PEPとは何か?企業が知るべき対策と実務ガイド

はじめに:PEP(重要な公的地位を有する者)とは

PEP(Politically Exposed Person:重要な公的地位を有する者)は、マネーロンダリングや汚職リスクの観点で特に注意を要する顧客カテゴリーです。公的な権限や影響力を持つため、職権を濫用して不正な資金を得たり、資金の移転に関与したりするリスクが相対的に高くなります。金融機関や事業者は、顧客確認(KYC)や継続的なモニタリングを通じて適切に対応する義務があります。

PEPの定義と範囲

一般にPEPは次のように分類されます。

  • 国内PEP:自国の重要公職者(現職・元職を含む)
  • 外国PEP:他国の重要公職者(現職・元職を含む)
  • 国内外の公的機関の高位職員、軍の将校、国営企業の幹部等
  • PEPの家族・密接な関係者:配偶者、子ども、親、ビジネス上の密接な関係者等

FATF(金融活動作業部会)はPEPに関する指針を示しており、多くの国で同様の定義が採用されています。ただし国ごとに「重要な公的地位」の範囲や家族・関係者の扱いは多少異なるため、国内法や規制ガイドラインを確認する必要があります。

なぜPEPが重要なのか:リスクと事業インパクト

  • 高いマネーロンダリング・汚職リスク:権限を利用した不正蓄財の温床になり得る。
  • コンプライアンスとレピュテーションリスク:適切に対応しないと監督当局からの制裁や社会的非難を受ける。
  • 業務コストの増加:強化されたデューデリジェンス(EDD)や継続的モニタリングが必要。

法的枠組みと国内規制(日本の例)

日本では「犯罪による収益の移転防止に関する法律」等に基づき、金融機関や特定事業者に対して顧客確認や取引記録の保存、疑わしい取引の届出等が義務づけられています。PEPに対してはリスクに応じた強化された顧客確認(強化された身元確認や資金の出所確認等)が求められます。国際的にはFATFの勧告が基準となり、多くの国で同様の対策が導入されています。

PEP対応の実務プロセス

PEPに関する実務は主に以下の流れで行われます。

  • 1. 事前識別(On-boarding時): 顧客がPEPに該当するかを判定(自己申告、第三者データベース、公開情報の検索)。
  • 2. リスク評価: PEPのカテゴリー(国内/外国/高リスク職位)・取引予定・地理的リスク等を総合してリスクレベルを設定。
  • 3. 強化されたデューデリジェンス(EDD): 資金の出所や財源確認、取引目的の詳細確認、より高頻度のモニタリング。
  • 4. 継続的モニタリング: 取引パターンの異常検知、定期的なリスク再評価、関係者の地位変化の追跡。
  • 5. 報告・記録保存: 疑わしい取引があれば所定の当局へ届出し、KYCおよび調査記録を所定期間保存。

PEPの識別方法と注意点

  • 自己申告だけで判断しない:意図的な未申告や情報の隠蔽があるため、第三者データベースやニュース検索、政府公開資料での裏取りが不可欠。
  • 家族・密接関係者の特定:氏名が異なる、法人を介して関与しているケースもあるため、関連企業や取引先まで確認する。
  • リアルタイムの情報更新:職位の変動や疑惑情報は速やかに反映し、リスク評価を見直す。

レッドフラッグ(警戒すべき兆候)

  • 役職や地位に不釣り合いな大規模な資産移動や入出金。
  • 説明のつかない複雑な所有構造やオフショア会社の利用。
  • 秘密裏の取引、頻繁な通貨交換、高頻度・高額の海外送金。
  • 公開情報で汚職や贈収賄の疑いが報じられている場合。

技術的支援とツール

PEP対応にはテクノロジーの活用が有効です。代表的なものは次の通りです。

  • PEP/制裁リスト照合システム(自動化されたスクリーニング)。
  • 公開情報(ニュース、政府リリース)を監視するメディア監視ツール。
  • 顧客データを統合してリスクスコアを付与するAMLプラットフォーム。
  • 機械学習を用いた異常検知で未然にリスクを抽出。

実務上のチェックリスト(導入・運用ポイント)

  • PEP定義と対象範囲を社内ポリシーに明確化する。
  • オンボーディング時にPEPスクリーニングを義務化し、結果を記録する。
  • 高リスクPEPには二次承認プロセスを設ける(コンプライアンス責任者等)。
  • 定期的な従業員教育と事例共有を行う。
  • 外部データベースや専門ベンダーの利用契約を整備する。
  • 疑わしい取引の届出フローと記録保持の手順を確立する。

よくある誤解と対策

  • 誤解:PEPは常に取引停止すべきである → 対策:リスクに応じた対応(拒否ではなくEDDと監視)を原則とする。
  • 誤解:自己申告だけで十分である → 対策:必ず独立した情報源で確認する。
  • 誤解:元公職者は対象外である → 対策:多くの規制は元職者もPEPに含める場合があるため確認が必要。

事例(匿名化した実例)

ケースA:外国の高官の親族が国内に設立した企業経由で不自然な大口入金があり、EDDで出所が政務活動の資金ではなく民間コンサル報酬とされていたが、調査により関係者の説明に矛盾が判明。金融機関は取引を一時停止し、監督当局へ届出した。

コンプライアンス強化のための提言

  • トップダウンのコミットメント:経営層がPEP対応を重視する姿勢を示す。
  • 定期的なリスク評価の実施:事業や地域の変化を踏まえた見直し。
  • 外部専門家の活用:複雑な事例や国際的な疑義がある場合は法務・調査の専門家を活用。
  • 透明性の確保:判断根拠や調査結果を記録し、監査や当局照会に備える。

まとめ

PEPは企業にとって重要かつ扱いが難しいリスク領域です。単なるチェックリストの運用では不十分で、正確な識別、リスクに応じた強化デューデリジェンス、継続的なモニタリング、そして明確な社内手続きが不可欠です。技術と人の専門性を組み合わせ、法令や国際的な勧告を踏まえた体制を構築することが求められます。

参考文献