高性能エアフィルターの選定と設計:建築・設備における性能・規格・実務ガイド

はじめに — 高性能エアフィルターが建築に与える意義

高性能エアフィルターは、室内空気質(IAQ: Indoor Air Quality)を左右する重要な設備要素です。近年、都市部の大気汚染、アレルゲン、ウイルス飛沫、PM2.5 といった微小粒子の問題が顕在化する中で、空調設計・建築計画におけるフィルトレーションの重要性は増しています。建築・設備設計者は、単に効率の高いフィルターを選ぶだけでなく、エネルギー消費、風量、圧力損失、メンテナンス性、設置環境、法規や基準との整合性を含めたトータルな視点で検討する必要があります。

高性能フィルターの分類と代表的規格

フィルター性能を評価・分類する代表的な枠組みには、次のようなものがあります。

  • MERV(ASHRAE 52.2): 米国で広く使われる評価尺度で、捕集効率を粒径帯域ごとに定量化し、1〜16で評価します。高性能帯は MERV13 以上がしばしば「高性能」とされ、医療施設や高負荷環境では MERV14〜16、HEPA レベルが使われます。
  • ISO 16890: 世界的に適用が広がる規格で、PM1、PM2.5、PM10 に対する効率で評価します。これにより屋外大気中の粒子寄与を直截に評価でき、換気と組み合わせた設計に有用です。
  • EN 1822 / HEPA/ULPA: クリーンルームや医療機関での要求が高い領域。EN 1822 に基づく HEPA H13/H14 等級は、MPPS(Most Penetrating Particle Size: 最も透過しやすい粒径)における捕集効率で規定されます(例: H13 ≧ 99.95%、H14 ≧ 99.995% といった数値が一般的に参照されます)。米国由来の表現では「HEPA = 99.97% at 0.3 μm」といった定義が使われる場合がありますが、規格間で試験条件や尺度が異なる点に注意が必要です。

捕集メカニズムの理解(設計上の基礎)

微粒子がフィルターで捕集されるメカニズムは主に次のとおりです。これらの寄与は粒径や気流速度で異なります。

  • ふるい(Sieving): 粒子が繊維間のギャップより大きい場合に機械的に遮断される。
  • 慣性衝突(Impaction): 大粒子が気流から離脱して繊維に衝突・付着する現象。
  • 介在(Interception): 気流に乗った小粒子が繊維表面に接触して捕集される。
  • 拡散(Diffusion): 0.1 µm 以下の極小粒子はブラウン運動により拡散し、繊維に接触して捕集される。
  • 静電捕集(Electrostatic attraction): 電荷を帯びた繊維(エレクトレット)による電気的引力で粒子を捕集する。

設計では、これらがどの粒径帯で効率的かを踏まえ、目的とする粒子(例: 花粉、PM2.5、ウイルス含有飛沫)の制御に適した素材と構造を選びます。

フィルターメディアと構造の選択肢

代表的なメディアには以下があります。

  • 合成繊維(ポリプロピレン等)エレクトレット処理: 軽量で初期抵抗が低く、電荷により高効率を発揮します。ただし、湿度や汚れの蓄積で性能劣化する場合があります。
  • ガラス繊維(ベントナイト等含有): 耐熱・高効率でクリーンルーム用途にも使われますが、折りたたみ加工や取り扱いで脆弱になることがあります。
  • ナノファイバーコーティング: 表面で粒子を捕集して圧力損失を抑えつつ高効率を目指す新技術。長期の耐久性とコストを評価する必要があります。
  • プレフィルター併用: 粗塵をまず除去することで高性能フィルターの負荷と交換頻度を低減します。

圧力損失(Δp)とエネルギー性能のトレードオフ

フィルター選定で最も重要なファクターの一つが圧力損失です。高効率フィルターは一般に初期からΔp が大きく、同風量を確保するためにファン電力が増加します。設計上の考慮点は次の通りです。

  • 初期圧力損失と負荷特性(ダスト荷重による増大曲線)を確認する。
  • 換気量と室内圧力管理(正圧/負圧要求)に対する影響を評価する。
  • ファン選定と制御(可変速駆動: VSD)で増加電力を最小化する。
  • ライフサイクルコスト分析(フィルターコスト+交換頻度+追加エネルギー)を実施する。

試験方法と性能表現 — 実務での注意点

フィルター性能は試験条件に大きく依存するため、仕様書には試験規格(例: ISO 16890、EN 1822、ASHRAE 52.2)と試験時の風速、試験粒子、初期/経時性能を明記すべきです。メーカーの「効率○%」のみを信用するのではなく、信頼できる第三者試験または認証(例: EN 1822 検査、欧州・米国の独立試験機関)を確認してください。

設置・気密化(漏気対策)の重要性

高効率フィルターの性能は、フィルターユニット自体の効率だけでなく、ハウジングの気密性や取付け状態に大きく依存します。配風ダクトや枠周りのリークがあると、フィルターをバイパスして未処理空気が流れ、期待される IAQ 改善効果が得られません。設計・施工段階でのチェックポイントは以下です。

  • フィルターフレームと筐体のガスケットの選定と施工精度。
  • バイパス検査(フロー測定、圧力差観測、漏れ検査)。
  • アクセス性確保(交換時の作業性、作業者安全、二次汚染防止)。

運用とメンテナンス — 長期性能の確保

運用では以下を実務的に管理します。

  • 定期的な圧力差モニタリング(差圧計の設置)で交換タイミングを判断。
  • 予防的プレフィルター交換の運用(プレフィルターで大粒子を除去して高効率フィルターを保護)。
  • 交換時の封じ込め対策(汚染物質の二次放出防止)と廃棄処理の規程化。

適用事例と設計指針(用途別)

用途に応じた一般的な指針を示します(具体的な数値は規模・リスク評価・法規に従うこと)。

  • 医療機関(手術室、隔離室): EN 1822 準拠の HEPA を含め、感染制御基準(ASRH A170 など)に合わせた換気量・圧力管理を行う。
  • オフィス・商業ビル: ISO 16890 ベースで PM2.5 対策を重視し、MERV13 相当以上を検討。エネルギー負荷を抑えるためにプレフィルター併用や VAV 制御を併用。
  • 産業・クリーンルーム: クラスに応じた EN 1822 等級とフィルターレイアウト(前置フィルター、メインフィルター、HEPA/ULPA)を設計。
  • 住宅: 室内空気質改善のためには、換気(機械換気と外気清浄)と併せて高効率パッケージ(MERV13 相当または ePM2.5 高効率)を検討。

新技術と併用対策 — フィルター単体に頼らない設計

近年はナノファイバー、ハイブリッド構造、抗菌・防ウイルス処理のあるメディアが登場しています。一方でイオン化、静電場、光触媒、UVGI(紫外線殺菌)などフィルトレーション以外の技術を併用するケースも増えています。実務での留意点は以下です。

  • イオン化や光触媒は副生成物(オゾン等)を発生する可能性があり、安全性と法規を確認する。
  • UVGI はフィルター通過空気やコイル表面の生物負荷低減に有効だが、設置位置、線量、影の影響を設計に反映する必要がある。
  • 総合的な IAQ 管理(換気量、材料選定、湿度管理)とセットで評価すること。

選定プロセスの実務フロー(チェックリスト)

設計から運用までの基本フローを簡潔に示します。

  • 目的粒子(PM1/PM2.5/バイオエアロゾル等)の明確化と要求効率の定義。
  • 適用規格の決定(建築用途・地域規制・保健基準)。
  • 候補フィルターの性能・Δp・寿命の比較と LCC(ライフサイクルコスト)評価。
  • ハウジング・ダクトの気密化設計と施工仕様の明記。
  • 交換・メンテナンス計画と品質管理(差圧管理、交換頻度、廃棄ルール)。

まとめ — 建築設計者・設備技術者への提言

高性能エアフィルターは単なる部材ではなく、建物全体の健康性・省エネ性にかかわる重要な設計要素です。フィルターの効率だけに注目せず、圧力損失とエネルギー、ハウジングの気密性、運用コスト、維持管理性を総合的に評価してください。特に医療・クリーンルーム等の高リスク施設では、適切な規格(EN 1822、ISO 16890、ASRHAE 等)に基づく第三者検証を必須とし、実稼働での差圧監視と交換計画を厳守することが重要です。

参考文献