換性が向上した。
- WavPack: 高速で柔軟なオプションを持ち、ハイブリッドモードでロスレス+損失版を同梱できる特徴がある。
- Monkey's Audio(APE)、TAKなど: 圧縮効率が高い場合があるが、特許やライセンス、プラットフォーム対応で制約があることが多い。
技術の概略:どのように圧縮するのか
ロスレス音声圧縮は一般に次のような手順を踏みます。まず信号の予測を行い、実際の信号と予測との差(残差)を小さくします(線形予測:LPCなど)。残差は乱雑度が低いため、効率的な符号化(Rice符号化、ハフマン符号化、算術符号化など)でさらに圧縮されます。これにより、情報を失わずにデータ量を削減できます。
圧縮率とファイルサイズの目安
一般に、ロスレス圧縮後のファイルサイズは元のWAVファイルの約40〜70%程度に収まることが多く、曲の種類(音の複雑さ)、サンプルレート、ビット深度によって変動します。静的なクラシック録音やモノラル音源は高い圧縮率を得やすく、広帯域で複雑なポップ/ジャンルは圧縮率が低くなる傾向があります。
音質についての誤解と実際
ロスレスは理論的に「完璧に元に戻る」ため、元のマスター音源と差が出ることはありません。一方で「ロスレスなら必ず音が良い」とは限らない点に注意が必要です。音質の印象にもっとも影響するのはマスタリングや録音のクオリティであり、同じマスターをロスレスと高ビットレートのロッシーで比較した場合、通常のリスニング環境では多くのリスナーが違いを識別できないというダブルブラインド(ABX)テスト結果が多数あります。したがって、リスニング目的かアーカイブ目的かでロスレスの必要性は変わります。
ストリーミングとロスレス配信の現状
近年、主要ストリーミング事業者がロスレス(あるいはハイレゾ)配信を提供しています。Apple Musicは2021年にALACベースのロスレスとハイレゾ(最大24bit/192kHz)を導入しました(設定による)。Amazon Music HDやTIDAL(FLACを用いたHiFiプランなど)もロスレス配信を提供しています。一方、MQAのように「マスター品質」を謳う方式は可逆ではない、あるいは議論がある点があるため、技術仕様を確認することが重要です。
ワークフロー:保存・配信の実務的な勧め
- アーカイブ: 元マスターは非圧縮(WAV/AIFF)またはロスレス(FLAC/ALAC)で保管するのが望ましい。FLACはオープンで長期保存に適している。
- メタデータ: FLACはVorbisコメント、ALACはiTunesタグなどメタデータが扱える。アーティスト情報やトラック番号を正しく保持すること。
- チェックサム: 長期保存ではファイル破損検出のためにMD5/SHAなどのチェックサムを併用すると安全性が高まる。
- 配信向け変換: 配信やストリーミングではターゲットフォーマット(ロスレス/ロッシー)に合わせて別ファイルを生成し、元ファイルから再エンコードしないこと(ロスレス→ロッシーは一度だけ実行し、ロッシー同士の再変換は避ける)。
再生環境と互換性
多くのソフトウェアプレイヤーやネットワーク機器、スマートフォンはFLACをネイティブで再生できますが、Apple製品はALACを特にサポートします。ハイレゾ(96kHz/192kHz)再生は再生機器とDACの対応が必要です。スマートフォンのストリーミングやサブスク利用ではデータ通信量とバッテリー消費も考慮しましょう。
ギャップレス再生とタイミング
ライブアルバムや一続きの曲(シンフォニー、DJミックス)ではトラック間の無音部分を挟まず再生する「ギャップレス」が重要です。多くのロスレスフォーマットはギャップレス再生をサポートしますが、プレイヤーの実装によっては問題が出ることがありますので、購入や配信の際はテストすることを推奨します。
オーディオフォーマット選択の判断基準
- 保存性重視: オープンなFLACとチェックサム管理を推奨。
- Apple中心の環境: ALACが利便性で有利(iTunes/Apple Musicとの親和性)。
- 配信互換性: 受け手(配信プラットフォーム、顧客)の対応状況を確認。
- ファイルサイズと運用コスト: ストレージや配信帯域の制約と相談して選ぶ。
オーディオ愛好家とロスレスの“価値”について
オーディオファン/エンジニアにとって、ロスレスは「信頼できる原本」を意味します。リマスターやリミックス、アーカイブ用途では不可欠です。ただし日常の音楽消費においては、適切にエンコードされた高ビットレートのロッシー(320kbps MP3や256kbps AACなど)で十分というケースも多く、出費やストレージの現実と照らし合わせた選択が重要です。
よくある誤解と注意点
- ロスレス=高音質という単純化は避けるべき。マスタリング品質や録音条件が本質。
- 「ハイレゾ=良い音」も同様に慎重に判断する必要がある。サンプルレートやビット深度は情報量を示すが、マスター自体が低品質であれば意味が薄い。
- MQAなど一部フォーマットは議論があり、技術仕様を確認してから採用を判断する。
まとめ:いつロスレスを選ぶべきか
次のような場合はロスレスを選ぶ価値があります。アーカイブや配信のマスター保管、プロの音楽制作、リマスタリング作業、あるいは個人的に最高品質を求めるリスニング環境。逆にストレージや帯域が厳しい場合、または一般的なモバイルリスニングが中心であれば高品質ロッシーでも十分なケースが多いです。
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参考文献
- FLAC - Free Lossless Audio Codec (公式)
- Lossless compression - Wikipedia
- Apple Lossless (ALAC) - Wikipedia
- Apple Music でロスレスオーディオと空間オーディオを利用する - Apple サポート (日本語)
- Master Quality Authenticated (MQA) - Wikipedia
- Gapless playback - Wikipedia
- Blind test - Wikipedia (ABX/盲検法の概説)


