フェイザー徹底解説:原理から実践、名機・使い方・ミックス術まで
フェイザーとは何か
フェイザー(phaser)は、原音の位相(位相角)を周期的にずらすことで、音の一部が強調されたり打ち消されたりすることで独特の揺らぎ(スウィープ)を生むモジュレーション系エフェクトです。見かけ上は“波打つ”ような音になり、ギターやキーボード、ボーカル、ドラムなど幅広い音源に使用されます。一般的にフランジャーやコーラスと混同されることがありますが、原理と聴感には明確な違いがあります。
フェイザーの原理(技術的な概要)
フェイザーのコアは「オールパスフィルター(all-pass filter)」の直列配置です。オールパスフィルターは周波数によって位相だけを変化させ、振幅(音量)特性はほぼ一定に保ちます。複数段のオールパスを直列に接続すると、周波数スペクトル上で位相差による干渉が生じ、特定の周波数帯にピークとノッチ(山と谷)が現れます。これらのノッチ位置をLFO(低周波発振器)で周期的に変化させることで、連続的に移動するノッチ群が生まれ、いわゆる“フェーズ・スイープ”が生成されます。
重要な要素:
- ステージ数(all-passの数): 4、6、8段など。段数が増えるほどノッチ数が増え、サウンドはより複雑で金属的になりやすい。一般に4段は穏やか、8段は深い効果。
- LFO(レート/スピード): スイープの速度。ゆっくりならうねり感、速ければトレモロ的や回転感。
- ディプス(深さ)/セントレート(手動ノッチ): LFOがどの程度ノッチを動かすか(範囲)や、手動での中心周波数設定。
- フィードバック(レゾナンス): 出力を一部戻すことでノッチ周辺が強調され、より「ピーキー」で派手な効果に。
- ミックス(ウェット/ドライ): 原音と効果音の比率。100%ウェットは完全に効果音、低めにすると自然。
フェイザーとフランジャー/コーラスの違い
原理的には:
- フランジャーは原音に短い可変遅延(ディレイ)を加えて干渉させ、周期的に移動する等間隔のノッチとピークが生じます(テープフランジ/BBDを含む)。
- フェイザーはオールパスフィルターで位相をずらすことでノッチを作るため、ノッチの間隔や分布がフランジャーと異なり、より“柔らかい”または“金属っぽい”音になることが多いです。
- コーラスは原音に微小で固定または少し変動するディレイを重ね、ピッチ感(わずかな揺らぎ)を生むことで厚みを作ります。位相変化による鋭いノッチはあまり生じません。
歴史的背景と代表的な名機
フェイザーや類似の位相系効果は、1960年代後半から1970年代にかけて電子回路とエフェクト文化の発展とともに楽器音楽で多用されるようになりました。アナログ回路の普及により、トランジスタやオペアンプ、VCA、光学素子を使った様々な実装が登場しました。
代表的なペダル/機材(製品名は歴史的に有名または現行で参照しやすいもの):
- MXR Phase 90(MXR): シンプルなノブ操作の4段フェイザーで、ギタリストに人気。
- Electro-Harmonix Small Stone(Electro-Harmonix): 70年代からの生き残るモデルで、独特のトーンを持つ。
- Univibe(Shin-ei等の設計に端を発する系): 正確には光学的トレモロと位相移動を組み合わせた独自の効果で、ジミ・ヘンドリックスらが使用したことで知られる(Uni-Vibeと呼ばれることが多い)。
- 現代の多機能マルチ(Boss PHシリーズなど): デジタルでアナログ風の動作を再現し、ステージ用途に便利なバリエーションを提供。
回路実装のバリエーション
アナログ実装では、オールパスフィルターはRC回路とトランジスタやオペアンプで構成されます。光学素子(光抵抗+LED)で位相制御を行う方式や、フェーダーやCD4046のようなICを使ったもの、BBD(バケツブリッジ遅延)を組み合わせることでフランジャー的な要素も取り込む設計もあります。デジタル実装では、DSPやFPGAでオールパスやIIRフィルタをシミュレートし、ステージ数やLFO波形、同期機能、プリセット管理が容易に実装できます。
実践的な使い方・セッティング例
ギター:
- リズムギターでレートを遅め、深さを控えめにして空間感と動きを付与。
- リードで速めのレートと高めのフィードバックにするとソロに浮遊感を出せる(歪みの前後で音色が変わるので実験が必要)。
キーボード/シンセ:
- パッドに薄くかけると広がりと揺らぎが増す。LFOを割り当ててシンク(テンポ連動)させるとリズムに溶け込みやすい。
ボーカル:
- 極薄く(ごく少量のウェット)を使うと現代的なポップでもうまく馴染む。掛け過ぎに注意。
ドラム:
- ハイハットやパーカッションのみに軽くかけるとリズムの奥行きを作る。キックやスネアに直接かけると位相問題を招くことがある。
エフェクトチェーンにおける位置
一般的なガイドライン:
- 歪みの前に置くと、フェイザーが歪みに反応してより複雑な倍音変化を生む。
- 歪みの後に置くと、位相変化した波形がそのまま空間的に広がるが、音の芯が柔らかくなることがある。
- リバーブやディレイの前にフェイザーを入れると、空間系への被りが自然。逆にリバーブ後に置くとリバーブ成分まで揺れる。
- ステレオフェイザーやパンニング系はステレオバスやセンドで使うとミックスの自由度が高まる。
サウンドデザインと創造的応用
モジュラーシンセやDAW内での応用では、フェイザーは単なる装飾ではなく音色生成の重要なツールになります。LFO波形を矩形やランダム、エンベロープに変えることで非周期的な動きを作れるほか、複数のフェイザーを並列や直列にして位相干渉を複雑化させることで独特なリズミカルなテクスチャを作れます。また、ステレオで位相を反転させたり位相オフセットを与えることでステレオ幅が劇的に変わるため、幅広いサウンドステージ演出が可能です。
ミックス時の注意点とトラブルシューティング
- 位相干渉により低域が薄くなることがある。重要な低域成分は別トラックで並列処理したり、ローカットしたフェイザーを用いる。
- ステレオで過度にかけるとモノ化(モノラルにまとめたとき)で音が消えたり不自然になる場合がある。マスター前にモノチェックを行う。
- 微妙な効果は自動化(オートメーション)で強度を変えると楽曲内での表情付けが容易になる。
現代と将来の展望
デジタル技術の向上により、従来のアナログ回路の特性を忠実に再現するモデリングから、現代的に拡張された複雑な位相処理まで様々な選択肢が存在します。MIDI/テンポ同期、CV入力、マルチタップ・モジュレーション、プリセット管理、オートメーション連携などが進化し、ライブやスタジオでの使い勝手が向上しています。AIや物理モデリングの発展により、将来的には自動的に楽曲のアレンジに合わせた最適なフェーズ処理を提案するツールが一般化する可能性もあります。
まとめ
フェイザーはその原理(オールパスフィルターによる位相シフト)ゆえに、フランジャーやコーラスとは異なる独特の色合いを持つモジュレーションエフェクトです。ステージ数、フィードバック、LFOの設定、回路の実装によって音色は多彩に変化し、ギターからシンセ、ボーカルまで幅広い応用が可能です。ミックス上の注意点を理解して使えば、楽曲に有機的な動きと個性をもたらす強力なツールとなります。
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参考文献
- Phaser (effect) - Wikipedia
- All-pass filter - Wikipedia
- Flanging - Wikipedia
- MXR Phase 90 - Jim Dunlop (メーカー情報)
- Electro-Harmonix Small Stone - Electro-Harmonix (製品情報)
- BOSS PH-3 Phaser - BOSS (製品情報)
- Univibe - Wikipedia
- Phasing and Flanging - Sound on Sound


