環境音の音楽的考察と制作ガイド:サウンドスケープがもたらす表現と効果
環境音とは何か:定義と範囲
環境音は、特定の音楽的意図のない日常環境や自然環境から発生する音の総称であり、風、鳥の鳴き声、街の喧騒、機械音などが含まれます。音楽の文脈では、これらの音をそのまま素材として扱うか、加工して音楽作品に組み込むことで新たな表現を生み出します。環境音は単なる背景ノイズではなく、「サウンドスケープ(音風景)」という概念を通じて、人間と環境の関係性を可聴化する重要な要素です。
歴史的背景:先駆者と潮流
20世紀に入ってから、環境音を芸術的に扱う動きが生まれました。ピエール・シェフェールのミュージック・コンクレートは、生活音や機械音を録音・編集して音楽作品にする手法を確立しました。R. Murray Schaferは「サウンドスケープ」という概念を提唱し、音の環境が社会や文化に与える影響を研究しました。ブライアン・イーノはアンビエント音楽で環境音的要素を積極的に取り入れ、音楽が空間に与える影響を探りました。近年では、バーニー・クレイスなどの生態音響学者が、生物群や地理的要因による音の集積(biophony, geophony, anthropophony)を分類し、環境音の科学的研究が進んでいます。
サウンドスケープの分類:biophony, geophony, anthropophony
- Biophony(生物音):動植物による音、例として鳥のさえずりや昆虫の鳴き声。
- Geophony(地球音):風、雨、波など無生物起源の自然音。
- Anthropophony(人為音):交通、工場、会話など人間活動由来の音。
この分類は、サウンドスケープを分析・保全する際に有効であり、音の起源を意識することで作曲や録音時の選択肢が広がります。
聴覚と心理学:環境音が心身に与える影響
環境音は聴覚処理だけでなく、注意、感情、ストレス反応にも影響を与えます。アルバート・ブレグマンの「聴覚シーン分析(Auditory Scene Analysis)」の考え方は、複数の音情報をどのように分離・統合して認識するかを説明します。自然音は多くの人にとってリラクゼーションや回復効果をもたらすことが報告されており、病院環境に自然の視覚・音環境を導入することで患者の回復が促進されたとの研究もあります(例:Ulrichの研究)。ただし、都市の騒音は健康に悪影響を及ぼすため、環境音にはポジティブな側面とネガティブな側面の両方があります。
音楽制作における環境音の役割と手法
環境音を音楽に取り込む手法は多様です。以下は代表的なアプローチです。
- フィールドレコーディングをそのまま用いる:ドキュメンタリーやアンビエント作品で効果的。
- 加工・合成してテクスチャー化:時間伸長、ピッチシフト、グラニュラー合成で音色を抽象化。
- サンプリングしてリズム素材に利用:都市の機械音やドアの音を打楽器的に扱う。
- 空間表現として配置:バイノーラルやマルチチャネルで定位感を作る。
重要なのは、環境音を単なる“効果”で終わらせず、楽曲の構造や意味と結びつけることです。音の時間的変化や音量のダイナミクスを活かし、聴き手に物語や場の感覚を提供します。
録音と技術:現場での注意点
良質な環境音を得るには機材と技術が重要です。ステレオペア、ショットガン、オムニマイク、そしてバイノーラルマイクや中低周波を拾うロングレンジマイクなど、目的に応じたマイク選択が求められます。風防の使用、風向き・時間帯の考慮、録音ログの記録(位置、天候、機材)は後処理での利便性を高めます。野生動物や自然環境を録る際は生態系へ配慮し、静かに行動することが重要です。また、都市録音では肖像権・プライバシーに関する法的配慮が必要です。
ミキシングと音響処理:環境音を音楽に馴染ませる技術
環境音をミックスする際は周波数バランス、リバーブとディレイによる奥行き、ダイナミクス・プロセッシングによる自然さの保持がカギです。EQで不要な低域をカットし、周波数帯域を楽器とすみ分けることでマスクを防ぎます。時間伸長(タイムストレッチ)やグラニュラー処理で静的な音に動きを与えたり、サンプルをスライスしてリズム素材に転用する技術も多用されます。立体音響(AmbisonicsやDolby Atmos)により没入感を高めることも可能です。
文化・倫理的考察:所有権、利用、生態系への配慮
環境音の利用には倫理的な側面があります。録音対象が民間人の会話や私有地に関わる場合は許諾が必要です。自然環境での録音は生物にストレスを与えないよう配慮し、保護区域のルールを守ることが前提です。さらに、伝統的な音や民族音を素材にする場合は文化的適切性(cultural appropriation)を考慮し、現地コミュニティへの敬意と透明なクレジットを心がける必要があります。
応用領域:ヒーリング、都市計画、ゲーム・映画音響
環境音は医療や福祉、都市デザイン、エンターテインメントで幅広く活用されています。療法的環境音はストレス軽減や注意回復に寄与するとされ、都市計画では音環境の改善が生活品質向上に繋がります。ゲームや映画では環境音が没入感を生み、物語や空間のリアリティを支えます。音のデザインは視覚と同様に場の記憶を形作る強力な手段です。
実践ガイド:クリエイター向けチェックリスト
- 録音前に目的を明確化する(素材、背景、テクスチャー)。
- 機材準備:風防、バッテリー、記録ノートを用意する。
- 時間帯と天候を計画する(鳥のさえずりは早朝、都市は時間帯で特性が変わる)。
- メタデータを残す(場所、日時、機材、設定)。
- 編集時は音の空間性とダイナミクスを優先し、過度な圧縮を避ける。
- 公開前に法的・倫理的チェックを行う(被写体の同意、保護区域規制など)。
事例とアーティスト
環境音を中心に活動する重要な人物としては、サウンドスケープ理論のR. Murray Schafer、自然音録音を芸術に昇華したBernie Krause、アンビエントの旗手Brian Eno、現代の音響作曲家Hildegard Westerkampやフィールドレコーディングの大家Chris Watsonが挙げられます。日本の文脈では吉村弘(Hiroshi Yoshimura)など、環境や空間を重視するアンビエント作家の活動も参考になります。
まとめ:環境音を扱う上での心得
環境音は音楽的素材として極めて豊かな可能性を秘めていますが、それを扱う際には技術、倫理、受容性の三つのバランスが重要です。良い録音は時間と観察から生まれ、優れた編集は場の感覚を損なわずに新たな意味を付与します。リスナーにとって馴染み深い音であっても、新しい文脈で提示されることで驚きや気づきを与えることができるため、創作者には想像力と慎重さが求められます。
エバープレイの中古レコード通販ショップ
エバープレイでは中古レコードのオンライン販売を行っております。
是非一度ご覧ください。

また、レコードの宅配買取も行っております。
ダンボールにレコードを詰めて宅配業者を待つだけで簡単にレコードが売れちゃいます。
是非ご利用ください。
https://everplay.jp/delivery
参考文献
- R. Murray Schafer - Wikipedia
- Bernie Krause - Wikipedia
- Brian Eno - Wikipedia
- Pierre Schaeffer - Wikipedia
- Hildegard Westerkamp - Wikipedia
- Chris Watson (sound recordist) - Wikipedia
- Auditory Scene Analysis - Wikipedia (Albert S. Bregman)
- Soundscape ecology - Wikipedia
- Binaural recording - Wikipedia
- Ulrich RS. View through a window may influence recovery from surgery. (1984) - PubMed
投稿者プロフィール
最新の投稿
全般2025.12.28録音技術者(レコーディングエンジニア)とは — 役割・技術・キャリアを徹底解説
全般2025.12.28楽器録音の完全ガイド:マイク選び・配置・音作り、現場で使える実践テクニック
全般2025.12.28アナログ録音の深層 — テープからラッカーまで知るべき技術と音質の真実
全般2025.12.28録音施設ガイド:スタジオ設計から運用、最新トレンドまで徹底解説

